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鉄道開業150周年企画④ 乗り鉄1年生の旅 中央本線編

 私には弟が2人いる。もう既にみんな同じ市内にそれぞれの家庭を構えている。最近はそれぞれの家族優先の生活をしているが、かつて、一緒に旅をしていた時期がある。それは、私が高校生であった3年間であった。今でも学生の長期休みの時期には「青春18きっぷ」というJRの普通列車が乗り放題になる切符が発売されている。その切符を使って何度か鉄道に乗りまくる旅をした。私たち3兄弟のうち、私と下の弟は鉄道が好きである。上の弟はそこまで鉄道が好きというわけではないが、旅が好きである。

 私が高校生になり、いよいよ鉄道旅行をしようという話が持ち上がった。はじめは兄弟3人で行こうと考えていた。行き先を考えているうちに、どうせなら「大垣夜行」に乗ろうという話になった。「大垣夜行」とは、東海道本線の東京〜静岡〜名古屋〜大垣(岐阜県)を結ぶ夜行の普通列車である。さらに、下の弟が学校で「大垣夜行に乗る」と友達に話したのだろう。友達も一緒に参加することになった。時刻表をいじり回し、東京から中央線経由で名古屋まで行っても大垣発の下りの「大垣夜行」に余裕で間に合うことがわかり、コースの大枠が固まった。あとは両親を説得するだけという順番になったが、さすがに子どもだけではいかせてもらえず、母も一緒に行くことになった。

 1988年夏、ついにその日がやってきた。母37歳、上の弟14歳、下の弟とその友達12歳、そして私が16歳、人生最初の本格的な乗り鉄の旅である。湯本駅から常磐線の普通列車に乗り、上野から山手線、東京駅からオレンジ色の中央線快速電車に乗る。電車がゴトリと動き出した時の興奮は今でも忘れられない思い出だ。新宿、三鷹、立川と夢のように過ぎ、終点の高尾で青と白に塗り分けられた小淵沢行きの普通列車に乗り換える。電車の色が変わっただけでなく、車窓もこれまでの都会の街並みから一気に山岳地帯になる。大月までの区間は深い谷の中を走る。東京から1時間少々でこんな山の中になってしまうことに一同驚いた。

 やがて左側に富士山が見えてきた。すらりとした山の形はやはり美しい。富士山が見えるとやはり車内がどよめく。笹子トンネルを抜けると甲府盆地を目指して坂を下り始める。勝沼あたりは一面の果樹園が広がっている。人はこんなに果物を食べるのだと改めて驚く。甲府は駅も町も立派だが真夏の太陽が照りつけ暑かった。中央線は山岳路線というイメージを持っていたから涼しいのだと思っていたが、予想を越える暑さにエアコンの効いた車内に避難する。

 甲府を過ぎると終点の小淵沢に向けて山を登る。左側には南アルプスの山々が見える。当時はGoogle mapなどなかったから、山の名前はわからなかったが、後で調べてみると、日本で2番目に高い北岳や甲斐駒ヶ岳でせうことがわかった。終点の小淵沢はそんなに大きな町ではないが、高原らしい清潔感のある町で好感が持てた。しかし次の電車はすぐで、急き立てられるように松本行きの電車に乗り継いだ。諏訪湖が見え、岡谷を過ぎると塩嶺トンネル、その後は塩尻である。名古屋に行くのならここで乗り換えだが、次の電車までは時間があるし、その電車のこの先の松本が始発なのでそのまま松本まで行くことにする。松本駅のそば屋で遅い昼食にするが、何の変哲もないそばがとにかく美味かった。初めての旅の興奮、美しい信州の風景、大好きな鉄道に乗っていること、いろいろな要素が加わっているのだろうがとにかく美味い蕎麦だった。

 松本から中津川行きの電車に乗る。塩尻を過ぎると木曽路に入る。奈良井、薮原、木曽福島、深い谷の底にある宿場町にある駅に丹念に停車しながら走っていく。さすがに疲れたのか母は気持ちよさそうに寝息を立てている。上松駅の少し先に寝覚の床という花崗岩の岩と木曽川の流れが美しい景勝地が見えるが母を起こすのはやめにした。それにしてもカーブが多い路線で、列車はその度に速度を落とす。もっともその方が景色が良く見えるから私にとってはその方が良かった。 

 岐阜県に入り、中津川で名古屋行きの電車に乗り換える。中津川からは平野も見られるようになり、街の規模もやや大きくなる。みんな疲れているのか、弟2人も、弟の友人も眠ってしまった。私も疲れてはいるが、眠くなるほどではなく、1人車窓を眺めている。あれだけエネルギッシュだった真夏の太陽も既に落ち掛け、西側の空をオレンジ色に染めている。駅ごとに自宅に帰る人たちが急ぎ足で降りていく。線路沿いの家には明かりが灯り始める。遠くへきたなと改めて実感する。そして少しだけ切ない感情も湧いてくる。

 焼き物で有名な多治見を過ぎると山の中の景色になる。古虎渓、定光寺とほとんど人家が見えないような駅にも降りていく人がいる。次の高蔵寺からは景色が一変して名古屋近郊の住宅地になる。夕焼けの中を疾走する電車は名古屋市に入ってすぐの新守山で特急に道を譲るために数分停車した。その間に夏の日は落ち真っ暗になった。次の大曽根からは街明かりが煌めくようになる。名古屋の市街地をほぼ半周して名古屋駅に到着した。

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