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2022年7月の5件の記事

もう3度目の夏

 2020年のはじめに新型コロナウイルスの流行が始まって早くも3度目の夏を迎えた。今年ははじめて行動制限のかからない夏休みとなり、ホテルや新幹線の予約状況もここ2回の夏とは異なり、新型コロナウイルスの流行が始まる前には程遠いものの、これまでの夏に比べれば好調だという。私が住む福島県いわき市でも、花火大会が開かれたり、高校生のフラダンスの大会が行われ、通常の賑やかな夏に近づいている。

 その一方、いわき市も福島県も、多くの都道府県も、そして日本全国でも感染者数は過去最高を記録している。大阪府や東京都などの人口の多い地区では医療体制が逼迫したり、介護施設でのクラスター感染が深刻化している。そのような状況でも、国は緊急事態宣言を出したり、県を跨ぐ移動の自粛を求めたり、飲食店の営業時間の短縮を求めるなどの行動制限は行わない方針だという。

 行動制限を伴う強い措置は人々の行動の自由を規制し、それに対する反発もあるだろうし、飲食店の営業時間の短縮は補償金などお金のかかる問題でもある。そのような状況なので、国などのお上の指示を待つのではなく、私たち一人ひとりが新型コロナウイルスに感染しないための対策を考えながら出来るだけ通常に近い日常を送るしかないのだろうと思う。3度目の夏は改めて私たち一人ひとりが自分で考え行動することが求められた夏だと思う。

 

昔は良かった症候群

 「昔は良かった」という言葉は世の中のいろいろな場所で聞く。私が大好きな鉄道趣味の世界でいえば、「昔はブルートレインがたくさん走っていて良かった」、「昔は長距離列車が多くて乗りごたえがあった」、「昔は国鉄型車両が多く走っていて味があった」クルマが好きな人なら、「昔はスポーツカーがたくさんあって良かった」、「昔のクルマは直線的でボンネットや車高が低くカッコよかった」、「昔のクラウン(シビック)はこんなじゃなかった、今のクラウン(シビック)はクラウン(シビック)じゃない。などがある。

 もちろん私も昔を懐かしむ気持ちはある。ブルートレインの旅は今でも最高だと思っている。「北斗星」、「銀河」、「はまなす」、「さくら」、「あさかぜなどのブルートレインのの旅は今でも思い出として強く残っているし、機会があれば乗ってみたいと思っている。しかし現実はそんなに甘くないと思っている。ブルートレインはとにかくコスト高になる。他の列車が走らない夜間に駅員などの要員を確保しなければならない。人口減でJRクラスの会社でも人材の確保に苦慮している現在、それは難しいことだと思うし、寝台車は昼間には無用の長物になってしまう。それでは採算に合うとは思えない。長距離列車についても、例えば、大阪から、福井、金沢、富山などを経由して新潟まで走った特急「雷鳥」など、今でも残ってほしかった列車は多いが、長距離を走ると、他の地区のダイヤの乱れを波及させやすいという欠点もあるし、乗り換えを便利にするという条件である程度の長距離列車の削減はやむを得ないと思っている。国鉄型車両については、国鉄の分割民営化から30年以上が経ち、老朽化が進んでいる以上、数を減らしているのはやむを得ないことだと思う。多くの乗客にとって、古くて味がある車両よりも、新しくてきれいな車両を求めるのは当然のことである。鉄道の従業員にとっても、新しい車両ほどメンテナンスの手間が少なくなるし、新しい車両にはバリアフリーにも対応している。そして一部の鉄道事業者は古い車両を保存していてイベント時に走らせている。私たちはそのような機械を利用して昔の鉄道旅行の思い出に浸ればいいと思う。

 昔が良かったかといえば、必ずしも良かったとは言い切れないものがある。クルマ好きの多くは、昔のクルマは良かったというが、それは本当だろうか。私はそれはちょっと疑問を持っている。昔は今よりも交通死亡事故が多かった。今の車に比べればずっと衝突安全性が低く、ABSもなければ、自動ブレーキもなかった。私は今さらそんなクルマに乗りたいかと言われれば答えは「No 」だ。クルマは好きだが自分の命や他の人の命が大事だし、地球環境も大事だと思うからだ。スポーツカーの現象は確かにあるが、クルマ好きの人はオートマチックトランスミッション(AT)の普及や燃費規制、クルマの値段が上がったこと、ピープルムーバー(ミニバンともいう要するにアルファードのようなクルマ)やSUV(ハリアーのようなクルマ)の普及がスポーツカーの衰退の原因だと槍玉に上げるが、私は違うと思う。家電のテレビCMを見ればわかるが、最近の家電のCMは性能の良さを売りにしたものはほとんど見かけない、使い勝手の良さやを売りにしたものが多い。どんな商品を買っても性能はある程度の水準に達しているから使い勝手で勝負をしているのだと考える。クルマも同じで、今やどの車種に乗って走りに大きな不満のあるクルマはない。しかし、使い勝手には大きな違いがある。そうなれば、使い勝手のいいピープルムーバー(ミニバン)やSUVが有利になると思う。デザインだって、ボンネンットが低いクルマはかっこいいのかもしれないが、歩行者と衝突した時に、頭部の傷害が大きくなりやすいし、車高が低いと乗り降りしにくいし車内が狭い。人は自分がクルマに関心を持ち始めた時のクルマを理想像と捉える傾向があるが、クルマは時代背景や人々の暮らし、地球環境問題や道路事情、社会的な要請によって変わるもので、時代が変わっても変わらないクルマがあるとすれば、それは時代に取り残されたというべきであろう。

 「昔は良かった」という思いを全否定するつもりはない。しかし、それに囚われ過ぎていると、今が見えなくなるし、未来がつまらなくなる。最近の電車は乗り心地がいいし、車窓から見える景色は昔と変わらず素晴らしい。クルマだっていずれEV(電気自動車)やPHV(充電もできるハイブリッド車)の時代になっても、自分で運転して道の世界に行ける素晴らしさは変わらない。昔は良かったそれはもちろん、今も素晴らしいそう考え、古きも新しきも愉しんでいきたいと思う。

A君のこと

 私がA君に初めて会ったのが、大学2年の春だった。当時入っていた文化系サークルに新入生として入ってきたのがきっかけだった。A君は背が高かったが、愛嬌のある顔で、威圧感など全く無縁の男であった。私とA君はすぐに仲良くなり、サークルが終わった後に、彼の住んでいるアパートの部屋で酒を飲み明かしたことが何度もあった。

 彼は、浪人をして、誰もが知っている都の西北にある有名大学に合格していたがそれも蹴って故郷から遠い仙台にあるこの大学に入ってきた。社会福祉について学びたいという強い希望を持っていた。私は驚いたが、彼の強い意志には私も驚いたし尊敬もした。しかし、彼の表情は夏休み明けから曇りがちになった。大学の講義の内容、教授、そして学生、全てが彼が思い描いていたものとは違ったようだ。私は彼の悩みに気づいたものの、彼にうまくアドバイスすることはできなかった。

 私が3年生になってすぐ、思うところがあり私はサークルを辞めた。彼とも会いづらくなり、何度か立ち話をする程度の関わりしか持てなかった。やがて、人づてに彼が統一教会と思われるカルト宗教にはまってしまい、大学に姿を見せなくなったという聞いた。まさかと思い、彼の住んでいるアパートの部屋に行ってみたが、すでに人の気配はなかった。当時は携帯電話が普及する前で、連絡をとる手段が全くなくなってしまった。

 その後彼がどこでどういうふうに生きているかは知らない。願わくば、彼が元気でいることを願いたい。そしてできるだけ早い時期に統一教会と思われるカルト宗教から離れてほしい。カルト宗教に長くいればいるほど、彼が被害者だあるばかりではなく、加害者として、新たな信者を勧誘して洗脳したり、霊感商法に従事してしまう可能性が高くなる。それだけは友人として耐えられないことである。

 統一教会は、1960年から今に至るまで、学生を中心とした若い人を引き込んで様々な活動に従事させる原理研究会の活動が問題視されてきた。他にも、霊感商法、合同結婚式、信者に高額の献金を強いるなど数々の問題を引き起こしてきた。それが許されてきたのは政界との癒着があったから。今回大きな事件があって統一教会の問題がクローズアップされたが、この機会にこれまで隠された問題が明らかになり、被害者の救済が進むことを期待したいし、もしA君が今でも統一教会に留まっているのだとすれば彼の人生の再出発を支援したいと思う。

あるのに見えていないもの

 7月2日に発生したKDDIの通信障害では、auを中心とする3915万回線に長いところで3日以上にわたって影響が出た。個人や業務で使用するスマートフォンや携帯電話のほか、宅配便やゆうパックの配達、貨物列車の運行システム、路線バスのICカード決済システム、一部の銀行のATMなどに影響が出た。また、通信障害により、新型コロナウルスに感染線して自宅療養している人と保健所や自治体との間の連絡に大きな影響が出たり、110番や119番などの通報にも大きな影響が出た。

 このような状況を見ると、通信は重要な社会インフラだと思うし、それが使えないと言うことは大きな社会混乱をもたらすことを改めて実感する。このような通信障害が発生しないことが一番だが、残念ながらこれに絶対はない。少しでも混乱を避けるために、今あるものをもっと有効活用することが改めて大事だと思った。では、今あるものは何かというと、固定電話と公衆電話。これらは携帯電話が普及してからは利用の機会は減った。自宅に固定電話がないという方も多いと思う。しかし今回の通信障害に関わりなく使えていたし、公衆電話も以前よりも数が減っているとはいえこちらも健在である。NTTのサイトに公衆電話マップがあり、これを調べてみると、私が住む福島県いわき市には415の公衆電話があり、私の徒歩圏内にも4つ公衆電話があることがわかった。何のことはない、時々買い物に行くコンビニエンスストアやスーパーマーケットにもあるのだ。人は見たいものしか見ないという典型なのかもしれない。普段意識していないから公衆電話があっても目に入っていなかったのだろう。これからは公衆電話を意識しながら買い物や散歩をしてみたいと思う。

エアコンのある毎日

 私がエアコン付きの家に初めて住むようになったのは、23歳、大学を卒業して社会人になった時であった。高校卒業まで住んでいた実家はにはエアコンはなかったし、学生時代に住んでいたアパートにももちろんエアコンは付いていなかった。実家の所在地はいわき市、学生時代に住んでいたのは仙台市青葉区。どちらもさほど暑い場所ではないが、それでも猛暑が数日続く時があり、それはそれできつかった。実家に住んでいた時にはとにかく扇風機が頼りで、扇風機の出力を最強にしてやり過ごした。学生時代に住んだアパートは風が抜けにくい作りであったから、どうしても暑くて我慢できない時には、近所にあるゲームセンターに避難した。ゲーム機が数台あるだけの小さなゲームセンターではあったが、エアコンがよく効いていて、寒いくらいだった。ゲームはほとんどせず、文庫本などを持ち込んで読んでいる迷惑極まりない客であったが、店員さんが常駐している店でもなかったので、それをいいことにずいぶん長居をした。

 社会人になってはじめてエアコン付きのアパートに住んで、仕事を終えエアコンの効いた部屋で冷たいビールを開けた時の「贅沢だな」と思った爽快感は忘れられない。あれか25年以上が経ち、エアコンがある生活が当たり前になってきた。学生時代、ゲームセンターで涼んだ時の爽快感や、社会人1年生の時の感動を忘れてしまう時もあるけれど、今こうしてエアコンの効いた部屋で過ごせることはやっぱりありがたいことだし、頑張った自分へのご褒美なのかなと思っている。どうか皆さん、今年は猛暑です。エアコンのある方は必要に応じてエアコンを使ってください。エアコンがない方はエアコンのある場所へ移動してください。みんなでこの夏を無事に乗り切りましょう。

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