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我々はIOCの道具ではない

 会期が迫った東京オリンピック、パラリンピックについてIOC(国際オリンピック委員会)の役員による発言が波紋を広げている。5月19日にはバッハ会長が、「日本人には粘り強い精神力、逆境に耐え抜く精神力があるからオリンピックの開催は可能だ」という趣旨の発言をした。次いでコーツ調整委員長が「東京都が緊急事態宣言オリンピックを開催する」と発言。22日にはバッハ会長が「オリンピック開催には犠牲を払わなければならない」と発言して物議をかもした。この発言の趣旨は、犠牲を払うのは日本国民ではなくオリンピック関係者ということだそうだが、この発言を不快に思った方は少なくなかったと思う。

 日本の現状は新型コロナウイルスの第4波のピークを少し越えたばかりで、新規感染者は若干の減少が見られているが、重症者や病床使用率はまだまだ高止まりしているし、北海道や沖縄県は新規感染者が多いままになっている。そのような状況下でオリンピック関係者のために病床を開けてくれという依頼が政府から複数の県知事にあったようだが、断った県知事があると聞く。そりゃそうだろうと思う。冷静な目で見て現在の日本はオリンピックを開催できる状況にはない。

 それではなざIOCは東京オリンピックの開催にこだわるのだろうか。おそらくは金なのだろうと思う。オリンピックの放映権料は莫大で、各国のテレビ局等から数千億円の放映権料を徴収し、それをIOCの運営費や各競技団体への分配金にしている。オリンピックは巨大なスポーツイベントであると同時に巨大なビジネス案件でもあるのだ。それを悪いこととは言わない。しかし、多くの懸念の声に耳を貸さず金のために突き進む姿は醜悪の一言に尽きるだろう。

 文部科学省の資料によると、東京オリンピックの選手は11,090人、パラリンピックの選手数は4,400人。これに役員やメディア関係者が加わる。彼らが入国する時にもれなくPCR検査などを行うことができるのだろうか。入国後の行動を把握することができるのだろうか。彼らの中に海外から新たな変異株を持ち込むことがないのか、そして選手村の中で集団感染が起き、彼らが帰国して世界中に新たな変異株を世界中に広げることはないのか。もしかしたら日本はオリンピックが開催される頃には再び感染者が増加に転じていることも考えられる。もしそうなれば感染力の強いインド変異株になる可能性がある。オリンピックの選手や関係者のために日本国内の感染者の入院が困難になることだってあり得ないとはいえないだろう。引き返すならまだ間に合う。私たちはIOCの金儲けの道具ではない。

あれから1年半。

 中国で新型コロナウイルスの感染者が発見されたのは2019年11月、その後感染は世界中に広がった。現在地球上の総人口はおよそ78億人で、これまでに新型コロナウイルスに感染した人の累計は1億6200万人、そのうち亡くなった人の累計は340万人、大雑把にいえば世界の総人口のうち50人に1人が感染したと言えるだろう。最も感染者が多いのはアメリカの3300万人、次いでインドの2400万人。以下、ブラジルの1600万人、フランスの580万人、トルコの510万人、ロシアの490万人、イギリスの490万人、イタリアの410万人、スペインとドイツの360万人と続く。死者はアメリカで59万人、フランスの43万人、インドの27万人、メキシコの22万人イギリスの13万人、イタリアの12万人、フランスの12万人と続く。

 日本は5月15日現在の感染者は68万人、死者は1万1000人となっている。日本国内で現在入院や療養をしている人数はおよそ7万3000人、そのうち重症者は1200人、退院や療養解除となったのは58万人。この感染拡大はどこまで続くか分からないが、そう簡単に終わるとは思えない。わずかに希望があるとすれば、ワクチン接種が進んできた国では徐々に感染者の減少が見られることである。日本では2回目の接種が終わった人はおよそ160万人、人口の1%を少し越えたくらい。まだまだ先は長そうだ。

 とにかく皆さん、人混みを避ける、マスクをつける、消毒を徹底するなど、できる限りの感染対策をしてください。今はこの危機を1人でも多くの人が生き延びることを願っています。どうか政府や経済界の皆さん、富や社会資源をできるだけ公平に分配して多くの人が生活の心配をしないで済むようにしてほしいと思います。

言語道断

 日本国憲法第1条には、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と規定されている。主権とは国民が政府(国だけでなく、都道府県、市町村、特別区)の権力の源であり、国民の意思によって運営される。簡単に言ってしまえば、国民が国の主人公であるから、選挙によって国民が自分の意思を示し、それによって国会議員や、都道府県知事、都道府県議会議員、市町村長、特別区長、およびこれらの議会の議員が選ばれる。選挙だけでは国民の意思を十分に生かすことができないこともあるので、憲法では都道府県知事や市町村長、都道府県議員、市町村議会議員などに対して、有権者の一定数以上の署名があれば解職(簡単に言えば、うちの市長は住民の話をさっぱり聴かずに独りよがりなことばかりしているとなれば、クビにしてくださいと請求ができる)を請求することができ、その署名が一定数以上に達すると住民投票で解職するかどうか決めることができる。 

 この制度は民主主義を守り、国民の意思を反映させるためには非常に大事なことであるが、一つ間違えば自分の気に入らない人物を陥れることもできる危険性もある。愛知県の大村英章知事に対する解職請求の署名では、驚くべきことに43万5000筆の署名のうち36万2000筆以上の署名が本人の意思ではなく第三者によって勝手に書かれたものであったり、既に死亡している人物の名前が記入されたものであった。不正な方法で解職請求するというのは言語道断であり、署名活動の中心となったと思われる高須克弥医師をはじめ、関係者は真相を明らかにしてほしい。

2021今変革の時


 自動車業界は大きな激動の中にあると言って間違いないだろう。
 新型コロナウイルスの感染拡大は様々なイベントに影響を与えたが、1月の東京オートサロンはカスタマイズカーの好きな人にとっては残念な話だろう。秋に行われる東京モーターショーもかなり「密」になるイベントなの感染状況次第では予断を許さないだろう。
 自動ブレーキの搭載義務化は歓迎すべきことです。大きな流れとしては完全自動運転に向かっていますがまずは自動ブレーキなどの運転支援で交通事故の減少を期待したいです。
 歴史ある車種、例えばトヨタのプレミオは前身のコロナの時代から長く日本のファミリーカーの代表的な存在だったし、ホンダアクティも長い歴史がある。寂しい話だが今後もら各メーカーが利益が見込め、自社の得意な分野への「選択と集中」は進むだろう。
 車の電動化の流れは止まらないだろう。電動化とはテスラや日産リーフのようなバッテリー電気自動車やトヨタ・ミライのような燃料電池車だけでなく、ハイブリッド車も含む。当面はハイブリッド車が中心になるだろう。電動化が進むことによって走行によって排ガスの二酸化炭素などが減ることが期待される。懸念されるのはは電動化による車両価格の高騰。スズキの軽自動車に使われているマイルドハイブリッド車は同じような装備のガソリン車と比べて70〜10万円程度高い。この差を大きいと感じる人は多いだろう。そして、電動化の進展とともにマニュアルトランスミッション車の減少も進みそうだ。
 F1 に日本人選手がら参戦するのは嬉しいニュース。中嶋悟さんや鈴木亜久里さん、片山右京さんが参戦していた時代を知るものとしては期待します。

 大きな時代の変化は危機でもあり、チャンスにもなる。現在は電動化や自動ブレーキ、自動運転に加えて、新型コロナウイルス感染症蔓延による社会と経済の変化という不確定要素もある。それでも各メーカーからどんな車が出るのか、ひとりの車好きとして期待しています。

未来をひらく燃料電池バス

 新常磐交通(福島県いわき市)が4月から運行している燃料電池バス「SORA」に乗りました。燃料電池バスは、水素と酸素の化学反応で電気を起こし、モーターで走るバスです。ディーゼルエンジンで走るバスと比べると排ガス中に窒素酸化物や二酸化炭素を含まないので環境負荷が少なく、電気(充電式)バスと比べると短時間でエネルギーの補充ができることが大きなメリットです。

 実際に乗ってみると快適性の高さに驚いた。ディーゼルエンジンだと振動がつきものだが、それがない、そして静か。インテリアも格段の進歩を遂げていて、ライトグレーとブラック基調のインテリアにライトブルーのシートは清潔感があり、シートバックの素材を薄くても硬くない素材に変えたことで、前のシートとの間隔が広くなった。車内のポールや天井も曲線的なデザインを用い、柔らかな印象になった。

 燃料電池バスは、現在、いわき駅〜郷ヶ丘〜鹿島ショッピングセンター(一部の便のみ)〜船戸イオンモール小名浜(一部の便のみ)〜小名浜車庫間で運用されている。これからこのようなバスが広まり、人と地球に優しい交通機関として親しまれることを願っています。

怪我の功名

 

https://www.jreast.co.jp/press/2020/20201021_ho01.pdf

 JR東日本は新型コロナウイルス感染症の流行による利用者の減少と、夜間に行っている線路などのメンテナンスの作業環境の改善のため、首都圏の主要路線で最終電車の繰り上げと始発電車の繰り下げを2021年春のダイヤ改正から実施すると発表した。最終電車の繰り上げが行われるのは、山手線、京浜東北線、東海道線、横須賀線、横浜線、中央線(快速)、中央・総武線(各駅停車)、埼京線、高崎線、宇都宮線、常磐線など17路線。始発電車の繰り下げを行うのは京浜東北線、根岸線、中央・総武線、常磐線(快速・各駅停車)である。

 例えば新宿駅の山手線を例にすると、渋谷方面の内回りは 現在1:00の大崎行きが最終電車だが、19分ほど繰り上げになる。池袋方面の外回りは現在1:00の池袋行きが最終だがこちらは16分ほど繰り上げになる。もっとも影響が大きそうなのは高崎線で、上野発23:46の新前橋行きの最終電車が籠原(熊谷のひとつ先の駅)止まりになり、新前橋行きの最終電車は37分ほど繰上げになる。

 少し前まで山手線などの都心部の路線の終夜運転などが言われていた時期もあったが、新型コロナウイルスの流行と昨今の労働力不足はそんな状況を一変させた。利用者としては不便になるが、これも時代の変化と捉えるしかないだろう。ただ、これで終電までの長時間労働を強いられている人が少しでも早く帰ることができるのならそれは怪我の功名なのかもしれない。

日本の宿題

 先日仕事帰りにガソリンスタンドに行ったらすでに閉まっていた。新型コロナウイルスが蔓延する前はまだやっている時間である。そして、JR東日本が来年春より首都圏の終電を30分程度早めることを決めた。職場の人から聞いた話では、コンビニエンスストアのチェーンによっては24時間営業をやめる動きも出てきている。

 なんだ、不便になるな。確かにそうだと思う。ガソリンスタンドも電車もコンビニエンスストアも生活に欠かせないものだし、開いていたり、使えたりするのが当たり前のものだと思う。しかし、現在の日本は人口が年間50 万人強減少する時代に入った。人口が減少すれば当然労働力人口も減少する。ガソリンスタンドも、JRも、コンビニエンスストアも当然労働力の確保には相当苦労しているのだろうと思う。もちろん、これらの会社が全く手をこまねいているわけではなく、ガソリンスタンドならセルフ化、鉄道ならメンテナンスの容易な車両や設備の導入、コンビニエンスストアはセルフレジの導入などがある。

 日本の人口減少はまだまだ続きそうだ。そうなればひょっとして様々な社会的なサービスが縮小を余儀なくされる時代が来るかもしれない。そうなった時に、何を削減して、何を残すか、どこをサービス提供者に委ねてどこを自分たちでするか、そしてどこをAIに任せるか、出来るだけ今の便利さを維持しながら働く人に過剰な負担をかけないようにするか、そこが日本の重い宿題なのだろう。

戦争と平和について考えるヒント

 75年前の今頃は歴史が猛スピードで動いた時期だった。 

 1945年は、ドイツや日本などの枢軸国にとっては戦況が絶望的な中でのスタートだった。枢軸国のひとつイタリアはムッソリーニ政権がすでに倒れ、ムッソリーニらはイタリア北部にイタリア社会共和国を立てたが、ドイツの強い影響下にあった。ドイツ、日本とも既に主要都市への空襲が始まり、日本では本土決戦の方針が決められた。
 2月にはソビエト連邦のヤルタでアメリカ大統領ルーズベルト、イギリス首相のチャーチル、ソビエト連邦首相のスターリンが会談を行い。まだ日本と中立条約を結び戦闘状態になかったソビエト連邦が日本との戦闘に加わることが決定された。
 4月にはアメリカ軍が沖縄本島に上陸し、凄惨な沖縄戦が始まった。ドイツでは首都のベルリンが戦場になり、4月末には総統のヒトラーが妻のエヴァ・ブラウンと自殺した。また、イタリア社会共和国が崩壊し、ムッソリーニが処刑された。
 5月にはドイツが連合国に降伏、その後スロベニアでの戦闘が終わることでヨーロッパにおける戦闘は終結した。
 6月には沖縄戦が日本側の敗北という形で終結した。日本側19万人、アメリカ側2万人の犠牲を出す凄惨な戦いだった。
 

 7月17日には、第二次世界大戦の戦後処理を決めるため、アメリカのトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相、ソビエト連邦のスターリン首相がドイツのポツダムで会談を行った。
 7月26日にはポツダム会談の結果としてポツダム宣言が発表された。ポツダム宣言は、アメリカ、イギリス、中華民国の共同宣言の形で出された。内容は日本の武装解除、戦争犯罪車の処罰、日本の領土を本州、北海道、四国、九州とその他諸小島に限る、民主主義の復活、基本的人権の強化である。これらの条件を受け入れた上で日本側からの条件を受け入れない形での降伏を要求した。なお、この時点ではソビエト連邦はポツダム宣言には署名していない。
 7月28日には日本政府はポツダム宣言を黙殺(無視)すると発表した。この時点でまだ中立国であったソビエト連邦を通じての交渉に望みをかけていたとされる。
 8月6日にはアメリカにより広島への原爆投下が行われた。
 8月8日には日ソ中立条約の破棄を発表、日本へ宣戦布告を行った。
 8月9日にはアメリカにより長崎への原爆投下が行われた。同日、ソ連が満州(現在の中国東北部)への侵攻を行った。
 8月10日には御前会議(天皇も臨席して行われる会議)が行われ、国体の護持(天皇制の維持)を条件にポツダム宣言の受け入れが決定される。
 8月14日には、日本政府はポツダム宣言の受け入れを海外に向けて発表、国民向けには明日の正午に重大発表があることを通知。
 8月15日には玉音放送が行われた。天皇が肉声で終戦の詔書を読み上げ、それをレコードに収録したものをラジオで放送した。同日、終戦に反対する陸軍の一部がクーデター未遂を起こす。同日、鈴木貫太郎内閣が総辞職をする。
 8月17日には東久邇宮内閣が成立。皇族が首相となる内閣であった。
 8月18日には満洲国皇帝溥儀が退位。1931年の満州事変で日本が建国した満洲国はここに崩壊した。
 8月22日には灯火管制(空襲の標的になる理由で夜間の照明の利用を制限すること)が廃止、一方ラジオでの天気予報が3年8ヶ月ぶりに復活(天気予報も軍事機密だったのだろう)
 8月30日にはマッカーサー連合国最高司令官が厚木飛行場(神奈川県)に到着。
 9月2日には重光葵外務大臣が戦艦ミズーリの艦上で降伏文章に調印した。(本当の意味での終戦はこの日)

 この時期を描いた小説、随筆、日記、映画、テレビ番組などは数多くあります。これらの作品に触れ、戦争とは何か、平和とは何かを考える良い機会だと思います。年表風にまとめたのは、これらの作品に接するときに世の中の動きをある程度知っておいた方がより理解しやすくなると考えたからです。どうか新型コロナウイルスで家にいることが多いこの夏、少しだけ戦争と平和、考えてみませんか。

私たちに突きつけられたもの

 衝撃的な事件が起きた。難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)闘病中の女性が、2名の医師に依頼し、この医師によって致死量の鎮静剤が投与され、女性は死亡し、鎮静剤を投与した医師は嘱託殺人の容疑で逮捕された。ALSは神経変性疾患のひとつで、運動に関する神経が侵され、筋肉の萎縮や筋力の低下をもたらす疾患である。この女性の場合、口から食事の摂取ができなくなり、胃ろうで胃に直接食物を注入していた。また、身体の中で自力で動かすことができるのは眼だけだったようで、視線入力装置でパソコンを操作していた。呼吸は人工呼吸器の装着の必要はなかった。

 亡くなった女性は大学を卒業後、百貨店での勤務を経て、建築家を志しアメリカに留学、帰国後は設計事務所に勤務していた。40歳を過ぎてこれから仕事もプライベートも充実だという時にALSを発症したようだ。途切れてしまうキャリア、徐々に言うことを聞かなくなっていく身体。この方が味わった絶望感は如何程のものだろう。症状が進めば、食事、排せつ、更衣、日常生活全ての行為を他人の世話にならなければならなくなる。この方のツイートで「自分はもはや何の生産性もなく、税金を食い潰しているだけの人間だから死にたい」と訴えている。その感情が今回の事件の伏線になっているのだと思う。

 今回の事件は大きな衝撃を与えたが、元東京都知事の石原慎太郎氏は今回の医師の行為を切腹する武士の介錯(切腹する武士の苦痛を少なくするために首を切り落とす行為)に例えて賞賛しているが、私は違うと思う。医師らは女性のマンションに到着して鎮静剤を投与しておよそ10分後にはマンションを後にしている。こんな乱暴な方法があるわけがない。また、ネットでも色々な議論が巻き起こっているが、安易にこのようなことを認めると、人の手を煩わせる難病の患者や、重度の障害を持つ人などが自分の意思に反して死ぬことを強制されるようになることを強いられることを強く危惧する。

 まず、私たちや生命倫理や死生観、宗教について考えたり人と話すことから始めなければならない。これらのことから逃げてきた結果がこの事件だと思う。そこで、この条件ならという最低限の合意ができた時はじめて尊厳死についての議論ができるようになると思う。

異例な夏を

 2月に新型コロナウイルス感染症の患者が発生して以来、すっかり遠出しない生活になった。いつもならこの時期は8月上旬の旅に向けて期待に胸を膨らませているはずであったが、もしかしたら自分の自宅の半径30kmの範囲で夏が終わりそうな予感がある。

 相手が目に見えないウイルスだから文句を言ってもしょうがないし、間違っても職場で最初の感染者にはなりたくないし、私には基礎疾患があるからとにかく感染をしないというのが優先事項である。だからといって単なる我慢の夏にはしようとは思わない。今年の夏だからこそやってみたいことがある。どうせなら半径30km以内の範囲で3つの密にならないでできることをいろいろやってみたい。朝晩の涼しい時間にはクロスバイクに乗って自宅周辺やちょっと離れたところを走ってみようと思うし、昔読んでずっとほったらかしにしている本を読んでみたいし、家族などごく親しい人と一緒に過ごす時間を楽しみにしたい。いつもは「遠くに向いている意識をもっと足元に向けてみようと思う。いつみとだいぶ違う今年の夏、それでも楽しい夏にしようと思う。

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