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2022年3月の4件の記事

戦争はろくでもないが

 昨日の午後、風呂上がりにロシア民謡を聴いていた。日本でよく知られているロシア民謡は、「カチューシャ」、「トロイカ」、「一週間」、「ともしび」などがあるだろう。他に、フォークダンスの「コロブチカ」もロシアの曲である。ロシア民謡の造られた時代は広く、ロシア帝国時代から、20世紀のソビエト連邦になってから作られたものもある。日本では戦前からロシア民謡が知られていたが、1950年代から1970年代に歌声喫茶で広く知られるようになった。私1980年代に小学校生活を送ったが、音楽の授業で「一週間」を歌い、運動会で「コロブチカ」を踊った。大人になってからも時々CDやYouTubeでロシア民謡を聴くことがある。

 日本とロシアの文化的なつながりは意外と濃く、トルストイやドストエフスキーなどのロシア文学を読んだ人は多いと思う。ウオッカ(ただし、ロシアだけでなく、ウクライナやポーランド、ノルウェーなどでも生産されている)やスクリュードライバーやモスコーミュール、ソルティードックなどのウオッカベースのカクテルは日本でも愛飲している人は多いだろう。そして、日本の洋菓子メーカーの中には、ロシア革命で日本に逃れてきたロシア人を起源とするものがあり、日本国内でバレンタインデーにチョコレートを贈る習慣を広めたのもそのうちの1社だという。

 日本に根付いたロシア文化がこの戦争の影響で排斥されないことを心から願う。そしてそれ以上に、日本に住むロシア人、ロシアに住む日本人が不利な扱いや差別を受けないことを切に願う。

歴史を学ぶ意味

 高校生に苦手な教科のアンケートをとると、日本史や世界史が結構上位に来ることが多い。理由としては、「覚えることが多い」、「難しい漢字や読みにくい外国語の人物名や地名が出てくる」、「何のためにやるのかわからない」と言った理由が考えられる。確かに歴史は覚えないと理解できないことも多いし、入試や定期考査で点数をつけて序列化することが目的だからどうしても無味乾燥になってしまいがちだ。

 しかし、それで歴史嫌いが増えてしまうのはいかにももったいない話だし、大きな損出だと思う。歴史を知ることは今を知ることができるし、場合によっては未来を知ることができるとても面白い学問だと私は思っている。

 歴史は過去のことを扱っているのにどうして今や未来を知ることができるのか不思議に思う人がいるだろう。私が考えるには、過去も未来も、歴史は人間が作り、人間が行ってきたことの結果だからだと思っている。

 人間は700万年の歴史の中で大変素晴らしいものを作り上げてきた。人間が言葉を身につけることで、コミュニケーションが生まれ、音楽が生まれた。文字を発明することで、文学が生まれた。二足歩行をすることによって少ないエネルギーで長距離を移動できるようになり、地球上のほとんどの地域で生活するようになり、多様な生活様式が生まれた。手を自由に使えるようになり、石器にはじまり、土器、金属製品、そして現在様々な物を人間は生み出した。しかし、人間は様々な失敗をしてきたし今現在も失敗をし続けている。失敗の例は、犯罪、虐殺、差別、貧困、公害そして戦争だと思う。

 歴史を学ぶことは人間の営みの素晴らしさと時に愚かな失敗をしてしまうことを学び、私たちがどのように考え生きればいいかを示してくれる物だと考える。別に分厚い難しい本を読むだけでなく、今は漫画もあれば、映画、テレビ番組インターネットの動画などいろいろな方法がある。政治や歴史、社会の変化などむずかしい内容でなくてもいいと思う。例えば、ファッションは好きな人なら、ファッションの歴史を辿ってみるのも面白いし、スポーツ観戦が好きならスポーツの歴史もいい。アニメーションが好きなら、作品の舞台になった時代や国のことを調べてみるのもいい。

 歴史がもっとみんなにとって身近になれば、人間の素晴らしい営みがより光り輝き、愚かな失敗が少しでも減ると思う。そうなることをこころより願っている。

2022年3月ダイヤ改正

 私たちが生活で使っている暦の1年の始まりは1月、多くの会社や官公庁、学校などの会計年度の始まりは4月、では鉄道会社にとっての1年の始まりは3月なのかもしれない。近年JRのダイヤ改正は昨日、3月11日に行われた。

 近年の大きなダイヤ改正としては、1988年3月に青函トンネル、4月に瀬戸大橋の開業によって行われた改正があり、本州から北海道、四国まで鉄道の乗り継ぎで行けるようになった。1992年3月ダイヤ改正では東海道新幹線にのぞみ号が運行を開始し、東海道新幹線の最高速度が270km/hに引き上げられた。その他、1980〜90年代は、新幹線や在来線特急における新型車両投入におけるスピードアップやサービス向上、都市部の在来線の増発や快速電車の運転による速達化など攻めの姿勢が強い時期だった。

 2000年以降は東海道本線・横須賀線と東北本線(宇都宮線)・高崎線を渋谷、新宿、池袋経由で直通運転する湘南新宿ラインや貨物線を転用して大阪都市圏の鉄道空白地帯を埋めるおおさか東線など、これまでの発想にとらわれない新しい運行系統の開業があった。一方、大阪から金沢、新潟、秋田を経由して青森を結ぶ特急「白鳥」や、夜行列車の削減など、効率化を進めた時期でもある。

 2010年以降は東北新幹線と九州新幹線、北陸新幹線の延長や北海道新幹線の開業があり、東京から新青森、新函館北斗、富山、金沢、新大阪から熊本、鹿児島中央などが乗り換えなしで行けるようになった。一方、地方の過疎化は一層深刻になり、ローカル線の廃止も相次いだ。しかし、地方路線を中心に、魅力ある観光列車も多数登場し、多くの人に鉄道旅行の魅力と楽しさをアピールすることに成功した。

 今回のダイヤ改正では、新型コロナウイルス感染症の流行が長期化していることに伴い、通勤や出張、観光などの需要が大幅に減少していることに伴い、近年にはない厳しいダイヤ改正になった。新幹線や在来線特急、朝夕の普通列車などの運行本数の削減、東北地方や北海道の利用の少ない駅の廃止など、かつてない寂しい内容になった。しかし、今は試練の時、いつか新型コロナウイルスの流行も収束に向かうか、季節性の感染症としてうまく共存できるようになるから、その時には新しい列車やサービスの登場を願っている。

いわき地区の炭鉱鉄道を訪ねる その4

 好間川の鉄橋の先は古河電子の敷地と常磐自動車道いわき中央インターに遮られて廃線跡を辿ることはできない。狭い道を迂回して田んぼに挟まれた狭い道に出る。この道がかつての古河好間炭鉱専用鉄道である。左右から徐々に山が迫ってきて、目の前にも山が連なってくる。線路はごく緩やかに登っている。ここはいわき市北好間、終点まではもうすぐである。 

 十字路がある、その先で道路は右斜めにカーブをするが、線路はまっすぐ突っ切っていたようだ。かつての線路の跡は小さな公園のようになり、その先に墓地が見える。大抵の場合墓地は線路よりも昔からあるだろうから、線路は一体どこにあるのだろうと探してみたが見当たらない。よく見ると墓跡が割と新しいのでかつての線路は墓地の一部になったと考えていいだろう。

 線路はこの先やぶになって現在は通れないようなので、並行して走る道路を進む。園舎を改築中の幼稚園を右に見ながら進む。やがて北好間の集落に入っていく。私が子どもだった1980年代は古い炭住(炭鉱で働く人向けの社宅、多くが平家の木造の長屋だった)が多く残っていたが、今ではわずかに残るのみで、新しい家も多い。しかし、空き地になっているところも多く、空き家も見られる。旧産炭地の苦しい現状も決して無縁というわけではない。

 少し登りがきつくなり、左側から線路跡が近づくと終点は近い。右にカーブを切ると少し広い平地が現れる。ここが北好間の種移転があったところである。すでに太陽は西の山に落ちかけ薄暗くなりつつある。道路側の建物のシャッターに、ルパン3世のイラストが大きく描かれている、夕暮れ直近の景色でそのイラストだけが眩しく見えた。

 とりあえず、国道49号に出ようと坂を登る、急な坂を登っていると、父親と小学生くらいの女の子が楽しそうに話をしながら歩いていた。夕暮れのオレンジ色の光を浴びて美しく印象的な光景だった。

http://www.hotetu.net/ 地図はこちらのページの左側のメニューから、「鉱山鉄道(軌道)」を選び、「2010年1月吉日、好間炭鉱専用鉄道」のページを参照してください。

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