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カテゴリー「スポーツ」の26件の記事

先駆者、土俵を去る

 はじめてフグを食べた人間というのはすごいものだと思う。体のあちこちに毒があり、驚くと身体をまるくふくらませる奇妙な魚なのだから。なにごとも、はじめておこなったということはそれだけで偉大なことだと思う。世界で初めてインスタントラーメンを作った安藤百福、世界で初めて自動車を作ったキュニョー(フランス)、世界ではじめて動力付きの飛行機を作ったライト兄弟、世界で初めて地球一周をしたマゼランの部下たち(マゼランはフィリッピンで死亡)、人類で初めて宇宙に行ったガガーリン(ソ連)、みんな偉大な足跡を残したと言っていいだろう。大相撲初のモンゴル出身の力士として活躍し、幕内優勝をした旭天鵬も、大きな足跡を残した人物として記憶されていいと思う。彼の活躍があったのだから後に続く朝青竜や白鳳の活躍があったのだろうと思う。

 旭天鵬の魅力は、身体の柔らかさと長身を生かしたしなやかな相撲だった。自分が有利の型になれば、かなり上位の力士にも健闘した。そして、怪我をせず40歳を過ぎても相撲を取り続ける姿は、多くの人に勇気を与えた。しかし、2015年名古屋場所を最後に引退し、大島親方として後進の引退に当たることになった。5月29日に両国国技館で引退相撲・断髪式があったので、私も弟と一緒に行ってきた。髷が切り落とされる時には、私も胸が熱くなった。何よりうれしかったのは、不本意な形で土俵を去った朝青竜が、同じモンゴル出身の先輩のために駆け付けてくれたことである。日本とモンゴルの懸け橋となった旭天鵬改め大島親方の健康と活躍を祈りたい。

昭和がまた遠くなる

 「巨人、大鵬、卵焼き」は1960年代の子どもたちが好きなものを表した言葉である。巨人はプロ野球の読売ジャイアンツのこと、王、長島の強打者のほか、強力な選手をそろえ、1965年から1973年までは9年連続日本一になった。大鵬は大相撲の横綱のこと、1956年に入門、1961年に横綱に昇進、1971年に引退するまで幕内優勝32回は、白鵬に抜かれるまで大相撲記録であった。最後の卵焼きは、まだ肉が高嶺の花だった時代、子どもたちにとって身近な御馳走だっただろうと思われる。

 一方、1980年前後の子どもたちの嫌いなものを表す言葉として「江川、ピーマン、北の湖」という言葉があった。江川は読売ジャイアンツのピッチャーで、1978年のドラフトの際、制度の穴をついた形で入団契約をした「江川事件」があったことでダーティーなイメージがついたからだろう。ピーマンはもちろん青臭いから。最後の北の湖はあまりに強すぎたからだと言われている。世の中に強いスポーツ選手はたくさんいるが、強すぎて嫌われた選手はあまり聞いたことがない。

 私が相撲に興味を持ったのが1982年ごろで、北の湖の全盛期をやや過ぎたころで、ちょうど千代の富士と世代交代の時期だった。それでも、力士らしい堂々とした体形はやはりさすがのものだと思った。

 引退後は、親方として北太樹や北桜、鳰の湖などの弟子を育てた。また、日本相撲協会理事長として協会の運営にもあたった。近年は病に悩まされていたと聞くが、まだ62歳、やり残したことはたくさんあったのかもしれない。しかし、北の湖の名は、昭和という時代の後半の1シーンとしてこれからも語り継がれていくだろうと思う。

自転車でGo!

 先日自転車屋さんで見たクロスバイクが今日、我が家にやってきた。アメリカのトレックというメーカーのFXというモデル。色はリキッドブルー、青空のようなさわやかな色です。一通り自転車を眺めてさっそく自宅周辺を走ってみます、できれば遠くに行きたいのですが、2年以上自転車に乗っていないので、念のため近場から徐々に慣らしていくことにします。3×8の24段変速で、加速から高速巡航まで適切なギアを選べば、重い私の身体をスムーズに前に進ませることができます。ただし今日はギアもまだ当たりが付いていないので、かそくはゆっくりと、じわじわとスピードを上げるようにしました。およそ6kmを走り終えると、気持ちのいい汗をかきました。これから徐々に長い距離を走れるようにしたいと思いました。

 Fx


自転車でGo?

 私が自転車に乗り始めたのは小学校に入学するころでした。以来、自転車は私の足となり、時には県境を越えて茨城県まで自転車で行くこともありました。大学生になってスクーターを所有しましたが、それでも自転車は手放さず私の相棒でした。さすがにここ数年は自転車からは離れていましたが、また自転車に乗りたくなったので、市内の自転車店に行き、実物を見て、カタログをもらってきました。これから数日考えて、購入するか決めたいと思います、と言いたいところですが、心はほぼ決まっています。自転車でGo!かな。
 ちなみに、見てきた車種はアメリカのメーカーのクロスバイク、アルミフレームでとても軽いです、色は、白、黒、赤、青と4色あり、私は青に惹かれています。これで風を切って走ったら気持ちいいだろうなと思います。

「炎のランナー」

 まずは、以下のリンクをご覧ください。

 http://www.youtube.com/watch?v=L-7Vu7cqB20&feature=related

 現在行われているロンドンオリンピックの表彰式で流れる曲です。元々は1981年に発表された同名のイギリス映画で使われた曲です。この映画の舞台になったのが1924年のパリオリンピック。どこまでもオリンピックと縁のある曲です。

さて、春場所が中止になったわけですが

 ついに大相撲春場所(3月、大阪市)が中止になることが決定しました。今回の八百長事件は、これまでも再三問題を起こしてきた日本相撲協会にとって、絶体絶命のピンチになってしまったようです。このピンチを招いたのは、相撲協会の体質そのものではないかと思います。昨年の野球賭博事件を受けて、ようやく外部の方を理事として招きましたが、それまでは身内だけの閉鎖的な運営に終始してきたツケが一気に噴出してきた形になりました。以前あった時津風部屋の序の口力士への「かわいがり」という名の下の殺人事件に対しても、名門である「時津風」という名跡を守ることにこだわり、本質的な解決をはからなかった相撲協会、世間とのあまりの感覚のズレは、現在の体制のままでは直しようがないのだろうか。

 とにかく、必要なことは関係者の処分よりも、相撲協会の運営体制の抜本的な見直し。外部の人材を登用し、一般のファンの声に耳を傾け、親方、力士その他関係者が一丸となって信頼回復に努めること。これに尽きると思います。そうしなければ、こんどこそ、相撲が過去のものとして消滅してしまうかもしれません。それは、相撲を愛する者としてあまりにも悲しいことです。

大相撲ファンとして

 昨年の野球とばく事件、そして今回の野球賭博事件と、日本相撲協会は揺れ続けている。特に今回の事件は、日本相撲協会の存続が問われる事態に発展しそうな雰囲気である。金の力で勝負の行方が左右されているという事態は、スポーツとして絶対に合ってはならないことだと思う。今回、八百長に関わった力士には厳しい処分が下されてしかるべきだと思う。

 ただ、外部から見て、今の相撲のあり方に若干の疑問点がある。

1、力士の待遇が悪すぎないか

 十両の力士の月給が1月100万強と聞けば、一般的なサラリーマンから見れば、相当な高給に見える。しかし、一般のサラリーマンが60歳まで働けるのに対し、力士の場合、30歳を過ぎるとそろそろ次の生活の心配をしなければならない。実働期間が極端に短いのである。それであれば、真剣勝負ばかりをして力士生命を短くするよりは、多少八百長をして力士生命を延ばす方が賢明ではないかと考える力士がいてもおかしくはないだろう。何せこの不況で、有力なタニマチ(後援者)は減って、力士の懐はさびしくなる一方であるから。

2、力士を酷使しすぎていないか

 本場所は年6回行われる。1場所は15日制で、十両以上の力士は2週間以上毎日戦い続けることになる。私が国技館で相撲を見たときに感じたのが、立ち合いの力士の身体がぶつかるパチーンという音が2階席まで聞こえたことである。これは、見た目以上に過酷なスポーツだと感じた。場所の日数を削減したり、場所数を削減して、力士の負担を減らし、その分相撲の中身を充実させた方がいいのではないかと思う。

3、番付のあり方が疑問

 力士にとって番付は命である。幕下以下の力士には月給はない。十両に上がるといきなり月給100万円強。そりゃ、十両の地位が危ない力士は、お金を払っても十両の地位を守りたいよ。そうしなければ、最低でも200万円を不意にするのだから。もう少し番付による待遇の差を埋められないものかと思う。

 いろいろ言ったけれど、やっぱり私は相撲が好き。勝負に情がからむのはやむを得ないが、お金がからんだ八百長だけはごめんである。

私に勇気を与えた人

 人にはそれぞれ生まれ持った役割がある。そんなことを言う人がある。もし、それが本当だとしたら、この人の役割は人に勇気を与えることなのではないかと思う。その人の名は森麗勇樹、大相撲序ノ口の力士である。かれは、1つの記録を持っている、それは連敗記録である。序ノ口デビュー直後の平成15年5月場所の1番相撲で勝ったあと、次に森麗(当時は森川)が勝利するのは平成16年3月場所の6番相撲であった。その間実に32連敗であった。その後も、負け越す場所が続いていた。それでも、確実に森麗は力をつけ、毎場所1勝できるようになり、それが2勝になり、デビューから4年経過した平成19年には3勝できるようになった。序ノ口力士は1場所に7回相撲を取るから、まさにあと1歩であった。そしてついに、平成21年11月場所、4勝3敗とついに勝ち越した。デビューから6年半が経過していた。相撲好きの女性の方のホームページで、森麗のけいこの様子などは知っていたので、私は自分のことのように嬉しかった。

 その後も森麗は戦い続けた。そして、平成23年1月場所、序盤から好調な森麗はここまで3連勝、勝ち越しにリーチをかけた。ちなみに、1番相撲からの3連勝は彼にとって初めての経験である。

 森麗は負けても負けても土俵に上がり続けた。普通なら、32連敗している間に嫌気がさしてやめてしまうだろう。そうだったとしてもだれも批判はできないと思う。それでも、彼は黙々とけいこを続けた。彼の練習の様子を聞くと、決して素質に恵まれているわけではない、、むしろ運動音痴に近い部分さえある。しかし、あきらめずに戦い続け、少しずつではあるが、力をつけてきた。私は彼の戦う姿からたくさんの勇気をもらってきた。おそらく、誰よりも相撲を愛する森麗はこれからも戦い続けるだろう。そして、多くの人に感動と勇気を与え続けるだろう。わたしはそんな森麗にこれからもエールを送り続けたい。

やえもん国技館に行く(下)

 取り組みは序の口から序二段へと進んでいく。少し変わったなと思ったのは。立会いなどの所作が美しくなってきたこと。単に強さを競うだけの格闘技ではなく、所作の美しさ、これが相撲の魅力だと思う。
 少し席を外して国技館内にある相撲博物館に行く。ここには、企画展として「平成の四横綱展」が行われていた・平成2~3年の千代の富士、北勝海、大乃国、旭富士。平成11年~12年の曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸。いずれも実力のある横綱が並び立ち。非常に相撲が盛り上がった時代であった。化粧回しや写真などを見て歩いた。
 売店で相撲グッズや飲み物、弁当を買う。弁当は朝青龍弁当や白鵬弁当などが合った。私は琴欧洲弁当を買った。琴欧州の好物である豚の生姜焼きや鶏の照り焼きが入っていた。とくに鶏そぼろ飯がいい味だった。

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 弁当を食べながら三段目の取り組みを見て、ちゃんこ屋台の開店にあわせてちゃんこを食べに行った。玉ノ井部屋のしょうゆ味ちゃんこはあっさりした味だが、鶏肉をはじめいい味が出ていてご飯が何杯でも進みそうだった。幕下の青馬―千代の花戦では行司の判定に物言いがつき、3度取り直しになった。4回目の相撲では青馬が千代の花を破った。3回の物言いはかなりの珍事ではなかろうか。

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 十両の取り組みが始まった。このあたりまで来ると実力が違う。力、技、スピード、いずれをとってもため息が出るほどすごい。椅子席は2階で、土俵からは距離があるが、そこまで力士の息遣いが聞こえてくる。これがテレビ観戦との大きな違いだろう。そして、いよいよ幕内土俵入り、続いて横綱土俵入り。私は東側の席なので、白鵬の土俵入りは背中しか見えなかったが、朝青龍の土俵入りはしっかり見ることができた。

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 残念ながら千代大海が引退した後で見ることができなかったが、高見盛も魁皇も琴欧洲も見ることができた。とくに、私と同じ37歳の魁皇に対しては割れるような拍手が鳴り響いた。アスリートでない私でも身体にガタが着始める年齢、ましてや若い頃から自分の身体をいじめぬいたアスリートにとってはこの年齢で大関の重責を果たすのは大変なことだと思う。怪我をせず土俵に上がり続けて欲しい。結びの一番では白鵬が杷瑠都に敗れる波乱もあったが、非常に満足できる1日だった。太鼓の音に見送られながら国技館を後に両国駅に向かった。

やえもん国技館に行く〈上)

 先週の土曜日、大相撲1月場所の7日目を観戦するために国技館に行った。福島を深夜に出る高速バスに乗り、東京駅日本橋口着、5時。それから上野駅まで山手線の電車に乗り、上野駅から浅草を経て両国まで歩き、7時少し前に両国に着いた。両国駅前のマクドナルドで朝食を済ませ、相撲と縁の深い両国は狭い範囲に見どころが詰まっている。現在の大相撲の起源となる勧進相撲が行われた回向院、「忠臣蔵」の吉良義央(上野介)の屋敷跡がある。ここ出身の有名人物は幕末から明治にかけて活躍した勝海舟、大正時代の小説家の芥川竜之介がいる。彼らの生家跡を回っても、国技館の開場の8時にゆうゆう間に合った。

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 櫓太鼓の音を聞きながら国技館に入る。国技館の壁画はなかなか見ごたえのあるものだった。おそらく江戸時代の錦絵だろう。私は椅子席Aという席を予約している。広いエントランスホールから東側へのエスカレーターで1回へ上がる。私の席は2階席の2列目で東がわのほぼ真ん中で、相撲茶屋を通していない割には上々の席である。思いのほか良く見えそうだ。取り組みは8時45分からなのでしばらく国技館の中を歩き回る。
 1回に降り、升席を見る。座布団を4つ並べるとほとんど隙間がない。これは結構きつそうだ。もっとも、椅子席と升席と、どちらが粋かと聞かれれば、圧倒的に升席の方が粋なのだろうが。
 8時45分、前相撲が始まった、続いて9時前には序の口。何と行ったらいいのだろうか、立会いの変化なし、真正面からぶつかって押し合う。派手な技が出てくるわけではないのだが、これが相撲の基本、これはこれでなかなか面白い。国技館に通い詰めている人は、お気に入りの序の口力士を見つけて、その力士の成長をわが子の成長を見守りように楽しんでいるのかもしれない。ここにいる序の口力士の中にも必ず金の卵はるだろう。

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