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カテゴリー「音楽」の17件の記事

あれからずいぶんたったもので

 日本の音楽界にR&Bを定着させたきっかけとなったのは、宇多田ヒカルの「」だろう。わずか15歳の彼女は日本の音楽界に大きな衝撃を与えた。その後「First Love」、「Can you keep a secret」などのヒット曲を連発するきっかけになった曲である。この曲のリリースが1998年12月、私が26歳の時だった。30代以上の方は覚えていると思いますが、こんな歌詞でした。

 「♪7回目のベルで受話器をとった君 名前を言わなくても声ですぐにわかってくれる~」

 この歌いだしだけでも10代の人には「何それ?」となってしまうのだと思います。まず、「7回目のベル」電話と言えば固定電話が当たり前であった当時、呼び出し音はベルが当たり前でした。次は「受話器」これも、かなり死後に塚づいています。今では固定電話の無い世帯も増えています。「名前を言わなくても声ですぐにわかってくれる」これも、携帯電話やスマートフォンしか使ったことがない人しかわからないことでしょう。昔は電話に発信者の指名が表示されることはなかったので、「誰からの電話だろう」というドキドキ感を味わうことができたものです。

 私の人生から見れば、宇多田ヒカルの登場はごく最近とまでは行かなくても、一昔前という程度ですが、歌詞の意味を説明しなければならないほど時代は変わってしまいました。でも、伯父さんの負け惜しみとして、寒い夜にテレフォンカードを握りしめて、公衆電話に行き、度数の残りを気にしながら遠距離恋愛の相手に長距離電話をかける時の切なさは、今の若い人には決して経験できないだろうと思っています。

https://www.youtube.com/watch?v=L_QVB4Qdh6o&list=PL074C0C96248E0513&index=11

これいいね!

 AUのテレビCMに使われている曲「みんながみんな英雄」とてもいいね。前向きで元気になる曲だと思います。最近、ここまで前向きな曲はそう滅多にないと思います。みんなの応援歌という感じで元気になると思います。原曲はフォークダンスの曲として知られる「オクラホマミキサー」これもなじみが深い曲ですね。

https://www.youtube.com/watch?v=4iGzQ5jxAPw

「星空に愛を」カーペンターズ

 私が最初に洋楽に触れたのは20歳の時、当時付き合っていた女性の影響だった。残念ながら彼女との関係はさほど長くは続かなかったが、カーペンターズとの縁はそれからも長く続いている。気が付いたらもう20年以上の月日が経過していた。

 カーペンターズの魅力と言えば何と言ってもヴォーカルのカレン・カーペンターの歌声だろう。僅か32年の人生、そのうちカーペンターズで活躍したのは1969年から1983年のわずか14年間にすぎない。彼女のあまりの才能を神様が惜しんで天国に連れて行ったのかもしれない、私はときどきそう思う時がある。カレンのファンはいまだに多いが、私が知る限り、初期の作品が好きだという人が多い。私はどちらかというと後期の作品が好きである。彼女の歌声から、少女の硬さが声、大人の女性として円熟してきた頃の作品が一番好きだ。一例を上げると、1977年に発表された8枚目のアルバム、「パッセージ(原題 Passage)に収録された「星空に愛を」(原題 Calling Occupants of Interplanetary Craft)を挙げることができるだろう。

 You Tubeにミュージックビデオがあるので、お聞きください。

 https://www.youtube.com/watch?v=teBV0EoJJY8

面白すぎるコラボレーション

 YouTubeは宝の山のようなもので面白い画像が見つかることがある。今回発見したのは、キング・オブ・ポップのマイケル・ジャクソンと、コミックソングの第一人者植木等のコラボレーション。とはいっても、実際に共演したわけではなく、マイケル・ジャクソンの「スリラー」の映像に、植木等の「スーダラ節」の音声を合わせたもの。日米の本物と本物が合わさって、とても面白い動画に仕上がりました。まるで本当にマイケルが「スーダラ節」を歌っているように見えます。♪わかっちゃいるけど、やめられない

 https://www.youtube.com/watch?v=JGf_gs2320o

ヘッドライト・テールライト

 私にとって永遠の歌姫と言えば中島みゆき。「時代」、「わかれうた」、「あざみ嬢のララバイ」、「世情」その他、人生を歌った素晴らしい歌がたくさんあるが、その中に「ヘッドライト・テールライト」という歌がある。NHKテレビの「プロジェクトX~挑戦者たち」のエンディングテーマと言えば、なるほどと合点の行った方も多いだろう。オープニングテーマも「地上の星」の陰に隠れた存在であるが、とても素敵な歌である。

 話は変わるが、この間の3連休、三重県まで行ってきた。福島県から三重県までの距離なら、私は通常鉄道で移動するが、今回はクルマで行った。その帰り道、東名阪道の鈴鹿ICから伊勢湾岸道、東名高速、新東名高速、再び東名高速、海老名の先の渋滞を避けるために、圏央道、中央道、首都高速を経て常磐道でいわき湯本ICに向かった。600kmを超える長い距離の移動の途中、たくさんのクルマとすれ違ったり、並走したり、追い抜いたり、追い抜かれたりした。運転しながら浮かんできたのはこの歌であった。

 中島みゆき 「ヘッドライト・テールライト」
  https://www.youtube.com/watch?v=c5LXqdhTWEg

 この歌が頭に浮かんだときに、行きかうクルマのヘッドライトやテールライトを見ながら、私のこれまでの人生を連想した。数百kmも手前のパーキングエリアで見かけたクルマに、また出会ったり、しばらく抜きつ抜かれつ一緒に走った車もあった。一方、赤いテールライトを光らせながら一瞬で走り去ったクルマもあった。これは、何かの縁なんだろうな。私も、このクルマたちのようにたくさんの人に出会い、時には赤いテールライトを見せながら別れを告げたこともあるし、会うと思っていなかった人に思いがけず出合うこともあった。いずれにせよ、出会いも別れも全て縁。夜空の名も無き星のような詰まらない人生だけど、その人生を彩ったのは、これまで出会い、分かれてきた人たち。この歌を聴いて、そんな出会いに思いをはせたいと思う。

ゴスペル

 昨日、ゴスペルのコンサートに行ってきた。会場は須賀川市の自然食レストラン。小さな会場は20人余りが入ると一杯になった。今回歌うのは、私の職場の先輩の知人で大阪の方。昭和歌謡風ゴスペルということで、新たなゴスペルの世界を見ることができた。1時間少々のコンサートだったが、こわばっていた心が少し優しく、柔らかくなることがはっきりわかった。やっぱり歌っていいな、ただ読み上げただけでは伝わらないエネルギーがあると思う。

真夜中のラブコール

 世代間ギャップという言葉がある。1920年代生まれの人は満州事変から太平洋戦争の時代に青春時代を過ごした。1940年時代の人は高度経済成長期に青春時代をごした。1990年代に生まれた人は、物ごころついたときから不況の連続であった。人は時代の子であ。生まれ育った時代の影響を受け、一生を過ごす。演歌を聞いて育った世代の人はずっと演歌を歌い続けるし、フォークソングを聞いて育った世代の人はやはりずっとフォークソングを聞いて過ごす。

 おそらくは10代や20代の人が知らないこと、それは、愛する人への真夜中のラブコール。コインを握りしめ、はやる心を抑えながら公衆電話に走った青春時代。市内通話3分10円、お金なんてそんなに持っていないから、その3分間があまりにもいとおしく思えたものだ。今ならLINEで、誰にも邪魔されずコミュニケーションが取れるけれど、当時は携帯電話もスマートフォンも無かったから、相手の家族に電話を取り継いでもらうのがあたりまえだった。そんな1972年生まれの私の青春時代。今は便利だけどちょっとスリルが亡くなってしまった気がする。そんな時代を思い出すのがこの歌を聞いた時。レベッカの「Love is cash」

 https://www.youtube.com/watch?v=IkiRpEQZGxs

古いMD

 最近元気がないが、かつてSONYは1979年に画期的な商品を開発した。それは単に商品ではなく、「音楽を持ち歩く」という、新しいスタイルを生み出した。その商品はウォークマン。音楽を記憶するメディアはカセットテープであった。19世紀末に開発されたレコードは必ずしも持ち歩きに便利なものではなかったが、1963年に開発されたカセットテープは持ち歩きに便利になサイズになった。音楽を持ち歩くというのは画期的な発想で、歩きながらでも、電車の中でも好きな時に好きな場所で音楽を聞くことができるようになった。ライフスタイルの画期的な変化であった。
 1982年にCDが発売され、1986年にはレコードの販売枚数を上回るようになる。アナログのメディアであるレコードからデジタルのメディアであるCDへの変化は現在に続く大きな変化だと言えよう。そして、MDが発売になったのは1992年、私が初めてMDを手にしたのは1998年であった。カセットテープと違って、繰り返し聞いてもテープが劣化して音質が低下することもないし、頭出しなど利便性も大幅に向上した、また、コンパクトなサイズは、机の引き出しの中や車のコンソールボックスなど狭い場所でも十分収納することができて重宝した。また、CDの場合、カーオーディオで再生すると、車の振動に合わせて音飛びすることもあったが、MDであればそんなことはなかった。私がMDをよく使ったのが、2001年から2008年の7年間である。2003年に購入したスバル・フォレスターにはMD付きのオーディオを後付けしたし、MDウォークマンも保有していた。主にレンタルしたCDをMDにコピーして使っていた。しかし、ここ5年ほどはほとんど再生することもなく、引き出しの奥で眠っていた。2週間ほど前、たまたま引き出しの奥にあったMDを見つけ、ミニコンポで再生してみた。20代後半から30代前半に聞いたなつかしい歌声を聞くのはとても楽しいことだった。
 MDは、近年iPodなどのデジタルオーディオプレイヤーやスマートフォンに押されて急速に衰退し、電器店でもMDを再生できる機器を見かけることはなくなった。2013年に買い換えたスバル・XVも、CDの再生はできるが、MDを再生できるようにはしなかった、というより、既にカーオーディオやカーナビゲーションにMD再生機能機能があるものは売っていなかった。今あるミニコンポが私に残された唯一のMD再生が可能な機器であるが、これが使えるうちは時々なつかしい曲を聞いてみようと思う。宇多田ヒカルの「First Love」を聞きながらそう思った。

あのころのCD

 私が20歳前後にもっともよく聞いていた音楽はカーペンターズだった。当時仲の良かった女性の友人の勧めで聞いたら、一発で気に入ってしまった。とはいえ、学生の私にCDは高くてなかなか手が出なかったから、人からCDを借りてカセットテープにダビングして聞いていた。好きな曲は、「愛のプレリュード」、「遥かなる影」、「雨の日と月曜日は」、「イエスタデイ・ワンス・モア」などであった。20歳から26歳ぐらいまでの私は、夜寝る前、帰宅してコーヒーを飲みながら、ヴォーカルのカレン・カーペンターの澄み切った湖水のような美しい歌声に魅了されていた。
 先日、学生時代の友人(私にカーペンターズを教えてくれた人とは別の人)に会いに行った帰り、久しぶりにクルマおオーディオでカーペンターズの曲を聞いてみた。持っていったCDは、カーペンターズの最初のアルバム、「涙の乗車券」と、中期のアルバム「緑の地平線~ホライズン」。いいものは時代を超えて聞いてもやっぱりいいなぁ~と感じた。また、私にとってなつかしい時代に戻りたいとき、カレン・カーペンターの歌声を聞いてみようと思う。

ロシア民謡の魅力

 現在ロシアのソチで冬季オリンピックが開かれています。フィギュアスケートやスノーボードハーフパイプなどで日本の選手が大活躍して、寝不足と言う方も多いと思います。日本とロシアは政治的には不幸な関係であった時代が長かった。18世紀末からロシアの極東進出が強まると、江戸幕府との緊張が高まった。日本で明治維新が起きると、満州、朝鮮半島をめぐり緊張状態になり、ついには日露戦争に発展した。この戦争での敗北はロシア帝国の落日を国内外に明らかにした。ロシア革命が起きると、共産主義の拡散を嫌う日本はソ連に対しシベリア出兵をした。やがて満州事変、太平洋戦争、その末期にはソ連は満州や樺太に侵攻し、これが日本へとどめを指すことになった。戦後は冷戦の時代になり、ソ連との国交回復は遅れた。その後も北方領土問題が尾を引き、ソ連が崩壊してロシア連邦になった今でも平和条約の締結には至っていない。

 政治的には不幸な関係になっているが、文化面では日本とロシアは案外相性がいいようで、例えば洋菓子の分野では日本にバレンタインデーの習慣をもたらしたモロゾフ製菓はロシア人が創業したものであるし、大阪にあったパルナス製菓は「モスクワの味」を売りにして関西では有名な存在であった。オードブルからはじまり、魚料理、肉料理と続き、最後にデザートとコーヒーや紅茶が出るコース料理の形式はロシアが発祥であるとされる。私が20歳前後にはまったピロシキはロシアの班である。ここ数年私のお気に入りはロシア民謡である。「カチューシャ」、「ともしび」、「トロイカ」などの曲である。主にダーク・ダックスのCDで聞いたが、独特の哀感のあるメロディが気に入っている。

http://www.youtube.com/watch?v=7COVCOxpzF4
 「ともしび」歌手はダーク・ダックス

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