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カテゴリー「スポーツ」の39件の記事

それぞれの卒業と新しい世界へ

 先日女子プロレスを見にいってきた。目的はそのプロレス団体を3月いっぱいで退団する選手の戦いぶりを目に焼き付けておこうと思ったからである。東北のある都市で行われた地方大会であったが、会場の熱気は東京や大阪で行われるビッグマッチかと勘違いさせるようなものであった。今回退団する5人の選手は詳細はまだ発表されていないが、それぞれが新たな挑戦を始めるためのものであった。しかし、一緒に戦ってきた仲間との別れもある、プロレスは一つ間違えば命に関わる頭部や頸部へダメージを与えるような技が多い。お互いの信頼関係がなければこんな危険な競技なんてできやしないだろう。そんな競技だからこその思いもあったのだろう。

 そして、職場でも3月には児童生徒や職員をあたらしい世界に送り出した。それぞれの児童生徒や職員との間に思い出がある。いなくなってしまうのは寂しいが、こうやって人は新しい世界に旅立っていくものだ。健康に気をつけて新しい世界を楽しみながら頑張ってほしいと心から願っている。これだけでは締まりがないので、あるプロレスラーの言葉を引用しよう。「人生の選択で、何が正しい道かは誰もわからない。自分が選んだ道を自分の力で正しい道にしていくのだ」。これ、なかなかいい言葉なのではないかと思う。

 もしかしたら皆様の中にも新しい世界に足を踏み入れた方もいるのかもしれません。皆様の選択が正しいものであることを心より祈ります。そして、そうなるように頑張りましょう。私も応援しています。

未来のMIRAI

 人生も歴史であると思う。だから、だれの人生にも「その時歴史が動いた」瞬間があると思う。

 この人にとって歴史が動いた瞬間とは、2011年3月11日、同じく2011年8月25日、そして、2019年5月3日、おそらくその3回だろう。

 この人の名は、MIRAI、岩手県宮古市に生まれた。宮古市は三陸海岸の中心的な都市である。盛岡からJR山田線という路線がある。盛岡駅を出て2、3駅も進むともう人口の少ない北上高地を走る、区界峠を越え、閉伊川に沿って下るとやがて宮古に着く。海沿いの小さな町だが、北上山地を越えてきた旅人には都に着いたような気持ちになる。MIRAIはそんな場所に育った。

 MIRAIにとって最初に歴史が動いた日は2011年3月11日、言うまでもなく。東日本大震災の日である。MIRAIが住む岩手県宮古市は。震度5強の揺れが襲い、8.5mの津波に見舞われた。死者、行方不明者は600人を超えた。まだ11歳の少女であったMIRAIにとって、想像を絶する恐怖であっただろう。

 次に歴史が動いたのは2011年8月25日、初代タイガーマスクの佐山聡らが宮古に来て、復興支援のチャリティプロレスを開いた。MIRAIはこれを見て、自分もプロレスラーになることを決意した。実はこの時のMIRAIはいじめられっ子で孤立無援の状況であった。プロレスと出会わなかったらもしかしたらMIRAIはいじめに屈していたのかもしれない。そう考えると人生における出会いの不思議さを感じる。

 その後、MIRAIは柔道に打ち込み、高校を卒業後、練習生としてプロレスの世界に入る。そして、2019年5月3日、東京女子プロレスからプロレスラーとしてデビュー、その後、スターダムに移籍し、現在、ワンダー・オブ・スターダムのベルトを持つチャンピオンである。武器は強烈なラリアット、こいつは私も郡山で見たことがあるが、相当な破壊力がある。

 いじめと震災を乗り越えて、プロレスから勇気と夢をもらった少女は、夢を実現させプロレスラーになった。これからも戦い続け、たくさんの人に勇気と夢を与えるだろう。MIRAIのこれからを応援したい、魂をこめて。

素晴らしきかな月山和香

 デビューから2年7ヶ月勝利に恵まれなかった月山和香(写真左側)初勝利。諦めずに戦い続ければ、きっと勝てる。月山和香の初勝利は、多くの人を勇気づけたと思う。

 思えば、負け続けて悔し涙を流した日もたくさんあった、気持ちが折れかかった日もあっただろう。しかし月山和香は前を向き、努力を続けた。最近は戦いぶりも進歩し、技のつながりも説得力を持ってきた。恐ろしいほどの気迫も感じられるようになった。

 月山和香を支える多くの人の力もあった。中野タム(写真右)をはじめとする仲間たち、そして負け続けても彼女を応援する多くの仲間がいた。新型コロナウイルスの流行が始まってから、声を出しての応援が禁止されていた。ようやく声を出しての応援が解禁されて最初の試合が月山和香vs岩谷麻優戦だった。岩谷麻優は何度もベルトを取り、女子プロレスのアイコンとも呼ばれる存在、私は岩谷コールが起きるものと思っていたが、なんて会場は月山コール一色になった。昨日の試合も、圧倒的な実力差のある相手に、月山コールを背に技を食らっても諦めずに食らいつき、ダメージを受けても立ち上がっていた。そして、ついに3カウントを取り初勝利をした。 

 初勝利をした月山和香選手、おめでとうございます。ますますの活躍をお祈りします。


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ひめか引退

https://twitter.com/himeka_art/status/1624010847277416449?s=46&t=iiwkjxFsusuyUKH1SwSMxQ

女子プロレス、スターダムのひめか選手が引退を決断。まだまだ伸び代のある選手なので残念ですが、やり切った上での決断だと思います。まだ若いひめか選手のこれからの健康と幸せを祈ります。

淀んだ川は腐る

 東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会の会長を務めた橋本聖子参院議員は、2030年の冬季オリンピックの札幌招致は、現状では「非常に厳しい」との認識を示しました。

 東京五輪・パラ大会組織委 橋本聖子元会長(札幌への招致は)非常に厳しいと思ってます。(東京大会と札幌招致は関係ないということが)明確にされない限り、なかなか今の支持率から上がっていくってことは難しいんだというふうに思っております。

 橋本氏は東京地検の捜査が続いている東京オリンピックのテスト大会をめぐる談合事件について、「東京大会の意義と価値が問われる」と述べ、自身も捜査に協力していく考えを示しました。

 また、冬季オリンピックの札幌への招致は、事件の影響で「非常に厳しい」との認識を明らかにし、「新たな札幌誘致のスタートが切れるようにしなければいけない」と述べて、捜査によって早期に事件の実態解明が進むことに期待を示しました。(TBSニュース)

 これだけ金に関する疑惑がある以上、真相解明が優先されるべき。税金を勝手に仲間たちで使ってしまうのは非常に問題。私はオリンピックもそうだけど、統一協会の問題も同じ政党に権力を持たせ続けていることが問題。自浄作用が働かなくなるし、癒着も生まれる。皆さんも苦労して働いた給料から払った税金がこんな出鱈目な使い方をされて悔しくないですか?私は悔しいです。東京オリンピックの金を関する疑惑の追求と、札幌オリンピック招致中止を強く求めます。

ボールは血塗られたか?

 カタールでは、サッカーのワールドカップが始まったが、衝撃的なニュースが入ってきた。

 スタジアムの建設現場や周辺インフラ設備工事では、40度を超える暑さと過酷な労働で多くの命が失われた。英ガーディアン紙の調査によると、移住労働者の死亡者数は6500人を超えるという。(オルタナ・yahooニュース)

 事実だとすると言葉を失うくらい酷い話だ。カタールは石油や天然ガスの産出で豊かな国だ。スタジアムなどの工事は貧しい国の人々が携わっている。その人々の生命が軽視されているとしたら絶対に許されない。

高校野球は変われるか

 現在、甲子園球場では夏の高校野球が行われている。ちょうど今日は福島県代表の聖光学院が宮城県代表の仙台育英と対戦するので今から楽しみにしている。高校野球を楽しみにしているのは私だけではなく、結構多いと思う。NHK放送文化事業団が調査した結果によると、観戦することが好きなスポーツの1位はプロ野球であるが、その次が高校野球、以下、フィギュアスケート、マラソン、駅伝、サッカー、バレーボール、相撲と続く。このことからも国民的なスポーツイベントと言っても良いだろう。

 夏のお盆前後の時期に行われる高校野球は、家にいることが多いお盆前後の時期に行われるので、テレビでの観戦する人も多く、都道府県代表が出場するということで、野球自体にはさほど関心がなくても地元の代表を応援するために感染する人も多いと思う。すでに100年以上の歴史を数え、風物詩としても認識されている。

 この高校野球、今、大きく変わらなくてはならないと思っている。それは昨今の暑さ対策である。近年、試合中に選手や審判が体調を崩すことが多くなってきた。多くが熱中症によるもので、原因は猛暑。甲子園球場からさほど遠くない神戸市の2020年8月の平均気温は30℃、概ね気温は上昇傾向で、この100年で4℃程度上昇した。もちろん、高等学校野球連盟も手をこまねいているわけではなく、試合の間に休養日を設けたり、積極的に給水を促すなどの対策はしているが、それも焼け石に水の感はある。

 最も効果的なのは、会場を涼しい場所に移してしまうことだろう。涼しい場所といえば、北海道だ。特に道東の釧路や根室は涼しい。釧路の2020年8月の平均気温は19.5℃、根室の2020年8月の平均気温は18.6℃、これなら思いっきり野球をやっても全く問題はなさそうである。しかし、北海道を会場にすると、西日本の高校にとっては旅費の負担が重い課題になる。現地の受け入れ態勢にしても北海道の短い夏は観光シーズンのピークでもあり、ホテルなどにも余裕はないであろう。他に涼しいところといえば、青森県から宮城県の三陸沿岸があるが、ここも抱えている事情は大差がない。

 ラグビーの聖地は花園、サッカーの聖地は国立競技場、大学野球の聖地は神宮球場になっているように、高校野球の聖地は甲子園球場になっている。選手たちは甲子園でプレーをすることを目標に練習に励んでいることを考えると、他地区への移転はそんなに簡単なことではないと思う。最も有効なのは、甲子園をドーム球場にして、どんなに暑くても安全にプレーできるようにすることだが、これには相当なお金がかかる。また、気温がピークになる時間を避けて、午前中の涼しい時間と夕方から試合を行う案もあるが、近年の暑さは朝から相当なもので、やらな合いよりはやった方がいいと思うが、これも決定打とは行かなそうだ。

 高校野球のやり方を変えるにあたって、最大の障害になっているのが「伝統」という言葉である。長年猛暑の時期に甲子園球場でやってきたという伝統がこの問題の解決を難しくしている。会場を変えるにも、やり方を変えるにも、相当な批判がありそうだと思われる。「俺たちの夏の楽しみを奪うのか」、「昔の選手も暑い中耐えてきた、最近の選手はだらしない」、「暑さという困難の中でのプレーは感動的である」などの反対意見が聞こえて来ることが予想される。しかし、熱中症は時に命に関わる問題である。近年の状態を見ると、近い将来、大きな事故の発生もないとはいえない。

 ここまで言ったら言い過ぎになるのかもしれないが、高校野球を変えることは、全ての面において古いやり方が残る日本の社会を変える大きなきっかけになるのかもしれない。伝統や過去のしがらみにとらわれない議論が必要な時期になっているのだと思う。

レディ・Cというストーリー

 プロレスというスポーツは、そのレスラーのストーリーも大きな楽しみの要素だと思う。あるレスラーはヒールになってみたり、あるレスラーは覆面をかぶってみたり、時には味方を裏切ってみることことある。観客は技やスピードだけではなくそのレスラーのストーリーに魅了されてファンになっていくものである。

 私は妻に誘われて、スターダムという女子プロレス団体の試合をネット配信で見たり、郡山市で試合が行われた際には見に行っている。子供の頃は地上波のテレビでプロレスの試合は普通に中継されていたから見ていたが、ここ30年ほどは地上波で中継されることも減り、すっかりご無沙汰していたが、久しぶりに見るとやっぱり面白い。魅力あるストーリーを持つレスラー達が激しいファイトを繰り広げる様子に魅了された。

 その中でも、あるレスラーに注目している。彼女の名はレディ・C、家庭科の教師からプロレスラーに転身した異色の経歴の持ち主である。現役の日本の女子プロレスラーの中では最も高い177cmの身長があり、かつて絶大な人気を誇った長身レスラーのジャイアント馬場と同じ脳天唐竹割りというところが懐かしい。彼女のプロレスとの出会いは割と最近で、大学を卒業後家庭科の教師になってから同僚からプロレスのことを教えられ、意を決して後楽園ホールにプロレスを見に行ったところ魅了され、その後練習生になった。プロレスラーとしてデビューすることは家族や同僚の反対もあったがそれを押し切りデビューした。彼女自身、ププロレスを始めるまではスポーツの経験はほとんど無かった。それは彼女の試合を見ればわかる。身体能力は決して高くはない。それを激しいトレーニングで補っている。それでも徐々に強くなって試合をしている様子もさまになってきた。これからのレディ・Cがどのようなストーリーを描くのか、注目していきたい。

自転車に乗って

 最近の私の休日の日課は自転車に乗ること、自宅の近所の住宅街や田んぼ、山の中をクロスバイクで走っている。日頃の運動不足解消には適度な運動だし、顔や身体に風を受けるのは気持ちがいいし、何より自転車のスピードが私のリズムにちょうどいい。花が咲いていたり、小さな神社があればちょっとした場所に自転車を停めて小休止できるのもいい。今日は少し雨に降られたけれど、缶コーヒーを飲みながらコンビニの軒先で雨宿りするのも楽しいし、犬の散歩などで歩いている人と挨拶を交わすのも楽しい。これからは寒くなるけれどまだまだ自転車と過ごす午後を楽しみたい。

残念なこと

 東京オリンピック・パラリンピックで開会式・閉会式の演出を行なっていた人物が過去にコントのなかでナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)をネタにしていたことがわかり解任された。これを読まれている方の中には、20年以上前のことで、悪意を持ってしたことではないのにあまりにも重い処分だと思った方もいるかもしれない。しかし、ナチスドイツによるホロコーストでは、およそ600万人のユダヤ人がガス室や銃殺などの残虐な方法で殺された事実はあまりに重いし、家族や友人、知人を奪われた人の心の傷はまだ癒えないし、心ならずもホロコーストに関わらざるを得なかった人も長く苦悩しただろう。もちろん彼もホロコーストのことは知識として持っていたとは思うが、ホロコーストの被害者の心の傷にまで想像することはできなかったのかもしれない。残念なことだと思う。

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