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さようなら「大垣夜行」

 かつて、日本の鉄道網の整備が進んでいたが道路網が貧弱であった頃、陸上輸送の主役は鉄道であった。その鉄道の中でも長距離の普通列車の役割は非常に大きかった。1950年10月号の時刻表によると、東海道本線の東京から大阪までを走り通す列車はわずか15本で、そのうち特急列車が2本(「つばめ」、「はと」)、急行列車が8本(うち1本は「銀河」、そして普通列車が5本であった。所要時間は特急列車で8時間、急行列車で10時間、普通列車で13時間である。普通列車で13時間かかるので、その日のうちに大阪に到着する普通列車は5本のうち2本だけであとは夜行列車であった。この時期、東海道線のみならず、東北本線、山陽本線、鹿児島本線等主要幹線に夜行普通列車が走っていた。しかし経済成長とともにスピードや快適性が求められるようになって夜行普通列車は徐々にその数を減らしていく。1968年10月のダイヤ改正では、東京〜大阪間に1本だけ残っていた夜行普通列車が廃止されることが決まっていたが、格安で旅行したい利用者の声に押されて、運転区間は下りが東京発美濃赤坂行き、上りが大垣発東京行きの夜行普通列車として存続することになる。後に、下り列車も大垣行きになり、この列車は「大垣夜行」と言われて、格安で旅行をしたい人に熱烈に支持され、とくに「青春18きっぷ」とよばれる普通列車で乗り放題の切符が発売される夏休みや冬休みの時期には始発駅には「大垣夜行」に乗ろうとする人が何時間も前から座席を確保しようとする姿が見られた。
 私も高校生から大学生の時期、上り列車に何回か乗車した。座席がリクライニングしない狭いボックスシートでお世辞にも快適な列車ではなかったが、車窓に見える名古屋、豊橋、浜松、静岡などの夜景は美しかったし、行き交う貨物列車やトラックの姿に日本経済のエネルギーを感じることができた。夏であれば車内から朝日を見ることもできた。東京駅には4時42分の到着であった。冬だとまだ真っ暗であったが、プラットホームに降りて深呼吸するとそこは間違いなく朝のひんやりした冷たい空気があった。私が利用していた時期のこの列車の大垣発車時刻が22時4分であったから、今でも時計の針が22時4分を指しているとこの列車のことを思い出す時がある。
 「大垣夜行」は、1996年には特急型車両を使用し、全席指定となった「ムーンライトながら」になり、それまでとは格段に快適な列車になったが、夜行列車のコスト高や、「青春18きっぷ」発売時期以外の利用の減少もあり、2009年3月からは夏休みや冬休みの時期だけ運転する臨時列車になった。そして、新型コロナウイルス感染症の感染拡大で旅行や出張などの長距離移動が減り、鉄道会社が深刻な減収に陥る状況になったことと、使用されてきた車両が老朽化が進んだことが決め手となり、2021年3月のダイヤ改正で正式に廃止されることになった。私の青春時代の思い出のひとつが消えることは残念であるが、私の心の中にはこれからも「大垣夜行」の思い出は残り続けると思う。

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