カテゴリー「書籍・雑誌」の14件の記事

「スマイル プラネット」 三井昌志著 パロル舎

 1年ほど前、ある資料館に行ったときに、庭園を掃除していたおばさんが私を見て「人生いつかはいいことがありますよ、諦めないでください」と言いました。家に帰って鏡に向かっていろんな表情をしてみた。私はそんなに人生暗闇のような表情をしているのだろうか真剣に考えてみた。私の顔のつくりは悪い、どうみたって良くない、それでも表情さえよければ救いはあるが、表情さえも良くないと言う現実に直面した。まぁ私の顔のことなど誰も興味が無いと思うので、素晴らしい顔に出会いに行くと思います。
 この本の著者はアジアを中心に世界各地を旅して、底で取った写真を本にした。表紙写真のティーンエイジの女の子の素晴らしい表情に引き込まれるようにこの本を手に取った。この本はたくさんの素晴らしい顔の写真でできている。子どもだけじゃない、老人もいる。土にまみれて働く人もいる。肌の色が白い人もいれば、黒い人もいる。機関銃を抱えた兵士もいる。みんながみんな美男美女じゃない、でもとてもいい表情をしている。インクと紙でできている本から生きているというオーラが湧き出してくる。。いいなぁ、この表情。私もこの本を見ているうちに、少しだけこの人々のような表情ができるかもしれない、そんな気がしてきた。

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「江戸アルキ帖」 杉浦日向子著 新潮文庫

 杉浦日向子さんは面白い人だ。私が彼女を知ったのはNHK総合の「コメディーお江戸でござる」の時代考証のコーナーであった。この人、こんなことまで知っているのだなぁと感心した。ひょっとしたらこの人、生まれてきた時代を間違えてしまったのではと思うほど江戸の町人の風俗に詳しかった。

 この本では、現代に住む女性がタイムトラベラーになって週に1度江戸時代にタイムとラベルをするという内容の本である。江戸の人々の生活を楽しい文章と絵で(杉浦さんはかつて漫画家をしていたから絵はお手の物である)私までが実際に江戸に旅に出たような気分になる楽しい本です。

 非常に惜しいことに杉浦さんは2005年7月にこの世を去った、まだ46歳であった。ひょっとしたら、大好きな江戸の町の住人になってしまったのかもしれない。江戸の長屋に住むおかみさん、ひょっとしたら杉浦さんかもしれません。

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第62代横綱大乃国の全国スイーツ巡業 芝田山康著

 最近の若い男の子は違うのかもしれないが、私が男に生まれて損したなと思っていることは、人前でスイーツの話ができないことである。あの店のケーキは美味しかった、あの店のアイスクリームが・・・などという話はいい年をした男がするのはみっともない、そんな思い込みがあった。とは言え、決してスイーツが嫌いなわけではない。生クリームやカスタードクリームは昔のように食べられないが、レアチーズケーキは大好きだし、仕事から帰ったらまずすることは、ブラックのコーヒーか高山烏龍茶にクッキーで一息つくことだし、夏なら水まんじゅうが欲しくなる。だから、スイーツに興味の無い振りをするのは結構しんどかった。
 芝田山親方(元横綱大乃国)は角界きっての甘党。食べるだけでなく自分でケーキを作ってしまうほどのスイーツ通。そんな親方が日本全国のなかから厳選したおすすめのスイーツを紹介したのがこの本です。日本一美味しいバウムクーヘン、親方が惚れ込んだチーズケーキ、親方が素材の良さに納得したプリンなど、北は北海道から南は鹿児島まで日本各地の極上のスイーツが紹介されてみます。私もこの本を片手に全国スイーツ修行の旅に出発しようかな。   (2006年 日本経済新聞出版社発行)

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「典子44歳 いま、伝えたい」 ~「典子は、今」あれから25年  白井のり子著

 小学何年生だか今ではすっかり忘れてしまったが、学校の映画鑑賞教室である映画を見た。そのタイトルは「典子は、今」であった。サリドマイドという睡眠導入剤の副作用で、胎児に四肢(手足)の発育不全をもたらす薬害が1950年代から60年代初めにかけて大きな社会問題になった。典子もその薬害のため両腕がほとんどない状態で生まれてきた。映画は、典子の出生から子供時代、就職までを描いたドキュメンタリー映画であった。この映画の主演は典子本人であった。小学生のこと、好きな俳優や女優が出ているわけでもなく、ストーリーも子供にとってはシリアスなものだったので、友達には不評だったが、私はとても心を動かされたのを覚えている。足を器用に使って食事をしたり文字を欠いたりしている姿には驚かされた。そして、典子の一生懸命さがシリアスな内容ながら湿っぽくならなかったのを覚えている。この映画で始めて養護学校という言葉を知った。典子と母親が養護学校に入学しようと校長と面談して、洗面や食事排便が一人でできないことを理由に入学を断られた。私は子供心に養護学校ってひどいところだと思った。そんな私がまさか養護学校に勤務するとは、人の運命とは不思議なものである。
 この本を読んで、映画には描ききれなかった少女時代の典子、そして、働き、結婚し、育児をする典子と家族、周囲の人々の人生の軌跡が描かれている。驚くべきは典子の前向きな気持ち。彼女は日本で始めて両腕欠損者で珠算3級を取り、足だけで操作できるクルマを用い運転免許を取得し、健常者に伍して働き、結婚、育児・・・
強い人だなと思う。彼女は今を大切に生きることをといている。この本を読めば、障害のある人、ない人を問わずきっと元気にしてくれると思う。

【白井のりこ著 2006年 光文社 ISBN4-334-97501-1】

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「史記の風景」 宮城谷昌光著 新潮社

 中国は文字の国である。古くから出来事や歴史を本にまとめてきた。例えば、日本について最古の記述は「漢書」(1~2世紀の後漢の時代に書かれた)である。「楽浪(楽浪郡・・当時朝鮮半島にあった漢の出先機関、現在の北朝鮮のピョンヤンだとされる)海中に倭人(日本のこと)あり、 分かれて百余国をなし、 歳時をもって来たり(朝貢していたということ)て献見すと云う。その後の「魏志」には、邪馬台国とその女王卑弥呼について書かれていろ。

 外国の歴史についてでなく、国内の歴史もたびたび記述されている。古代の中国史について書かれた書物で最高峰といえば、司馬遷の「史記」だろう。伝説上の三皇五帝から前漢の武帝の時代(紀元前1世紀)まで描かれている。司馬遷が「史記」を書くきっかけになったのは、当時の皇帝、武帝の怒りを買い宮刑(男性性器を切り取る刑罰、当時は死刑に次ぐ刑罰であった)という屈辱的な刑罰を受けたことがきっかけだという説がある。「史記」は、後世の歴史書に大きな影響を与え、江戸時代、徳川光圀(いわゆる水戸黄門です)らの「大日本史」も、「史記」の影響があったとされる。なお、現在の元号「平成」は、「書経」と「史記」の中からとったものだとされている。

 歴史に興味のある私は、いつか「史記」を読みたいと思っていたが、注釈無しには翻訳文といえども私の知識では理解できない、そう思っていたところにこの本に出会った。「史記」に描かれているエピソードを短いエッセイにまとめたものである。今、私たちが使っている言葉の中に、「史記」の中に起源がある言葉がたくさんあることがわかった。例えば、「鳴かず飛ばす」は、春秋時代の楚(現在の華中地方にあった国)の王を諌めるために伍挙という賢臣がいった言葉であった。「逆鱗に触れる」の逆鱗とは、竜の下あごの鱗だそうだ。その他にも、孔子と弟子達とのエピソード、項羽と劉邦の描き方など、面白くてたちまち読み進んでしまった。

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『街道をゆく~台湾紀行」司馬遼太郎著

 本来なら、台湾旅行に行く前に呼んでおきたかったが、忙しさにかまけてこの時期になってしまった。できれば、行く前に読んでおけばよかった。それが何よりの感想である。

 台湾は、四千年の歴史のある中国から200キロ程度しか離れていないにもかかわらず、歴史の表舞台に出てくるのは遅かった。それまでは、マレー・ポリネシア系の人々が住んでいた。そこに、中国の(福建省を中心とする)人々、はるかヨーロッパからやってきたオランダ人、スペイン人など、外からやってきた人たちが台湾にやってきた。そして、中国の明から清への王朝の交替の時期に歴史の表舞台に躍り出た。日本人を母にもつ鄭成功の活躍もあった。清の時代、日本統治時代、中華民国時代と、台湾の歴史は揺れ続ける。日本統治時代には、霧社事件という、大規模な山地住民の蜂起もあった。中華民国初期には、2・28事件という、中華民国政府による、台湾住民への悲惨な事件もあった。私は、そのような事件があることは知っていたが、この本によって、詳しい背景を知ることができた。また、台湾の人の精神生活、とくに宗教。そして、山地に住む台湾の原住民の人たちの歴史については、新たな視点を得ることができた。本書の最後の章は、中華民国総統(当時)李登輝氏(総統在位1988~2000)との対談であった。

 全体を通して、風土と人々、それらが織り成す歴史への司馬氏の暖かく、優しい視線が印象的だった。この書は司馬氏の最晩年の作品である。氏の歴史への視点、私も大切にしていきたい。

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「故宮~至宝が語る中華五千年」 陳舜臣 NHK取材班

 世界四代博物館という言葉をご存知ですか?イギリスの大英博物館、フランスのルーブル美術館、アメリカのメトロポリタン美術館と並び、中国の北京、そして台湾の台北の故宮博物院が挙げられている。この中で故宮博物院の大きな特徴は2つある。1つは、他の博物館が世界中から集めた収蔵品であるのに対して、故宮はほとんどが中華文明の産物がほとんどである点、もう1つは、政治的な理由で、本来1つであった故宮が、現在では、北京と台北(台北は手狭になったので、台湾中部の嘉義に分院を建設中)に分かれていることがある。
 故宮博物院の展示物は、歴代の中国の各王朝の皇帝たちが、中華文明の正当な後継者であることを誇示するために収集してきたもので、焼き物、書画をはじめ、おびただしい文化遺産が収められている。中には、北宋の徽宗のように、国を傾けてまで芸術に熱を上げた皇帝もいた。
 この本の中には、主な文化遺産の写真ばかりではなく、文化の背景となっている中華五千年の歴史について基本的な理解ができるようになっている。私は中国史について詳しいわけではないが、これを読んでなるほどと、断片的な知識がつながった。

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「夜回り先生」水谷修著

 しばらく前にテレビにも取り上げられて「夜回り先生」と呼ばれている定時制高等学校教諭の水谷修さんの著書。

 今始まったことではないが、夜の街には少年少女の姿の多いこと!夜の街を歩いている子供たちは特別な子供ではなく、どこにでもいる普通の子供たちである。しかし、その影には、子供たちの心の中、そして、大人たちの社会の深い病魔が見える。水谷さんはそんな子供たちに声をかけ、一緒に解決しようと日々夜の街を歩いている。

 窃盗、暴走好意、援助交際、リストカットなどの自傷行為、イジメ、カツアゲ、シンナーなどの薬物依存。愛に飢え、夜の街にさまよい出る子供たちは病んでいる。それは、大人たちの社会の病魔の縮図に他ならない。そんな子供たちに水谷さんは必死に手を差し伸べようとする。あるときには、子供たちを利用しようとする暴力団などに、またあるときには無理解な親に妨害されるときもあるが、いつのまにか子供たちは水谷さんを受け入れ、甘え、本当の自分を取り戻していく。

 私たちは水谷さんの真似はなかなかできないかもしれない。しかし、身近な子供たちに目を向けることはできるだろう。親戚の子供でも、近所の子供でもいい。どこかにあなたを必要としている人がいるかもしれない。

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「煌きの瞬間 戦後の昭和にみる日本の原風景」三橋松太郎著

 この本は、1949年から57年の横浜に住む人々の生活の姿を映した写真集である。終戦時に焼け野原になった横浜市は、戦後、不死鳥のようによみがえった。しかし、現在と比べると、人々の生活は貧しく、本牧や山手は、広々とした米軍原人の住宅が建ち、広い芝生にテーブルを置き、家族で団欒を楽しんでいる写真がある。一方日本人は貧しかった。家のつくりは貧しげで、バラックといってもいい、崩れ落ちそうな家が密集している。傷痍軍人だろうか、両足が膝の下からなく、義足も装具もしていない人が、松葉杖をついて歩いている。それでも、人々の表情は暗くはない。戦争が終わり、徐々に日本が復興していき、高度成長へのきっかけをつかむ時代である。子どもたちも、大人も、老人も、希望にあふれていた時代なのだろう。なんだか、少しだけ楽しくなるような写真集であった。

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日本の一番長い日 運命の八月十五日 ~半藤一利著

 先日のブログにも書いたとおり、戦後史をテーマにいろいろな本を読んでいきたいと思います。

 1931年の満州事変に始まる、日本の長い戦争の時代は、戦火がとどまるところを知らず広がり、1941年12月は米アメリカ、イギリスなどを相手とする太平洋戦争に突入した。もとより、圧倒的な経済力の違いがある国を相手に、どれだけの勝機があったのだろうか?山本五十六連合艦隊司令官は、昭和天皇から、戦争の勝敗の見込みについて質問されて「1年は太平洋を暴れまわってみせましょう」と答えたそうだ。軍の第一線の人物でも、長期の戦いになれば勝てる見込みは薄いと思っていた人もいたようだ。

 ミッドウエィ海戦での敗北を機に、日本は後退を始め、戦況は悪化の一途をたどり、国民生活は悪化の一途をたどる。194年以降、サイパン島、レイテ湾(フィリッピン)などの戦略拠点を次々に失い、1945年6月には、沖縄も陥落した。その少し前の1945年4月には、首相が小磯国昭から鈴木貫太郎に代わった。このころから、外務省などにより、ひそかに終戦に向けての動きが始まっていた。

 ここからが、この本の内容になる
 1945年8月14日正午からの24時間、日本の歴史にとって、きわめて大切な24時間に、昭和天皇、鈴木首相、東郷外相、阿南陸相(陸軍大臣)、米内海相(海軍大臣)をはじめ、各大臣、近衛師団(主に、天皇の警護を目的とした陸軍の部隊)のひとびとの動きが描かれている。この動きに、絶対的な命令者はいない。それぞれ思想の違いはあっても、日本人的な忠誠心に動かされていた。連合国との講和を早期に進め、国体の護持(簡単に言えば、天皇の地位の保全を中心とした、日本の国のあり方)の保障を取り付けようと奔走した、鈴木首相、東郷外相、米内海相。降伏しては国体の護持はおぼつかなく、日本の歴史の危機だと考え、本土決戦を企てる陸軍将校たち、そして、両者のの間に立ち、講和の必要性を感じながら、終戦の意義を将兵に伝える困難さを感じ、苦悩の中で切腹という日本的な方法で責任を取ろうとした阿南陸相。近衛師団の一部により、皇居の占拠や、鈴木首相の鑑定の焼き討ちもあった。それでも、終戦の詔書のレコード(いわゆる玉音放送)は無事守られ、戦争は終わった。そりて、大日本帝国は歴史の中に消えていった。

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戦後60年

 まもなく終戦から60年を迎えます。もちろん私は戦争を知らずに育った世代ですが、この60年の歴史は、世界の歴史の中でも特筆される点がたくさんあると思う。戦争で傷ついた国土から、奇跡の復興を果たし、世界第2位の経済大国に成長した日本、そして、戦後60年の今、戦後の日本の歴史の大きな転換点に立っているように思う。まもなく訪れる人口減少社会、日本の歴史上経験したことのない国際化、戦後の社会を支えたさまざまな制度が疲労を起こし見直しを迫られている。私たちの未来を照らしてくれるのは、過去の歴史だろう。

 今年は戦後史の本をたくさん読んでみたいと思う。そして、少しでもこれからのことが見えればいいと思う。手始めは、1945年8月15日、そう、日本列島が震えた、60年前の夏のあの日だ。

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「光の雨」 立松和平著

 私の生まれた年は1972(昭和47)年である。私より1まわり以上の人にこの年の説明をするとき「あさま山荘事件のあった年」と説明すると、「ああ、なるほどね」とわかってくれる。たしかに、日本の戦後史において重要な転換点となった年だろう。

 2030年、死期を察した玉井潔は、自分のやってきた経験を、誰かに伝えたいと、同じアパートに住む予備校生、阿南満也に話す。その内容とは、およそ60年前の忌まわしい事件、つまり、あさま山荘事件、同士14名を「総括」のもとに殺害した事件、いわゆる「連想赤軍事件」(小説の中では革命パルチザン)である。

 私が連合赤軍事件にはじめて興味を持ったのは、大学生の頃、21~22歳の頃だ。ちょうど、連合赤軍の革命戦士達と同じ年齢だ、同じ年代で、私が生まれた頃の事件、それから。生き残った元被告や死刑囚の手記をなんだか読んだりした。そのたびに「なぜ、人は、同じ釜の飯を食い、同じ夢を語り合った同士を大した理由もなく次々と、しかも、酷寒の山中に放置したり、身動きが取れないように縛り上げて、ろくに食べ物も与えず、人間の尊厳を最大限傷つけるようなやり方で死に追いやることができるのか?」そのことが理解できなかった。ただひとつわかったこと、彼らは普通の青年であった。つまり、そのような残虐性の根っこは、私も、このブロクを読んでいるあなたにもあるかもしれないということ。

 

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「もの食う人びと」 辺見庸

  辺見庸が世界化国を巡りながら「もの食う人びと」の様子をルポタージュした作品。バングラデシュのスラムにある残飯市場で貧しい人々がしたたかに生きている様子を描き、何戦が続くソマリアでは、PKFで助けに来ている各国軍隊と助けられているソマリアの人々の唖然とするような食の格差をうつしていた。クロアチアのアドリア海沿岸の村では、遠くはなれた日本との食の共通点を見つけた。

 私たち人間にとって食とは最も大事な営みで、またもっとも私たちを悩ませている問題である。。この本を読みながら「もの食う人々」を透かして色々なことが見えてくると思う。

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「両さんと歩く下町」 秋本治著

 「こち亀」で有名な、秋本治の著書です。「こち亀」(こちら葛飾区亀有交番前派出所)は、「週刊少年ジャンプ」に連載されているマンガで、おそらく20年以上は連載されているマンガです。主人公の両津勘吉(両さん)は、警視庁葛飾署亀有公園前派出所に勤務している警察官という設定で、両さんと周りを取り巻く人々を描いた作品です。一時期、これを読みたいがために毎週「週刊少年ジャンプ」を買っていた時期もあるほどです。

 作品の主な舞台は、葛飾区の亀有・金町、ほかに、浅草、神田など下町が多く出てきます。もとろんこれは、作者の生まれ育った下町への思いがあるのだと思われます。

 この本では、秋本治の下町への思いが、「こち亀」の扉絵に描かれた下町の風景とともに語られています。浅草・上野・神田・築地など、私も大好きな(というか、「こち亀」の影響が多分にあるのだと思います)下町について私の知らなかったこと、街の様子の変化など、面白くて、一気に読んでしまいました。

 最後に寅さんで有名な「男はつらいよ」の山田洋次監督との対談がありました。寅さんの思い出を語りながら、東京の下町への熱い思いを語り合っていました。ここに、寅さん役の渥美清がいたらもっと楽しいだろうに、と思ったのは私だけではあるまい。

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