2022年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »

2022年8月の5件の記事

鉄道開業150周年企画① 我が思い出の急行「ときわ」湯本〜水戸

 子ども時代の最大の楽しみは、年に1度くらいの割合で家族みんなで東京に行くことであった。私の実家の最寄りの常磐線湯本駅からローズピンクとクリーム色に塗られた急行「ときわ」に乗る。湯本駅は今では自動改札になってしまったが、当時はステンレスの柵の中に駅員さんがいて、鋏で切符に切り込みを入れていた。切符を切る「パチン」という乾いた音、この音を聞くと私の旅気分が盛り上がる。

 急行「ときわ」の車内は4人掛けのボックスシートがずらりと並んでいた。今では窮屈に感じるボックスシートも、子供のこれには大きくて、やわらかいクッションが心地いい最高の空間だった。

 ものごころついた時から鉄道が大好きだった私は、夢見心地で乗っていた。車窓に映る山、川、町並み、田んぼ、全てが美しかった。そして、朝早い電車に乗ると、勿来駅を過ぎたあたりで太平洋から顔を出す朝日を見ることができる。真っ赤な朝日と光を受けてキラキラ輝く太平洋の水面は例えようもないくらい美しかった。

 茨城県に入り、大津港駅を過ぎると国道6号と並走する。急行「ときわ」は国道を走るクルマをビュンビュン抜いていく。子どもだった私は、「どうだ、電車は速いだろう」と得意になりながら国道を走るクルマを見下ろしていた。

 日立を過ぎると、左側に小さな駅があって古びた電車が停まっていた。日立電鉄の電車である。この古びた電車に乗ることは叶わなかったが、後に地下鉄のお下がりの車両に変わった後乗ることができた。その日立電鉄も既に無く、思い出の彼方に去ってしまった。

 水戸が近づくと楽しみがあった。1つ目は、勝田駅の手前にある車両基地を見ること、普通列車に使う電車から、特急「ひたち」に使う電車まで見られ、ちょっとした鉄道博物館状態である。そして、2つ目は、勝田駅では、これまで7両編成で走ってきた急行「ときわ」は、乗客が増えることに備えて4両増結する。その作業を見物する。そろそろと4両編の電車が近づき、安全に連結をする。双方の車両が連結されたら手早くブレーキのホースや電気系統のケーブルが繋がれていく、感心しながら見ていた。勝田駅では茨城交通の列車が左に分岐するとまもなく那珂川の鉄橋を渡る。しばらくすると、水戸の町中に入り速度を落とす。右側から水郡線が合流するとまもなく水戸駅に着く。

高校野球は変われるか

 現在、甲子園球場では夏の高校野球が行われている。ちょうど今日は福島県代表の聖光学院が宮城県代表の仙台育英と対戦するので今から楽しみにしている。高校野球を楽しみにしているのは私だけではなく、結構多いと思う。NHK放送文化事業団が調査した結果によると、観戦することが好きなスポーツの1位はプロ野球であるが、その次が高校野球、以下、フィギュアスケート、マラソン、駅伝、サッカー、バレーボール、相撲と続く。このことからも国民的なスポーツイベントと言っても良いだろう。

 夏のお盆前後の時期に行われる高校野球は、家にいることが多いお盆前後の時期に行われるので、テレビでの観戦する人も多く、都道府県代表が出場するということで、野球自体にはさほど関心がなくても地元の代表を応援するために感染する人も多いと思う。すでに100年以上の歴史を数え、風物詩としても認識されている。

 この高校野球、今、大きく変わらなくてはならないと思っている。それは昨今の暑さ対策である。近年、試合中に選手や審判が体調を崩すことが多くなってきた。多くが熱中症によるもので、原因は猛暑。甲子園球場からさほど遠くない神戸市の2020年8月の平均気温は30℃、概ね気温は上昇傾向で、この100年で4℃程度上昇した。もちろん、高等学校野球連盟も手をこまねいているわけではなく、試合の間に休養日を設けたり、積極的に給水を促すなどの対策はしているが、それも焼け石に水の感はある。

 最も効果的なのは、会場を涼しい場所に移してしまうことだろう。涼しい場所といえば、北海道だ。特に道東の釧路や根室は涼しい。釧路の2020年8月の平均気温は19.5℃、根室の2020年8月の平均気温は18.6℃、これなら思いっきり野球をやっても全く問題はなさそうである。しかし、北海道を会場にすると、西日本の高校にとっては旅費の負担が重い課題になる。現地の受け入れ態勢にしても北海道の短い夏は観光シーズンのピークでもあり、ホテルなどにも余裕はないであろう。他に涼しいところといえば、青森県から宮城県の三陸沿岸があるが、ここも抱えている事情は大差がない。

 ラグビーの聖地は花園、サッカーの聖地は国立競技場、大学野球の聖地は神宮球場になっているように、高校野球の聖地は甲子園球場になっている。選手たちは甲子園でプレーをすることを目標に練習に励んでいることを考えると、他地区への移転はそんなに簡単なことではないと思う。最も有効なのは、甲子園をドーム球場にして、どんなに暑くても安全にプレーできるようにすることだが、これには相当なお金がかかる。また、気温がピークになる時間を避けて、午前中の涼しい時間と夕方から試合を行う案もあるが、近年の暑さは朝から相当なもので、やらな合いよりはやった方がいいと思うが、これも決定打とは行かなそうだ。

 高校野球のやり方を変えるにあたって、最大の障害になっているのが「伝統」という言葉である。長年猛暑の時期に甲子園球場でやってきたという伝統がこの問題の解決を難しくしている。会場を変えるにも、やり方を変えるにも、相当な批判がありそうだと思われる。「俺たちの夏の楽しみを奪うのか」、「昔の選手も暑い中耐えてきた、最近の選手はだらしない」、「暑さという困難の中でのプレーは感動的である」などの反対意見が聞こえて来ることが予想される。しかし、熱中症は時に命に関わる問題である。近年の状態を見ると、近い将来、大きな事故の発生もないとはいえない。

 ここまで言ったら言い過ぎになるのかもしれないが、高校野球を変えることは、全ての面において古いやり方が残る日本の社会を変える大きなきっかけになるのかもしれない。伝統や過去のしがらみにとらわれない議論が必要な時期になっているのだと思う。

太平洋戦争はアジア解放のための戦いか?

 「太平洋戦争は白人が植民地支配していたアジアを解放するための戦争だった」このような言葉は昔から一部の人たちによって使われていた。果たしてそうなのだろうか?

 太平洋戦争の初期、日本はフィリピンやマレーシア、インドネシアに侵攻し、現地を統治していたアメリカやイギリス、オランダの勢力を追い出した。インドネシアでは、独立運動の指導者であるスカルノを解放するなど、大胆な策に出た。しかしそれはあくまでも日本のために過ぎなかった。

 太平洋戦争当時、フィリピンに住んでいた女性はこのように書き残していた。「アジア人のためのアジアが戦争のスローガンだ。しかし、なぜ日本人がアジア人の盟主でなければならないのだろう」。この女性が感じた疑問は100%正しいのだと思う。 

 戦争を始める時には古今東西、どこだってもっともらしいスローガンを掲げて戦いを始める。「侵略するぞ、略奪するぞ」と言って戦争を始めた国など聞いたことはない。終戦の日に改めて言いたい。太平洋戦争は侵略戦争であった。その過ちを認める勇気を私たちは持たなければならない。

科学技術大国?日本

 世界で2018~20年に発表された自然科学分野で影響力の大きな上位論文数で、日本が世界12位と、統計がある1981年以降、初めて10位以内から脱落した。文部科学省科学技術・学術政策研究所が9日にまとめた調査結果で分かった。日本は研究力の低迷に歯止めがかかっていない。(毎日新聞)

 ちなみに1位は中国、2位はアメリカ。日本の上には10位スペイン、11位韓国がいる。いずれも日本の半分以下の人口の国で、自然科学分野で日本の地位低下は鮮明になってきたと言えるだろう。これに比例して、日本の企業の競争力も落ちてきており、すでにヨーロッパ市場では、家電分野で日本企業の製品を見るのはデジタルカメラとプリンターだけだという。こう言っては申し訳ないが、デジタルカメラもプリンターも他国の企業があまり力を入れない分野の商品だと言える。デジタルカメラは今やスマートフォンのカメラで十分だし、プリンターはペーパーレス化で需要が減りつつある。

 現在日本で世界を相手に稼げる可能性がある産業といえば自動車産業だが、これもだいぶ怪しくなっている。世界各国の自動車メーカーがEVシフトを進める中、日本企業の動きは鈍い。日産自動車、三菱自動車はともかく、トヨタはスバルと共に開発したbz4X(トヨタ)・ソルテラ(スバル)は発売開始早々にタイヤ脱落の恐れで受注停止状態。ホンダのeも発売したものの影が薄い、一部ではEVなど、モーターとバッテリーがあれば技術力が低い企業でも作ることができると豪語している人もいたが、そうではないことを日本の自動車メーカーが証明してしまった。今後、日本の自動酢メーカーがゆっくり衰退していくというシナリオも私にはあり得る話だと思う。

 日本の自然科学分野での地位低下は、教育、科学分野にお金をかけられない財政難、低経済成長が根本的な原因なのかもしれない。そうだとすれば日本は科学技術大国だという幻想を捨て、世界と戦える分野に絞って重点投資をしたり、海外の先進的な研究をしている大学や企業と提携したりして少しでもついていける体制を築く必要がある。過去の栄光にすがってばかりいれば更なる地位低下もあり得ると思う。

今年の夏もおかしな夏か

 夏は暑いし雨が多い、こんなことは最近始まったことではない。おそらく日本列島が今の場所にあった頃からそうだったのだろうが、近年の夏は暑さも雨の多さも極端になってきている気がする。

 地球温暖化という言葉は、もうずっと言われてきている。気象庁の統計の上からもここ数十年、日本各地の平均気温は上昇傾向にある。そして今年の夏も早い梅雨明けと猛暑であった。気象データを見ても、私が住む福島県いわき市小名浜の7月の平均最高気温は、私が子供時代の1980年代は23℃から26℃程度が多かったが、今年の7月の平均最高気温は28.1℃、ずいぶん暑くなったわけだ。雨の降り方も変わった。かつては梅雨の初めはしとしとふるあ目が多かったが、最近は梅雨の初めから大雨になることが多い。このことはラジオの番組で気象予報士の方が指摘していたし、私の実感としてもそうだと思う。

 そして、今回、青森県から福井県にかけての広い範囲で大雨になった。線状降水帯が発生し、山形県では最上川が洪水を起こしたり、福島県では磐越西線の橋が流されるなど、大きな被害を出した。数十年に1度の大雨が毎年全国で複数起きている。明らかに雨の降り方が変わってきている。

 異変は海でも起きている。北海道でかつてあまり獲れなかったブリが豊漁になり、秋刀魚やサケの漁獲量が減った。海水温の変化が原因とされる。地上だけでなく、海中でも地球温暖化の進行が見られる証拠であると思う。

 もちろん、地球の気候は絶えず変化している。過去には氷河期もあったし、ジュラ紀など恐竜の全盛期は今よりずっと暑かった時期もある。火山活動や生態系の変化、大陸の移動などがある。とはいえ、昨今の気候変動はあまりに急すぎると思う。この気候変動に、温暖化ガス排出などの人為的な影響が絡んでいるのだとすれば、逆にこれは私たちの手でどうにか出来るチャンスなのだと思う。私たちの生活のあり方、産業のあり方、出来ることから変えていきたい。

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »

フォト
無料ブログはココログ

ウェブページ