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2022年4月の4件の記事

雷都に走るライトレール

 路面電車と聞いてどのようなイメージを持つだろうか。古臭くて、遅く、あまり快適ではなく、車の運転の邪魔になる迷惑な、しかしレトロで観光資源になるというイメージを持つ方が多いのではないかと思う。しかし、最近導入された路面電車は、快適性も大幅に上がり、車椅子の人でも身体が不自由な人でも乗り降りしやすい人に優しい車両が増えてきている。

 路面電車はどちらかと言えば、西高東低の傾向がある。西日本では鹿児島や熊本、長崎、広島、大阪、京都、松山、高知など路面電車が活躍している都市が多いが、東日本では函館や札幌の他は東京に都電荒川線が残るのみである。そのような中、宇都宮に路面電車の工事が進んでおり、2023年3月には開業する予定になっていることをご存知だろうか。

 宇都宮駅から東には鉄道路線がなく、清原工業団地という国内最大規模の工業団地や栃木県グリーンスタジアムなどのスポーツ施設、宇都宮大学部、作新学院大学などの学校、ベルモールという大型商業施設、ゆいの杜などの住宅地もある。しかも、途中には鬼怒川が南北に流れ、国道4号も南北に走っている。車を運転した方はご存知だと思うが、大きな川や幹線道路の前後は渋滞スポットになりやすい。宇都宮駅の東側も交通需要が多いにも関わらず渋滞が多く、抜本的な渋滞解消が求められていた。

 とはいえ、宇都宮を含む関東地方北部は日本で最も自家用車依存が進んだ地域である。新しい道路を作ればいいじゃないかという意見もあるだろう。しかし、宇都宮市の人口は52万人、周辺の市町村も含めた都市圏人口は166万人、これは新潟や熊本の都市圏人口よりも大きく、岡山の都市圏人口に匹敵する。しかも、宇都宮駅から東側には都市機能があまりに集中しすぎているので、新しい道路を作るだけでは抜本的な解決は困難だろうと思う。

 少し昔なら宇都宮駅からモノレールなどを建設するようになっていただろう。モノレールは道路の上に建設されて車の通行の支障にならない。しかし、利用者に階段などの垂直方向の移動をしいてしまうという大きな欠点がある。また、建設費が高額になり、その結果運賃が高くなり、利用者の経済負担も多くなる。

 路面電車にするメリットは、利用者に垂直方向の移動をしいないことである。低いプラットフォームから低床車両にスムーズに乗ることができる。もちろん、車椅子の人もベビーカーを押した人も苦労する必要はない。建設費用も抑えられるから運賃も安くなるだろう。しかし、路面に線路が敷かれるということは車線を片側1本潰されるということで、車を運転する人の反発が大きかった。実際、宇都宮市の市長選挙では路面電車の新設の是非が大きな争点になったこともある。

 とはいえ、私は路面電車の開業は車を運転する人にもメリットがあると考える。鉄道には長所と短所があるが、最大の長所は多くの人を安全に輸送することである。少し古いデータだが、2015年の交通センサスでは、東京を走る山手線の上野→御徒町間では、ラッシュ時のピークの1時間に63,720人が利用したそうだ。上野→御徒町間の距離は1kmもない。しかも、上野から御徒町までの外回り電車だけの数字である。道路でいうなら、1kmもない一方通行の道路に1時間に6万人以上の人が人が車に乗って安全に移動できる。そんなことはどうやっても無理だろう。

 宇都宮の路面電車は山手線の車両よりも小ぶりであるから、そこまでの輸送力はないが、それでも道路1車線を余裕で越える輸送力はあると考えていいだろう。路面電車ができてかえって道路が空いたという現象もありうると私は思っている。

 宇都宮は雷が多い町だという。イナヅマをイメージした黄色いカラーが入った電車が宇都宮の街を颯爽と走ることを考えると今から楽しみである。

https://u-movenext.net/ 宇都宮ライトレール

驚くべき光景

 先日、クルマに乗っていたら、驚くべき光景を目撃した。赤信号で停車している車のドライバーが、飲み終わった飲み物のペットボトルを道路脇の草むらに放り投げていた。私は思わず呆気に取られていたが、最近道路周辺のゴミが増えていることは気になっていた。30年くらい前は今よりもゴミ捨てのマナーは悪かったが、最近はずいぶん良くなったと思っていた。しかし、ここ数年はまた道路周辺のゴミがまた増えてきたという印象を持っている。とくにここ2年ほどは新型コロナウイルスの流行で地域や学校の清掃活動が行われなくなってきていることも影響しているのかもしれない。ネット上などで子どもや若い人の行動を批判する人は多いが、それは大人の振る舞いの影響も大きいと思う。私たちひとりひとりが子どもや若者に恥じない行動をしなければならないと思う。

トキワ荘、フォーエバー

 1952年、東京都豊島区南長崎に1軒の木造アパートが建築された。当時の東京によくある、2階建てで、4畳半トイレとキッチンは共用であった。そんなよくあるアパートは名前を知られることなく、1970年代か1990年代に建て替えられ、住んでいた人の思い出の中だけに残る存在であっただろう。しかし、1人の神様がこのアパートに住んだことでこのアパートの名は後に全国に知られるようになった。

 その神様とは、漫画の神様、手塚治虫。手塚は当時連載していた「漫画少年」という雑誌の編集者の紹介でトキワ荘に入居した。その後、「漫画少年」に連載を持っていた若手漫画家が次々と入居して、共同生活の場であり、切磋琢磨し合う場所になっていった。

 ここに住んだ漫画家は、前述の手塚治虫(「火の鳥」、「鉄腕アトム」、「ジャングル大帝」)のほか、石ノ森章太郎(「仮面ライダー」、「サイボーグ009」)、赤塚不二夫(「天才バカボン」、「おそ松くん」)、漫画家としての活躍は短かったが、寺田ヒロオ、森安なおや、ラーメン大好き小池さんのモデルとなった鈴木伸一などがいた。そして、オバケのQ太郎を合作し、「ドラえもん」、「パーマン」で知られる藤子・F・不二雄、「忍者ハットリくん」、「怪物くん」が代表作である藤子不二雄Aがいた。

 トキワ荘に住んで漫画に人生をかけた漫画家は多くがこの世を去った。そして先日、藤子不二雄Aがこの世を去った。「忍者ハットリくん」も、「怪物くん」も大好きな作品だったから寂しさはある。しかし、トキワ荘に住んだ漫画家の作品はこれからもずっと読み継がれていくと思う。本当にありがとうございました。

50歳になって

 昨日50歳になりました。気がつけばあっという間でした。10代、20代はともかく、30代の頃はまだ最近だと思っていたら、あっという間に50歳になってきました。月日の流れというものは思っていたよりも早いのかもしれません。

 50歳になっての抱負ですが、そろそろ未来に何を残せるかを考えていかなければならない時期になっているのかと思います。好むと好まざるとに関わらず、人はいずれ死ぬ。そうなっても、世の中は続いていく。私はそんなに大したことができる人間だとは思っていないが、それでも何かを残しておきたいと思っている。その何かを考える年にしたいと思っている。

 そして、新型コロナウイルス感染症が治ったら、行ってみたいこと、会ってみたい人がたくさんある。もう少しかかるかもしれないが、そんな日を待ち遠しく思っている。

 最後に、私は、家族に、友人に、同僚に恵まれて幸せ者です。本当に感謝しています、そしてこれからもよろしくお願いします。

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