2022年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

« 2021年12月 | トップページ | 2022年2月 »

2022年1月の4件の記事

83歳の挑戦

 現在の日本の高齢化率(65歳以上の人の割合)は、2020年10月現在28.8%と年々上昇を続けている。75歳以上の人の割合に絞っても14.9%もあり、子ども(15歳未満)の12.0%と比べても断然多い。海外の方が日本に来て驚くのは子供の少なさと高齢者の多さだと言うが、数字の上からもなるほどその通りだなと思う。もっとも、必ずしも悲観することばかりではなく、最近の高齢者の方は元気な方が多く、現役で活躍されている高齢者の方もだいぶ多くなってきている。何より、最近の高齢者の方はとにかく身体も心も若い方が多い。40年くらい前は高齢者の方はいかにもおじいさん、おばあさんという感じだった。
 そんな中驚くべきニュースを聞いた。仕事帰りのクルマの中でラジオを聴いていたら、堀江謙一さんがヨットによる太平洋横断に挑戦するというニュースを耳にした。堀江さんは1962年、23歳の時に兵庫県の西宮市からアメリカのサンフランシスコまで小型ヨットで単独無寄港太平洋横断を成功させている。その後も数々のヨットによる航海に成功した。そして、今年3月から6月にかけて1962年の公開の逆コースで、サンフランシスコから西宮に向けてヨットでの単独太平洋横断に挑戦するという。83歳での挑戦に期待したいし、成功を心より祈りたい。

「江戸の家計簿」 磯田道史著

 歴史を語る時に天皇や武将、大名などの動きなどの政治史や社会史の切り口から語られることが多い、それはそれで大事なものだし、面白いけれど、人々の生活や経済活動という経済史や生活史という視点が加わるとより立体的に歴史を見ることができ、歴史がより面白くなる。この本は江戸に住む武士や町人などの生活をお金という視点で描いた作品である。
 
 ちょっとだけ中身を紹介してみる。「暴れん坊将軍」こと江戸幕府8代将軍、徳川吉宗の時代の幕府の収入は463万石、これを現在の貨幣価値に換算すると1兆3890億円、現在の日本政府の税収の50分の1といったところ。徳川吉宗は享保の改革という幕政改革を行なったが、家康や家光の頃に比べれば幕府財政も悪化していたそうだから、暴れん坊将軍の懐も結構寂しかったのかもしれない。

 現在の物価と江戸時代の物価を比較するのも面白い。意外なものが高く、意外なものが安かった。今と同じくらいの価格なのが握り寿司、1貫8文現在の価格だと125円、回転寿司のちょっといいネタくらい。安いのが湯屋(銭湯)で、大人6文、現在の価格だと95円、高いのが卵で1個20文、なんと315円もした。このような知識があると歴史に関する本を読んだり、時代劇を見たりするのがもっと楽しくなりそうです。

レディ・Cというストーリー

 プロレスというスポーツは、そのレスラーのストーリーも大きな楽しみの要素だと思う。あるレスラーはヒールになってみたり、あるレスラーは覆面をかぶってみたり、時には味方を裏切ってみることことある。観客は技やスピードだけではなくそのレスラーのストーリーに魅了されてファンになっていくものである。

 私は妻に誘われて、スターダムという女子プロレス団体の試合をネット配信で見たり、郡山市で試合が行われた際には見に行っている。子供の頃は地上波のテレビでプロレスの試合は普通に中継されていたから見ていたが、ここ30年ほどは地上波で中継されることも減り、すっかりご無沙汰していたが、久しぶりに見るとやっぱり面白い。魅力あるストーリーを持つレスラー達が激しいファイトを繰り広げる様子に魅了された。

 その中でも、あるレスラーに注目している。彼女の名はレディ・C、家庭科の教師からプロレスラーに転身した異色の経歴の持ち主である。現役の日本の女子プロレスラーの中では最も高い177cmの身長があり、かつて絶大な人気を誇った長身レスラーのジャイアント馬場と同じ脳天唐竹割りというところが懐かしい。彼女のプロレスとの出会いは割と最近で、大学を卒業後家庭科の教師になってから同僚からプロレスのことを教えられ、意を決して後楽園ホールにプロレスを見に行ったところ魅了され、その後練習生になった。プロレスラーとしてデビューすることは家族や同僚の反対もあったがそれを押し切りデビューした。彼女自身、ププロレスを始めるまではスポーツの経験はほとんど無かった。それは彼女の試合を見ればわかる。身体能力は決して高くはない。それを激しいトレーニングで補っている。それでも徐々に強くなって試合をしている様子もさまになってきた。これからのレディ・Cがどのようなストーリーを描くのか、注目していきたい。

まるの思い出

 およそ20年前、まだ寒かったある日、当時私が勤めていた学校の体育館に段ボールの中にまだ目が開くか開かないかの子猫が2匹捨てられていた。寒さでブルブル震えている子猫が可哀想になり、1匹は同僚が連れて帰り、もう1匹は私がつれて帰った。
 家に連れて帰り、ミルクを飲ませてもまだ私を警戒した目で見ていた。段ボールに毛布を敷いてそこで寝かせると、静かに寝息を立てて寝始めた。冬の寒い夜の一人暮らしは例え男でも心細く、今日出会ったばかりの子猫であってもその存在は心強かった。私はその猫にまるという名前をつけた。まるは決して人懐っこい猫ではなかったが、それでもまるの存在は私にとっては大事なものであった。
 その後事情がありまるは近所に住んでいた母と一緒に暮らすようになったが、東日本大震災も生き延び、まるはすっかり家族の一員になった。母が病気になった後はまるは弟夫婦と一緒に暮らした。その頃にはまるも寄る年波で、腎臓が悪くなり動物病院のお世話になることも多くなっていた。足腰もだんだん弱っていたが、それでももう少し私たちの家族でいてくれると思ったが、ついに私たちのもとを去ってしまった。あと1月で20歳、人間で言えば95歳くらいであった。あっという間の年月であったがまると出会えたことは良い思い出だったと思う。

« 2021年12月 | トップページ | 2022年2月 »

フォト
無料ブログはココログ

ウェブページ