カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の327件の記事

秘密のファミコン


ブログネタ: あなたが一番最初に買ったゲーム機は何?参加数

 ゲームが欲しかったけれど親に買ってもらえなかったので、兄弟3人でお金を出し合って親に内緒でファミコンを買いました。初めて買ったソフトは、ロールプレイングゲームの「ドラゴンクエスト2」(う~ん、歳がばれるな)とシュミレーションゲームの「キングオブキングス」でした。親に「おやすみなさい」と言って寝た振りをして、親が寝静まるのを待ってこっそりファミコンをしたものです。そのうちファミコンの存在はばれてしまいましたが、没収はされませんでした。

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仙台見てある記~序章

 今日、仙台に行ってきた。朝一番の高速バスに乗って、仙台の町を診て歩き、駅前などで買い物をして、「天地人」に間に合うように帰ってきた。こんな感じの小旅行を年に1~2回ほどしているし、過去5年間住んでいたこともあった、私にとって思いで多き町である。
 私がはじめて仙台を訪れたのは1982年8月、10歳のときである。家族旅行で青葉城と仙台七夕の見物に行ったときである。ちょうど東北新幹線が開業したばかりでピカピカの仙台駅に降り立ち、駅前で青葉城行きのバスを探した。ちょうど青葉台行きのバスが来たのでそれに乗った。街路樹のケヤキの緑がまぶしい青葉通りをバスは走った。初めての仙台の印象はすこぶる良かった。やがてバスは東北大学の川内キャンパスを両側に見ながら青葉山の上り坂に差し掛かる。ちょうどその頃母が厄介なことを他の客から聞いた。仙台にお住まいの方は察しがついたかもしれないが、青葉台行きのバスは青葉城に行かないのである。結局そのお客に教えられたとおり、理学部前のバス停で青葉城に行くバスを待った。
 父だったか母だったか忘れたが、冗談で、10年後にはおまえもここにいるかも知れないと言った。私は冗談じゃないと思った。私は決してできのいい子どもではなかった、当時の私は大学とはずっと頭のいい人が行くところで、私のような頭の悪い者が行くところではないと思っていた。当時の夢は高校を卒業した後に国鉄に入り車掌になることであった。
 青葉城から見た仙台の街は美しかった。眼下に流れる広瀬川、その向こうに広がる市街地、エスカレーターはデパート、エレベーターは市役所か病院くらいにしかない町で過ごした少年であった私には、緑が多く、しかも都会的な景観であった仙台の魅力にどっぷりはまった。

 いつしか時は流れ、怠惰な小学生は怠惰な高校生になった。田舎の進学校と言えるかどうか怪しい高校に通い、可もなく不可もない成績をとった私は、志望校から滑り止めまですべての大学に落ちた。浪人するか他の道を探すか迷ったが、結局浪人することにした。私の性格を考えると、地元で浪人をしたのでは結局サボってしまいそうな気がした。親には迷惑をかけるが他の場所で浪人しようと思った。そのとき東京と仙台が念頭に上がったが、小学生のときの思い出が頭の片隅にあったのか、仙台での浪人を選んだ。
 仙台で住んだのは、広瀬川のすぐそばの下宿だった。一番町のアーケードからも歩いて20分少々と便利な場所だった。勉強に疲れると広瀬川の河畔を散歩した。この年はこれまでの生涯の中でもっともよく勉強した年だった。その甲斐あってというか、その甲斐も無くというか、この年は本命はだめだったが、滑り止めの2校に合格した。その2校から、仙台にある大学を選んだ。学校こそ違ったが、10年前に両親のいずれかが言った言葉どおりになったわけである。
 大学に入り、4年間はとても充実した。勉強もそこそこ頑張った、たくさんの仲間ができた、サークル活動やボランティア活動もした、ゼミではとりまとめの役もやった。そういえば恋愛けっこうした。あんな顔で…。短期間だが同棲のようなこともした。私にとって青春時代そのものであった。
 就職をして福島県に戻ったが、隣県でもあり、先述のように時折訪れては懐かしい思い出を振り返ったり、変化に驚いたりしていた。そうしているうちに仙台との付き合いも27年になった。これを機会にもう一度新しい形で仙台とお付き合いしてみようと思った。

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私の寝坊対策


ブログネタ: 朝、どうやって起きてる?参加数

  一人暮らしなので、寝坊した場合致命的な損害になります。そのため3段構えの目覚ましで起きるようにしています。
 まず5時50分、NHKの基礎英語ⅡのCDがかかります。英会話を聞きながらの優雅かどうかよくわからない目覚めです。気分が乗っているときにはCDの声を真似て発音することもあります。
 ついで6時10分、時計の目覚ましがなります。1段目で目が覚めなくてもここで何とか間に合うようになります。
 最後は7時30分、再び基礎英語ⅡのCDがかかります。普段は「そろそろ家を出なさい」の合図として使っていますが、寝坊したときの最終目覚ましとなります。
 人間の身体とは不思議なもので、5時50分に起きる習慣が何年も続くと、放っておいても5時45分前後にはひとりでに起きるようになります。

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二刀流

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ブログネタ: 甘党? 辛党?参加数

 どちらかと言えば辛党かな。でも甘いものも決して嫌いと言うわけではありません。生クリーム系のものはやや苦手ですが、あんこ大好き、チョコレートも好き、アイスクリームも好き、というわけで、私は見事に二刀流です。身体のためにはどちらかにしたほうがいいのだろうけれど。

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たくさんの出会いに感謝

 去る土曜日に、前の勤務校の同窓会総会に出席した。年に一度のとても楽しい1日である。卒業生、かつての同僚、上司など懐かしい人たちに合えるからである。久しぶりに会う生徒は、在学当時と比べて格段にたくましくなっていることに驚く。就職したよ、クルマの免許を取ったよ、進学先で頑張っているよ、作業所で頑張っているよ、いずれも頼もしい言葉である。久しぶりに会う同僚とは、かつての思い出を語り合ったり、現在のそれぞれの職場の事情を情報交換をしあったりした。かつての同僚が今は他の職場で頑張っている様子を聞くと私も負けて入られないと思う。
 総会をして、20歳を迎える卒業生を祝う会を行い、会食をすると楽しい時間はあっという間に終わってしまう。名残惜しいが、来年のこの日の再会を約束して散会する。来年はどんな元気をもらえるのか楽しみである。
 土曜の夜には古い友達と久しぶりに電話をした。この人は私にとってはとても癒される存在、数年ぶりの再会はとても楽しかった。

 私は本当にいい人たちに出会ったと思う。その出会いに感謝したいと思う。なかなか「ありがとう」と言うことはできないが、私はたくさんの人との出会いに心から感謝している。

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気にならなくなったら終わりかも、しかし見ちゃってもおわりかも




コネタマ参加中: 恋人のケータイの中身、気になる? 気にならない?

 今いないけれど、いたとすればやっぱり気になると思います。昔の彼(または夫)からの電話やメールはやっぱり愉快なものではないし。それでもお互いの最低限のプライバシーは当然守られるべきものだと思います。だからもしいるとしても相手のケータイの中身のチェックは当然しません。もっとも、相手のケータイの中身が気にならなくなったらそれはそれで、その関係が終わりに近いのかもしれませんが。

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田舎の文学青年




コネタマ参加中: あなたのおじいちゃん・おばあちゃん自慢、聞かせて!

 もう10年以上前に亡くなってしまったが、私の父方の祖父はちょっとした田舎の文化人だった。職をいくつも転々としたようですし、農業に関しても父いわく「工夫をしようとかさっぱり思っていなかったようだ」というくらいなので、社会人としては?マークがつく人ですが、詩を書かせたり、歴史を書かせたりするとかなりのものでした。私もその血を引いているはずなのですが、悪いところばかり影響されているのかもしれません。
 そういえば、祖父は若い頃は灯台守になりたかったそうです。ムーミンパパの職業も灯台守。なんとなく共通しているところがあるのかもしれません。

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終戦の日に思うこと

 今晩、NHK総合テレビで「日本のこれから 核、」という番組が放送された。皆さんもご存知のように、核兵器は1945年、アメリカによって広島・長崎に投下された。その後、ソ連(現在はロシア)、フランス、イギリス、中国、イスラエル、インド、パキスタン、そして北朝鮮と拡散を続け、このほかにも核兵器の開発が行われているという情報がある。たった2発の核兵器により、広島・長崎で合わせて20万人以上の人が亡くなった。現在の核兵器は当時のものよりはるかに協力になっているだろうから、現在戦争で用いられたとしたらどれだけの被害が出るだろうか、想像を絶するものがあるだろう。一方、核兵器はその強力さゆえに戦争を防ぐための抑止力になっているとの意見もある。例えば1940年代から80年代のアメリカを中心とする西側勢力とソ連を中心とする東側勢力の間に決定的な武力衝突が起きなかったのは核兵器の抑止力によるものだという。

 番組の中では、NHKの視聴者の中から選ばれた方が、「オバマ大統領の核兵器廃絶をめざす演説に関する賛否」「非核三原則の見直しの必要性の有無」「核兵器に頼らない安全保障を目指すのか、アメリカの核の傘に頼るのか、日本が独自に核武装を目指すのか」などについて議論をした。私もそうだと膝を叩く意見も多かった。核の問題について、日本では真剣に議論されることが少なかったと思うので、この番組は私にとっていいきっかけになったと思う。

 それならお前はどう思っているのか訊かれそうなので、私の考えを簡潔に。日本の周囲には核保有国、民主主義が確立しておらず外に敵を求めるのとによって国内の不満をそらし独裁(一党独裁、あるいはある一族の独裁)体制を維持しようとする国がある。核兵器も戦争もないのが理想だと思うが、当面はアメリカの核の傘の下にあるのも止むを得ないと思う。そうしながら、広島・長崎の被爆体験を世界に向かって発信していく。核廃絶はそう簡単に行かないかもしれない、しかし多くの人に知ってもらうことで長い時間をかけて世界を変えていくことができると思うし、将来生きる人にその希望を託したい。

 

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ラジコンパトカーと2000円札

 人に運のいい人がいれば運の悪い人がいるように、物にも運のいい物と悪い物があるような気がする。そんなことを思ったのは20年以上前、私が中学生のときであった。
 その当時、下の弟は小学校の高学年であった。何の拍子であったかは忘れたが、彼がラジコンが欲しいと行ったことがある。私は男ばかりの3人兄弟であったが、長男の私は親に物をねだることはほとんどなかったが、2人の弟はよくあった。それからしばらくして、父がなにやら大きな包みを抱えて仕事から帰ってきた。弟は大喜び、夕食の前にその包みを開けてみることにした。包み紙をがさがさと開けたとたん、弟の表情は喜びと期待の表情から失望と怒りの表情に、そして私は心の中で「やっちまった」と叫んだ。弟がどんなラジコンを欲しがっていたのかは覚えていないが、少なくとも家族の目の前にあるちゃちなパトカーのラジコンでないことだけは明らかだった。幸せ家族の風景は一転、弟と父の修羅場になった。それを見ていた私は、妙なことを考えていた。せっかくの好意がこんな結果になった父がかわいそうだと思ったが、このラジコンがたまらなく哀れに思えてきた。ラジコンは人を喜ばすために生まれてきたもので、コミュニケーション能力の低い家庭にやってきたばかりにつらい目にあったのはお前のせいじゃないよと言いたくなった。そのラジコンのその後の運命は知らない。少なくとも、弟は一度もそのラジコンを触ることがなかったことは確かである。

 それから十数年して、ミレニアムなんて言葉が流行語になる頃、もうひとつ運の悪い物がこの世に生を受けた。2000円札である。2000年7月に、九州・沖縄サミットを記念して2000円札は発行された。発行当初から不遇であった。2000円札の生みの親である小渕元総理はその2ヶ月前に故人となっていた。また、自動販売機やATMへの対応にお金がかかることもあって、発行されたもののあまり流通することはなかった。テレビ番組で市民や有識者などにインタビューをすると、その評価は散々で、2000円札はきっと真っ暗な銀行の金庫の奥で「生まれてきてごめんなさい」と涙を流しているように私には思えた。お金は人から人へと渡って、手垢がついてこそ本望だろう。しかし、私がこれまで見た2000円札は、ほぼ新札同然であった。少しでも使われて汚してやりたい、そう思って、毎年夏に2万円分を2000円札で銀行から払い戻すことにしている。そのほうが運の悪い2000円札が文字通り日の目を浴びることにつながるからと考えた。そして今年も、今日銀行に行って2万円分の2000円札をおろしてきた。家に帰って愕然とした。10枚の2000円札のうち、8枚が連番になっているのだ、ひょっとしたら、2000年に発行されて以来、9年間も眠り続けていた2000円札だったのかもしれない。

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orz

 私は夏は苦手です、決して嫌いではありませんが。基本的に多少寒い程度なら平気で動き回れますが、暑いのはさっぱりです。一方梅雨は割りと好きです。日本の風景は水蒸気と相性が非常にいい。なんてことない風景でも、梅雨時には水墨画の景色になる。多少雨に濡れるのはまったく平気で、そんな景色を眺めるのが好きです。今年の東北地方はまだ梅雨が開けていません。それなら、私は水を得たカエルのように元気に動き回っているかと言えば、そうは言ってられない事態になってきました。
 「冬季鬱病」という言葉を聞いたことがあるかと思います。主に日本海側の冬の時期に、意欲の低下や抑うつ感など軽いうつ病の症状が出る人がいます。日照の不足が影響するといわれています。どうやら今の私もそんな状態のようです。仕事はそれなりにこなせますが、家では非常に無気力な毎日を過ごしています。掃除をする?明日にしよう。ブログを書く?いやだ。どこかに行く?だるい。そんな調子です。お金がかからなくて財布には優しいですが、なんだか無気力人間になってしまったようです。そんな調子なので、暑いのは嫌ですが「早く来い来い、真夏の太陽」という状態です。
 ところで「orz」という文字って、両手をついて頭をがっくり垂れた人を横から見た風に見えませんか?

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生まれるなら1835年ごろか




コネタマ参加中: 戦国、明治、鎌倉…生まれ変わるなら何時代?

 生まれ変わるならどの時代か。私は幕末から明治にかけての時代を生きてみたいですね。仮に1835年(天保6年)に生まれたとすると、6歳で水野忠邦らによる天保の改革(1841年・天保12年)、このころはまだ世の中のことがわけもわからず生きている幸せな時代。18歳で黒船来航(1853年・嘉永6年)、私なら黒船と異人見たさに浦賀までのこのこ出かけていったかもしれない。32歳で大政奉還(1867年・慶応3年)、これからどうなるのやらと不安になる、しかし少しだけ新しい時代に期待も。36歳で廃藩置県(1871年・明治4年)、威張っていた侍がおとなしくなったことに少しだけ気分がすっきりする。42歳で西南戦争(1877年・明治10年)、もう徴兵されない年であることにほっとする。54歳で憲法発布(1889年・明治22年)、憲法はなんだかわからないけれど世の中便利になってきたのでとにかく喜ぶ。59歳で日清戦争(1894年・明治27年)、69歳で日露戦争。そして、1905年(明治38年)日露戦争勝利の報道を聞き、やれやれと思いながら、70年の生涯を閉じる。この70年間は、日本史上稀に見る激動の時代で、平々凡々たる私ですら、歴史の中に生きていることを実感できる時代だったのではないかと思う。
 ちなみに、1835年生まれの有名人は、実業家の岩崎弥太郎、教育者の福沢諭吉、官僚の前島密(郵便制度の父)、小松帯刀(政治家)、土方歳三(新撰組副長)、いずれも幕末から明治にかけて大きな功績を残した人々です。

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この時代に必要とされているものは

 「ドラえもん」に神成さんというおじさんが出てくる。のび太やジャイアン、スネ夫が野球をやる空き地の隣に住んでいて、誰かがホームランを打つとどういうわけか神成さんの家の窓ガラスを直撃する。そこでのび太が神成さんの家に謝りに行く役を押し付けられる…。というのがよくあるパターンだが、最近他人の子どもを注意できる大人はほとんどいなくなってしまったのではないかと思う。
 私は1972年生まれで、1980年代に子供時代を過ごした。この時代はまだ子どもを注意できる大人が残っていた時代で、私の弟が家から500円玉をくすねて近所のお店に買い物に行ったとき、お店のおじさんは小学校に入ったか入らないかの弟が500円を持っていることを不審に思い、弟に問いただした。多分今なら子どもがお金を持って買い物に行くのはコンビニだろうし、たいていのコンビにはお金さえ持っていればお客様で、分不相応なお金を持っていても注意することさえないだろう。

 最近、といっても、私は流行にとことん疎いから、もう何年も前からいたのかもしれないが、ローラーシューズをはいている子どもが増えた。ローラーシューズは砂の上や砂利の上じゃまともに滑らないだろうし、アスファルトの上も細かい凹凸があってさほど滑らない。スーパーマーケットやショッピングモールのフラットな床ならよく滑るので、ローラーシューズをはいた子どもが滑って遊んでいることがある。ことろがそういうお店は高齢者の人もいるし、視覚障害の人もいるし、松葉杖をついた人もいる、妊婦だっている、みていてはらはらすることも何度もあった。「お店の中は他の人にぶつかると危ないから滑ってはだめだよ」という言葉が何度も喉まで出かかったが、やっぱり言えなかった。でも、次は言おうと思う。悪いことを悪いと、危ないことを危ないと言われないで育つことの恐ろしさはあると思う。この時代に必要とされているのは、そんな「頑固親父」だと思う。私もそんな「頑固親父」になることも時には必要だろう。

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(;-_-)=3 フゥ

 今日から三連休。やっぱり普通の土日+1日というのは嬉しいものである。連休が始まるまでは、押入れの中の不要物を整理しようとか、カーテンを洗おうとか、山に行こうとか、色々考えていたことがあったけれど、いざ連休があると、これまでの疲れが出たのか、10時過ぎまで布団から出られずゴロゴロして、遅めの朝食を済ますと13時ごろまでソファーの上で横になっていた。結局今日したことは、家で本を読んだことと、「踊る大捜査線」を見たことくらいです。たまにはこんな休日もいいかな。これで疲れが取れて、明日からは休みを満喫できそうです。

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恩師

 誰にだって、恩師と呼ぶべき大きな影響を受けた師との出会いがあるだろう。私にも、何人も恩師と呼ぶべき師との出会いがあった。小学校5・6年の担任からは、チームプレーの大切さ、正直であることの大切さを学んだ。中学校1年の担任からは一生懸命やることの大切さを学んだ。その他、担任、教科担当をはじめ、私には大事な恩師が何人もいる。
 その恩師のひとりの訃報に接した。大学のゼミの教授である。私はゼミの学生の代表のようなことをしていたから、先生と話すこともよくあった。卒業してからも、2年に一度同窓会を開き、先生を囲みにぎやかに過ごすことが私たちの大きな楽しみであった。前回は2年前のゴールデンウイークに行った。先生のご自宅から会場の温泉までクルマで3時間、先生を送っていった。相変わらず少々頑固で、辛口なところもあったけれど楽しかった。昨年の秋、先生にあう用事があった。先生から蕎麦をご馳走になりながら、次回は秋に行いましょうという話をした。もし、先生がお元気なら、今年の秋に先生を囲み同窓会を開くはずだった。
 私が先生から学んだことは、単なる教育制度や教育しに関する知識ではなく、特別支援学校の教員をする上での基本的な精神だと思う。私がそれをどれだけ学べたかはわからない。それでも、原点に返って、さらに頑張ろうと思う。それが先生への最大の恩返しになると思うから。久しぶりに学生時代のテキストを取り出して、読みながら思いを新たにした。

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冷やしたぬきそば




コネタマ参加中: 冷やし中華vsそうめん、夏に食べたいのはどっち?

 やっぱり夏といったら冷やしたぬきそばでしょう。湯がいたそばをきゅっと冷たくして、天かす、のり、ねぎ、あとキュウリやわかめ、かまぼこなんて入ってもいいねぇ。とにかく具はあんまりごてごてしないほうがいい。ん、まてよ、冷やし中華かそうめんのどちらか。それならやっぱり冷やしたぬきそばだな。(これだから「話を聞かない男」だなんていわれるんだよ)

 まじめに答えるならそうめんです。それでもやっぱり冷やしたぬきそばが好きです。

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七夕の夜はライトダウン

 以前、夜の地球を人工衛星から撮影した写真を見たことがある。日本をはじめ、韓国、台湾、中国の沿岸部、東南アジア、西ヨーロッパ、アメリカなど人口の多い国や先進国は町明かりが宇宙からでもくっきり見えた。もしかしたら、人類は地球上から真っ暗闇を無くしてしまうかもしれない。そんなことを考えてしまうほど明るいのである。
 明るいことは悪いことではない。人間は真っ暗闇では行動が制約される。もし、たいまつやろうそく、石油ランプや白熱電球、蛍光灯から発光ダイオードにいたる一切の照明器具がなかったとしたら、私たちの生活はいったいどうだっただろうか、考えただけでぞっとする。
 便利ということは、裏を返せばそれだけエネルギーを使い、地球に負担をかけていることにもなる。残念ながら私たちは地球を完全に離れて生きていくことは難しいし、人間のエゴだけで地球をおかしくしてしまっていいはずはない。私たちはエネルギーを使い、便利さを教授しながら、地球の環境のこと、地球の未来の住人(人間も含むし、人間以外の生き物ももちろん含む)のことだって考えなければならない。そのために、日本政府をはじめとする「チーム・マイナス6%」では、「クールアース・デイ CO2削減ライトダウンキャンペーン」を行っている。具体的には、7月7日の20時から22時まで、全国のライトアップ施設などで消灯を実施すると言うものである。
 私たちもこれに同調し、たまには消灯生活をしてみるのも楽しそうである。周囲の家がいっせいに消灯すれば、普段は見えない星もきっときれいに見えるだろう。家族や友人と電気を消してキャンドルを囲んでみるのも楽しそうだ。もちろん一人でキャンドルの灯りを眺めながら過ごすのも悪くはないだろう。テレビも消して虫の音やカエルの鳴き声に耳を傾けたっていい。こういうことは我慢をするのではなく、新しい楽しみを見つけるつもりで行ったほうが幸せになれるし、無理なくできる。私も明日は電気を消し、テレビもパソコンも消し、星を眺めたり、夜の風に吹かれたりしてみるつもりだ。

「チーム・マイナス6%」ホームページ
http://www.team-6.jp/index.html

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言える立場じゃないけれど




コネタマ参加中: 女の人の車内メイクってどう思う?

 私には妻がいるわけでもなく、娘がいるわけでもなく、彼女がいるわけでもないのでそんなこと言える立場じゃないけれど、できればやらないほうがいいと思う。昔々、その昔。私が二十歳のときの話。当時付き合っていた彼女が、約束の時間ぎりぎりに私の住むアパートに駆け込んできた。当時の私のアパートは坂道の一番上にあって、駆け込むとなると息を切らして走ってこなければならないから、申し訳ないな~と思った。しかし彼女は、用事があって化粧をする時間がなかったようで、私の前で化粧を始めた。正直男としてはこれは萎えるな~。まぁ、向こうは向こうで理由があるし、こっちの勝手な思いだけど。そのため、初めてベッドに誘うつもりが…(これ以上書いたら下品だな)
 なんだかだいぶ脱線しましたが、やっぱり公衆の面前での化粧はあまりお行儀がいいものではないと思います。しかるべき場所でお願いします。

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ドラえもんの四次元ポケット




コネタマ参加中: 無人島に一つだけ持って行けるとしたら、何?

虫などを餌にして釣りをすれば、当座飢える心配は減るからね。なんだ、ひねりの効いていないつまらない答えだ。あなたならどうしますか?

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二者択一なら




コネタマ参加中: 都会と田舎、住むならどちらがいい?

 どちらかというと田舎かな。山に登りたいし、カエルが鳴くころの田んぼのあぜ道を自転車で走るのは気持ちがいいし、ホタルが見られるのもいい、秋の黄金色に実った田んぼを見るのも素敵だ。とはいえ、私にはあまりおしゃれなものはいらないが、自転車で移動できる範囲内で日常の買い物が間に合って、できれば東京や仙台まで2~3時間程度でいける距離にはいたい。そんな訳で、福島県内の中核市の郊外という今住んでいるところは私にとってベストに近いのではないかと思います。その気になれば自宅から2時間少々あれば東京駅の東北新幹線ホームに立つことも可能だし。

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もしも、超能力が使えたら




コネタマ参加中: もしも超能力が使えたら、何をしてみたい?

 「もしも、ピアノがひけたなら♪」と歌ったのは我らが福島県出身の俳優西田敏行であるが、もしも私が超能力を使えたとしたら、何がいいか。テレポーテーションで瞬時に遠くまで行けるのは一見魅力的に見えるが、目的地に着くまでの旅の過程が最大の楽しみである私にとってはむしろ邪魔な能力である。透視は袋を開けなくても福袋の中身がわかったり、レントゲンを使わなくても骨折の場所がわかったりと何かと便利そうだが、私の場合、よからぬことに悪用しそうである。例えば覗きとか覗きなど、後ろめたい人生は送りたくないのでこれも却下。予知は非常に便利である。例えば、数ヵ月後の株価の予知ができれば、仕事をやめて株式投資だけでも十分食べていける、しかもリスク無しだ。しかし、そのようなぬるい人生を生きることは希望していないのでこれも却下。テレパシーならどうか。確かに他人の心を読むのは楽しそうだが、周囲の人がことごとく私のことを嫌っていることを知ってしまったら立ち直れなさそうだ、よってこれも却下。最後に残ったのがタイムスリップ。未来は見たくはないが、鹿野の時代に行ってみたい。例えば私が子どもの頃だったり、好きな歴史上の人物が生きていた時代。これなら楽しそうだ。

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ご協力をお願いします〈うさぎを救え〉

 人間は生きていくにはたくさんの生き物の犠牲の上に生きている。私はついさっき、朝食として温かいご飯に納豆をかけて、目玉焼きとキュウリとキャベツの浅漬けをおかずにした。いわば、お米と大豆とかつお、ニワトリ(卵)、キュウリ、キャベツの犠牲の上に今朝のエネルギーを得た。これがこれまで生きた37年分と言ったら、一体どれだけの命を奪って生きてきたのだろうか。その他に、薬品や化粧品などの開発のために動物の命がたくさん奪われていることをご存知でしょうか。
 もちろん、生きるために動物や植物を食べることは当然だと思うし、残さず食べて人間のために犠牲になった動物や植物のために感謝をすることは大切なことだと思う。また、病気の人を治療するための医薬品の開発のために動物実験をすることは止むを得ない部分があると思います。まだ治療法が確立していない病気はたくさんあるでしょう。しかし、シャンプーやファンデーション、口紅などの日用品や化粧品の新製品の開発のために動物を犠牲にすることは、本当に必要なことなのでしょうか。

 リンク先をご覧になり、もしよろしければ署名をご協力ください
  http://usagi-o-sukue.org/

 この情報は、尊敬する友人のBeryl様から頂きました。

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花ざかり

Photo

 今朝の私の育てている花の様子です。前列左からキンセンカ、ラベンダー。後列左からカスミソウ、マリーゴールド(まだ花は咲いていませんが)、ミニバラ、サクラソウ、パンジー、ビオラです。残念ながらマリーゴールドが咲く頃の葉パンジーの花は終わってしまうので、すべてのプランターが満開状態にはなりませんが、なかなか見ごたえがあると思いませんか?

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戦友へ送る賛辞

 戦友なんて時代物の言葉を使ったらヤツは嫌がるかもしれないけれど、私にとってヤツは戦友という言葉がぴったりだ。ちょうど5年前、ヤツは病気になった。私はちょうどその頃危機に立っていた。ヤツは身体の病気、私は生鮮の病気で。ヤツは気持ちが前向きで明るい性格である、だからこそ危機に立ったときには気持ちが折れてしまうのではないかと心配した。幸いに病気から回復したヤツは、職場で知り合った人と生涯の愛を誓い合いった。そして、念願のパン教室を開くことができた。だんだん輝きを増すヤツに引っ張られるように私も元気になっていった。思えば私は昔からヤツには引っ張られてばかりのような気がする。そういう意味では戦友という言葉がぴったり来るのかもしれない。
 ヤツのパン教室は、障害がある人もない人も一緒に楽しめるものである。あたりまえのようなことかもしれないけれど、特別支援教育に携わっている者として、そのような場所があることはとても貴重なことであるし、特別支援学校を卒業した人が人とのかかわりを広げたり、生きがいを持ったるするとてもよい機会になるだろう。そして、このたびHPとブログも開設した。本当なら花束でも持って駆けつけたいところだが、今日のところはこのブログ上で賛辞を送ります。おめでとうございます、そしてこれからも頑張ってください。

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私のGW

 5月2日、東北道を南へ、栃木県の佐野ICで高速を降りると、関東平野をひたすら走りました。渡良瀬川遊水地、広々として気持ちよかった。関宿からは利根川に沿って東へ向かう。周りにまったく山が見えない。こんな景色は関東平野でなければ味わえないと思います。取手で小休止して、だんだん川幅が広くなる利根川に沿って走る。その日は神栖に泊まった。ホテル近くの居酒屋で食べた鯵の刺身が美味かった。
 5月3日、利根川の河口部を渡って銚子へ、銚子電鉄の古くてかわいらしい電車に乗って、犬吠埼や外川漁港などを巡る。一時は廃止も取りざたされた銚子電鉄も、この日は通路までぎっしりお客さんがいた。名物の濡れ煎餅を買い込んだ。
 5月4日。神栖から鹿島へ。お目当てはアントラーズではなく鹿島神宮。深い木立に囲まれた鹿島神宮は、思わず姿勢をきりりとしてしまう。鹿島神宮駅から電車で潮来へ。お目当てのあやめはまだまだ先のようだ。その後、北浦に沿って北上し、水戸南ICから高速道路に乗って帰った。3日間で700キロ以上走破した。さすがに疲れた。
 5月5日。家の掃除をすると、昨日までの疲れが出たのか眠ってしまった。11時過ぎに寝て目が覚めたのは16時過ぎ、今日という日が終わってしまう。
 5月6日。午前中は家でのんびりネットをしたり読書をしたり。午後はプールでひと泳ぎ。明日から頑張ろう!

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うっかり者

 どうも私はうっかり者である。例えばクルマを運転するときとか、授業をするときには人並みに集中できるが、考え事をしても痛い思いをしないときには、かなり注意散漫になる。もう10年近く前だが、ある女性と食事に行ったときに、ドリンクバーのおかわりをして席に戻ろうとしたときに、考え事をしながら歩いていたら、連れの女性ではなく、見ず知らずの女性が座っている席に座ってしまったことがあった。子供の頃には自分の母親とこちらもまた他の女性を間違えてしまったことがあった。いずれも共通するのは考え事をしていたということである。さすがに最近はそんなことも少なくなっていたが、またやってしまった。
 金曜の朝、出勤して着替えをするために更衣室に向かっていた。私は、今日の授業で話すことを考えながら歩いていた。更衣室の前まで来た私は、更衣室のドアを開けようとした。そのとき、後ろから肩をたたかれた。何だろうと思ったらそのドアは女子更衣室のドアだった。考え事をしているうちに男子更衣室を通り過ぎたことに気づかなかったのだ。あぶない、あぶない。あやうく最低の男になるところだった。みなさま、歩行中の考え事はほどほどに。

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祈り

 水曜日に上の弟に子どもが生まれた。既に下の弟に女の子がいて、私にとっては姪に当たるのだが、今度は男の子が生まれた、私のとってははじめての甥になる。
 昨日の夜、下の弟と一緒に甥に会いに行った。折悪しく授乳中ということで、待合室でしばらく待った。初めて対面した甥は、3,300グラム(出生時)もある立派な男の子、授乳が終わって気持ち良さそうに寝息を立てていた。夜だし、弟も義妹も疲れているだろうと思ったから、早々と退出した。願わくば、彼の柔らかく小さな手が、たくさんの幸せをつかむことができることを心から祈りたい。たぶん、私が伯父としてできることはそれくらいしかないだろう。あとは、彼が大人になったら悪い遊びを教えてあげることくらいかな。

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おひさしぶりです!

 昨日の夕方、卒業生から電話が来た。彼女は2ヶ月に1度程度電話をしてくる。とくに大事な用事があるわけではないが、お互いの近況を伝え合う。私もやっぱり卒業生のことは気になるから、こうして電話をしてくれることは何より嬉しい。おかげで、労働と電話の後のビールはひときわうまかった。
 今日は図書館の帰り、道を歩いていたら3月まで同僚だった人に会った。今は転勤をして別の職場にいるが、少ししか離せなかったが元気そうで何よりであった。
 生きていると色々な人との出会いや別れがある。その一つ一つが意味があるのだろうな、そしてこのようにお互いの元気な声を聞いたり元気な顔を見たりできること。平凡だけどこれが幸せなことなのだろうと思う。

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結核はまだ終わらない

 現在の作家や脚本家が若くして病死する登場人物を考えるときに脳裏に浮かぶのは白血病であろう。治療法が進歩し、死亡率が低下してきたとはいえ、まだまだ白血病は死亡率の高い病気である。これが、1950年代までであれば、若くして病死する人の死因といえば結核であった。高杉晋作(長州藩の志士、奇兵隊をつくった)、沖田総司(新撰組隊士)、樋口一葉(作家)、滝廉太郎(作曲家)、石川啄木(歌人、俳人)、梶井基次郎(作家)、新美南吉(童話作家)などの人々が20代から30代の若さで結核により亡くなった。その後、ストレプトマイシンなどの抗生物質による治療効果の改善、BCG接種による予防、栄養状態、衛生状態の改善により患者数も死亡者数も減少した。すでに結核は過去の病気だと思う人が多くなった。
 しかし、ここ数日降って湧いたように結核の恐怖がよみがえりつつある。お笑いコンビ「ハリセンボン」の箕輪はるかが結核で休養に追い込まれたことで、これまで結核という言葉に触れたことがない人までこの病気のことを認識したからである。
 結核菌は、肺や帳、皮膚、髄膜、骨など、身体の様々な部位に寄生する。その中で最も多いのが肺で、肺組織が破壊され、喀血(肺から血を吐くこと)を起こし、最悪の場合窒息死にいたることがある。ただし、結核菌に感染しても、症状が現れないことが多く、私も中学生時代にツベルクリン反応陽性(つまり結核菌に感染しているが、あるが、免疫機能によって発症は抑えられている)であったが、その後も症状は現れていない。ただし、病気などで免疫が低下した人や高齢者は発症することもある。発症した場合の初期の症状は、微熱(37℃程度)、倦怠感、食欲不振など、風邪などと同じような症状であり、気づきにくい。血痰や喀血を起こすようになったらっかなり進行した状態である。現在、日本は先進国の中ではやや結核の患者が多い状態にあるという。また、過去に感染した人が高齢になることにより発症しやすくなり、患者が増える恐れさえあるという。この件をきっかけに、私たちが関心を持つことが大事なのだと思う。

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予知夢

 私はあまりオカルト的なものは信じていないが、ひょっとしたら予知夢だけはあるのかもしれないと思っている。私はこれまで数回予知夢を見たことがある。
 ひとつは、中学生のとき、小学校の高学年の頃から、自転車で遠くに出かけることに夢中になっていた私は、出かけた先で不思議な体験をした。道路の幅、家の様子、道路と家との間に小川が流れていることなど、ほとんどそっくり数日前に夢の中に出ていた景色と同じであった。わたしがその場所に行ったのは初めてのことだし、テレビに出るような有名な場所でもない。それなのに、夢の中とそっくりの景色を見たのだ。
 次は高校生のときであった。同じ高校の後輩に少し気になる女の子がいた。はかなげで父性本能(そんなのがあるのかはよくわからないが)をくすぐるタイプであった。さほど親しくしていたわけではなく、時々校内であったときに話す程度であったが、あるとき夢の中に彼女が出てきた。後ろ姿だけであったが、非常に寂しげな姿であった。そのことが気になったいたら、2,3日ほどして彼女が亡くなったことを知った。
 そして、昨晩見た夢は、核兵器を積んだミサイルが私の住む町に落下して、瓦礫の山になり、私がその瓦礫の上をとぼとぼと歩いているものであった。これだけは本当になって欲しくない夢だ。

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渚のラブレター

 昨日、海沿いにある故郷の町にいく用事が会った。今住んでいる町は海から遠いから、故郷の町に行くときには、時間に余裕があれば海に行くようにしている。灯台の近くの砂浜を歩いていると、砂浜に貝殻を並べて「LOVE」と文字を書いてあるのを見つけた。これを見ていると昔の私を思い出した。20代の頃、本気で人を愛することができた頃私もこんなことをしていたことを。今の私は、自分が傷つくことも、相手が傷つくことも恐れて人を本気で愛することができなくなっている。だから、この渚のラブレターを書いた人のような熱いハートをもう一度だけ取り戻せたら、人生はもっと豊かなものになるのだろうなと思う。一度きりの人生、せめてもう一度人を本気で愛してみたい、そんな日が10年度でも、20年後でもかまわない、来たらいいなと思う。

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タイムリミットは30分




コネタマ参加中: 待ち合わせ相手が遅刻…どのくらいなら待てる?

待ち合わせに相手が遅れたときのタイムリミットですか。一応30分を一区切りにしています。それ以上遅れたら置いていきます。ただ今は携帯電話やPHSが普及しているので、「今どこにいるの」と連絡をすればどんな所にいても(たいていの場合)連絡がついてしまいます。便利な時代ですよね、ただ、少し素気ない時代になってしまった気もします。公衆電話に10円玉を積み上げて長距離電話をするときのドキドキ感、今の若い人は体験したことないのだろうな。

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去りゆく季節に

 今は2月20日の午前5時半、外ではしんしんと雪が降っています。今年の冬は、12月から1月初めまでは寒かったですが、その後は暖冬で、雪も少なかったので、なんだか嬉しいです。
 冬が好きという人はあまりいないと思います。春は花が咲き、草木が芽吹き、夏は生命の活気がみなぎり、秋は豊かな実りがあり、じゃあ冬はどうかというと、寒いし、日は短いし碌なことがないじゃないと言われそうです。クリスマスやお正月がありますが、それは一瞬のことにすぎない。それでも、私は冬という季節が好きです。寒さはさほど苦にならないし、雪景色の美しさは他に比べるものがないくらい美しいし、葉を落とした落葉樹の樹形の美しさといったら言葉にできないくらいだし、どこに行っても人が少ないことがいい。
 それでも、降り続く雪を見ながら、この雪を見れるのはあと何回だろうかと去りゆく季節に別れを惜しんでいた。2月に入り、日没がだいぶ遅くなってきた。各地から梅の便りも聞かれるようになってきた。春近し、それなのに寂しい季節になるのはどうしてだろう。

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だるま頼み

 今日は福島県白河市のだるま市の日。白河市は群馬県高崎市や静岡県富士市などと並ぶ達磨の産地で、毎年2月11日にだるま市が開かれます。今年は高等部入試を控えた生徒の担任なので、入試の合格のために神頼みならぬだるま頼みをすることにしました。東北線の電車に乗り白河駅で降りる。駅のすぐ前の通りがだるま市のか以上になっている。だるまは赤い色という先入観があったが、最近のだるまは黄色あり、水色あり、ずいぶんカラフルになったものです。結局一番白河だるまらしい赤いだるまを購入。その後、白河市内の天神神社を参拝しました。菅原道真公(カンコー学生服の菅公ですね)のご利益でますます入試でいい結果を出せそうです。明日は教室で片方の目を入れます。あと1ヶ月で入試、ぜひ良い結果を出してもらいたいと心から願っています。

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トラックバック受付中止しました

 ブログには色々な機能があります。そのうちの1つは「トラックバック」という機能です。これは、ブログを呼んで、興味を持ったブログに、自分のブログとの間にリンクを貼ることができる機能です。この機能を使えば、例えば旅行の趣味がある人同士のブログを伝って色々なブログから情報収集をすることができます。まさに、ネットの強みを生かすことができる機能ですが、最近、アダルトサイトからのトラックバックが増えてきています。ご存知の通り、このブログにはアダルト関係の記事はありません、そして、このブログを見に来る方の中には未成年の方もいます。そのような理由で、アダルトサイトからのトラックバックを防ぐ方法がないのであれば、一時すべてのトラックバックの受付を中止します。例えば、ゴールデンタイムの、小中学生が見る時間のテレビ番組に、あまりに露骨な卑猥な表現があったり、未成年の人が多く読むような雑誌に性風俗の広告が載っていないのと同様、ブログの性質によっては「アダルトお断り」の設定ができればいいのですが・・・。あちらも商売、売り上げのためには必死なのでしょうがね。ごめんなさい。

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もし人生がもう一度あれば




コネタマ参加中: 男と女どっちに生まれ変わりたい?

 私はこれまで36年間、男としてやってきたので、もし、別の人生が経験できるのであれば女に生まれ変わりたいです。男の目から見た世の中と、女の目から見た世の中、どんな風に違って見えるのか楽しみです。

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合格祈願

 この週末は私の周りでちょっとした試験ラッシュです。昨日が私の学級の生徒(ついでに担任である私も)漢字検定を受け、今日は従姉の子どもの高等学校入学試験、明日が友人の社会福祉士国家試験です。すべての合格祈願のために、今朝近くの神社にお参りしてきました。普段は信仰心のかけらもないくせにこんなときばかり神頼みとは、なんというご都合主義と言われそうですが。とくに気になっているのが明日の試験、30代半ばになり、福祉を一生の仕事として決めようと決めた友人、福祉の現場では何よりも資格を持っていることがモノを言う。そのためにも何としても社会福祉士の資格を取って欲しい。友人としてできることは祈ることだけです。でも、アイツはは実力がある人だからきっと大丈夫だと思っています。

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Nice to meet you.

 昨年末、私の高校以来の親友に子どもが生まれた。そこで今日はお祝いを持って親友宅に行った。とてもかわいい女の子でした。もし親友はたいした顔をしていないので、もし似ていたら困るなと思っていましたが(もちろんこれは冗談です)。奥様似の美人さん(の卵)でほっとしました。それにしても赤ちゃんは不思議なもので、これだけ見る人を幸せな気持ちにできる存在はそうはないでしょう。今日は私の都合もあり、早々とおいとましましたが、また時機を見て幸せな気持ちを分けてもらいに行こうと思います。

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もうすぐ40,000

 私がこのブログを始めたのは2005年1月2日、そしてアクセスカウンターを設置したのは2005年12月21日、いよいよこのブログの通産アクセス数が40,000を突破しそうです。およそ3年少々で40,000というのは、アクセス数のカウントを始めた頃には想像すらできなかったハイペースです。このブログを見てくださった方、中には毎日のように見に来てくださった方も色と思います。本当に嬉しい限りです、心から御礼申し上げます。そして、少しでも見に来てくださった方が楽しめるブログになるようにこれからも頑張っていきたいと思います。
 さて、現在のアクセス数は、39,921です。現在のペースで行きますと、月曜日の夜から火曜日にかけて40,000に達するものと思われます。もし、40,000人目の方は、よろしければコメントをいただければ幸いです。アクセス数は、このブログの左上にアクセスカウンターが設置されていますので、そちらをご覧ください。

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少し遠い思い出




コネタマ参加中: あなたの「成人式の思い出」を教えて!

 もうすぐ成人の日ですね。新成人の方おめでとうございます。最近は小学校や中学校、高等学校だけでなく成人式まで荒れているようで、毎年荒れる成人式のニュースを見ると少しだけ懐かしい思い出がよみがえってきます。
 私が成人式を迎えたのは1993年、まだ荒れる成人式などという言葉がなかった頃です。私はバカ正直にも故郷から学生時代住んでいた仙台市に住所を移していました。そのため地元の成人式には招待されず、仙台市青葉区の成人式に参加しました。私の学生時代の相棒も同じ理由で地元の成人式に参加できなかったので一緒に参加しました。当たり前のことでしたが、周りは中学校あるいは高等学校の卒業以来会っていない友人との再会でにぎやか。一方、私も相棒もお互い以外には知っている人がいない、少々寂しい思いをしました。そんなことはわかりきっていたのですが、成人式で仙台フィルの演奏が聞けると言うことでそれを楽しみに成人式に参加したのですが、結局あまりの私語の多さに演奏もよく聞き取れず煮え切らない思いで会場を後にしました。アパートに帰ったら、タバコを何箱分も灰にして、私も相棒もタバコをやめました。これが私の成人式の思い出です。
 

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年賀状




コネタマ参加中: お正月の楽しみは何?

 私にとってお正月最大の楽しみは年賀状のやり取りです。かつての友人、恩師、以前の職場でお世話になった方、なかなか会えない人がたくさんいますが、年に1度年賀状のやり取りをすることでお互いつながることができる。これはとてもよい習慣だと思います。今年はあいつはどんなことを書いてくるかな、突然子どもの写真が載っていることもあります。そんな年賀状の1枚1枚を見ることが私の新年の最大の楽しみです。

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あなたはイヌ派、それともネコ派




コネタマ参加中: あなたはイヌ派、それともネコ派?

 私の場合、以前は断然イヌ派でした。人間によくなれ、忠実なところが好きでした。ところが、捨てられていた子猫を拾って飼ってみると、「ネコってなかなかいいじゃない」と思うようになりました。ネコは自由奔放、気ままでわがっまなやつ。私たちが普段組織の中で歯車のひとつとして働いていると、ネコの自由気ままさに惹かれるようになりました。以前から私という人間はイヌよりもネコに近いなと思っていましたが、無理にイヌにならないと組織の中で働けない、そんなところに息苦しさを感じていました。さて、今日は仕事始め、私は玄関を出たとたんネコからイヌに変身して頑張ってきます。

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旅に出ます

 福島では雪がしんしんと降っています、この冬初めての本格的な雪です。きれいだなと思いながら外を見ていました。早いもので12月26日になりました。私もなんとか今年の仕事を終え、今年最後のお楽しみの旅行に出発できるようになりました。これから出発します。みなさまもどうぞ楽しい年末年始をお過ごしください。

 追伸
 8月の青森への旅行と、10~11月の新選組の足跡をたどる小旅行の写真を掲載しました。右側の「マイフォト」の下2つの写真、またはタイトルをクリックしてください。フォトアルバムを見ることができます。

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デザイン変更しました

 およそ1年半ぶりにブログのデザインを変更しました。今まで使っていたデザインは富士重工(スバル)が提供していたデザインで、大自然を疾走する車のイメージのデザインでした。これはなかなか気に入っていて、それまで季節ごとにデザインを変えていましたが、1年半の異例の長期間使っていましたが、そろそろ気分を一新したくなりこのデザインに変えました。今度のデザインは雪山です。どうぞ引き続きよろしくお願いします。

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日記

 私がブログを書いているという話を他人にすると、たいていの人は「面倒じゃないの」という。しかし、私はブログを更新するのを面倒だと思ったことはほとんどない。むしろ楽しいのである。私のような凡夫にもそれなりの重いがあるし、色々はなしたいことがある。それを日本の各地の人がこのブログを読んでくれる、そして時にはコメントをしてくれる。私はますます張り切ってブログを書く。
 私は決してうまい文章が書けるわけではないが、文章を書くことは大好きだった。小学校の国語の時間、子ども立ちにとって作文の時間ほど嫌なものはないだろう。ところが私は作文の時間が大好きだった。先生からの評価は決して高くはなかったが、私は嬉々として作文を書いていた。19歳からは日記を書き始めた。自分の思い、学業の悩み、将来の不安、恋愛のこと、町で見かけたこと、読んだ本の書評、たいした内容ではなかったが、とにかくほぼ毎日、たった数行であったが、寝る前の十分ほど日記帳に向かう時間は私にとってとても楽しい時間であった。この日記は26に結婚する直前まで続いた。結婚するときに処分をして、その後日記を書くことはなくなった。もし今でも持っていたら赤面するような恥ずかしいこともたくさん書いてあるだろう。私は手先も不器用であるが、それ以上に人付き合いや物事の進め方においても不器用なほうだから、他の人なら多分こんなことで悩まないだろうなと言うことでも悩んでいた。私の日記の3割が悩んだ話、残れ3割が恋愛の話だった気がする。
 2002年に離婚し、その後SNSやブログなどネットを使ったコミュニケーションが盛んになった。文章を書くことに抵抗を少なかった私は、ブログが普及してくるとためらうことなく飛びついた。2005年1月2日は、このブログがスタートした記念すべき日になった。このブログをはじめるにあたっては、りっちさんのブログを大いに参考した。りっちさんは健康問題などがあり、残念ながら私がブログを始めて間もなく更新が滞るようになってしまったが、このブログをはじめるにあたって色々なことを教えていただいて感謝しています。
 私はこれから先も悩みながら生きていくだろう。そしてこれから先もこのブログを続けていくだろう。このブログを通じて知り合った人も何人かいる。この出会いを大切にしたい。どうぞこれから先もどうぞよろしくお願いします。できるだけ読む人が楽しめるブログになるように頑張ります。

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手紙

 今年色々な曲を聴いたけれど、1度聞いただけで「ああ、いいな」と思った曲はそうはない。その数少ない「ああ、いいな」のひとつが、アンジェラ・アキの「手紙~拝啓十五の君へ~」である。私の十五の頃こうだったな、そして今の自分にも通じるところがある、そんな私の気持ちにフィットした歌詞である。
 最近の私はそうでもないが、かつての私はかなり筆まめだった。高校生から25歳くらいまでは、手紙を書くことが私の大きな楽しみだった。相手はその当時好きな女性、たいした内容の手紙ではなく、自分の近況を伝え相手の近況を尋ねる内容であった。幸い相手の人も手紙を書くことが嫌いではなかったようで、関係がうまくいっている間は月に2~3回は手紙のやり取りをしていた。私を知っている人なら、私をおしゃべりで冗談好きな人間のように思うかもしれないが、私自身は話すことはあまり得意ではないほうだし、冗談を言うのも、実は緊張している自分をほぐすためだったりする。本当にリラックスしているところではまず冗談を言うことがないのである。ところが手紙なら、自分の気持ちを素直に書くことができた。手紙でのやり取りだから、当然日数もかかる、返事が来るまでの数日間、どきどきしながら過ごすのも悪くないものであった。返事が来たらわくわくしながら封を開け、ていねいに書かれた文字を読む、その一瞬と言ったら天にも昇る気持ちであった。
 最近はパソコンや携帯電話が普及し、手紙でお互いの気持ちを伝えあう人は少なくなってしまったかもしれません。電話のようにすぐに帰ってくるわけでもない。メールのように写真や動画を添付できるわけでもない。時間はかかるし、手書きで書くのは面倒かもしれない。それでもきっと手紙でしか伝えられない気持ちはあると思います。これから恋愛をたくさん経験する若い方には、一度手紙と言う方法をおすすめします。
 そして私も、ずっとドキドキしながらポストに手紙を入れることは絶えて久しいですが、またそんな気持ちになれたらいいなと思っています

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私の年末年始

 今年も残すところ4週間、だいぶ残り少なくなってまいりました。今年は曜日の配列がいいため、年末年始ゆっくり休めそうです。私は年末に旅に出ます。今からチケットを見ながらニヤニヤしています。皆さんはどんな年末を過ごす予定ですか。

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空港にて

 私は駅や港、空港などが好きです。どこか遠い知らない町に行ける場所、つまり、住みなれた町にいながら非日常への世界を少しだけ体験できるからである。何をするわけではない、ただ黙って発着する列車を眺めたり、行き交う船を眺めたり、飛行機の離着陸を眺めたりするだけでいい。
 今日は空港近くの町に行く用事があったので、その帰りに空港によってみた。既に駐車場は真っ暗だった。ターミナルビルに入り、3階の展望デッキに上がる。日本航空のボーイング737が2機冷たい雨を浴びていた。ここ福島空港では、来年1月末で日本航空の福島-伊丹、福島-関空、福島-那覇線が運休になる。今日はその見納めに来た。小雨降る夜はある意味別れにふさわしい場面か。しばらく寒さを我慢しながら見ているううちに全日空のエアバス320とアイベックスエアラインズのポンパルディアCRJが着陸した。利用客の低迷がニュースになる福島空港だが、たくさんの人が飛行機から降りてきてにわかに活気付いた。
 やがて、伊丹に向かう客を乗せて日本航空機が離陸した。赤い日の丸を描いた垂直尾翼が雨雲の中に消えていった。天気のせいか、日本航空と福島空港の別れが近いせいか、それとも11月の雨の夜のせいか、私は胸が締め付けられるようなせつない気持ちになった。間もなくアイベックスエアラインズの伊丹行きと全日空の新地と生気が離陸する。間もなく福島空港の1日が終わる。私はせきたてられるようにターミナルビルを後にする。振り返ると、雨に濡れた滑走路の向こうに明日の沖縄行きになる日本航空機がこちらに顔を向けている。あと2ヶ月、無事故で飛んでください。

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おひさしぶりです!

 こうやってブログを更新するのは久しぶりです。ここ1週間ほど、疲れてそんな気力もなかったり、あまりに疲れて帰宅したらそのままバタンキューだったりして、すっかり更新が滞っていました。疲れてはいますが元気です。これから年末に向けて忙しくなります。このブログをご覧の方もそうだと思います。どうぞ元気にお過ごしください。書きたいことは色々あるので、エネルギーが回復次第書いていきます。
 それにしても、最近の経済危機、当面の注目は、アメリカの大手自動車会社GM(ゼネラル・モーターズ)が連邦破産法を申請するか(つまり事実上の倒産をするか)です。自動車産業は部品製造、販売店など非常の裾野の広い産業なので、倒産といった事態に一体どれだけの影響が出るのでしょうか。考えただけでも恐ろしいです。そしてインドでは、イスラム原理主義者と思われる団体によるテロ活動。世の中の動きからも目を離してはいけないと思います。

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今年を漢字1文字で表すと何になりますか

 今年も早くも11月15日、残すところ1ヵ月半です。ところであなたは2008年を漢字1文字で表すと何になりますか?
 ちなみに1995年は「震」、阪神大震災がありました。地下鉄サリン事件も世界を揺るがせる大事件になりました。1996年は「食」、夏に病原性大腸菌O-157による食中毒事件が多発しました。1997年は「倒」、北海道拓殖銀行や山一證券などの大型倒産がありました・1998年は「毒」、和歌山毒カレー事件がありました。199年は「末」、ミレニアムというそれまで聞いた事のなかった言葉が急に聞かれるようになりました。2000年は「金」、シドニーオリンピックでの高橋尚子の金メダルはあまりにも劇的でした。2001年は「戦」、煙を上げ崩れ落ちる世界貿易センタービルの映像は衝撃的でした、ビンラディンは今いずこに。2002年は「帰」、北朝鮮に拉致されていた日本人のうち5人が帰国しました。2003年は「虎」、長く低迷を続けていた阪神タイガースが18年ぶりに優勝をしました。2004年は「災」、新潟県中越地震、スマトラ島沖地震と災害が続いた1年でした。2005年は「愛」、愛地球博が開催されました。2006年は「命」、飲酒運転による重大な交通事故が発生しました。そして、2007年は「偽」、食品の偽装問題が次々と明らかになりました。以上は漢字能力検定協会が選んだ今年の漢字です。
 今年の漢字を私が予想すると、「憂」です。夏以降アメリカを震源とする金融不安が世界中に広がり、日本も再び深刻な不景気に見舞われるのではないかという不安に襲われています。また、中国産食品の汚染が次々に発見され、食の安全が改めて問われています。来年は同じ「ゆう」でも「悠」になってほしいものです。

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家電

 家の電話機が壊れてしまった。通話は問題なくできるが、留守番電話機能が使えなくなってしまった。今や携帯電話を使うことが当たり前になって、固定電話は徐々に影が薄い存在になってきたが、仕事関係など、固定電話にかかってくる電話は依然多い。そのうえ、私は一人暮らしであり、加えて家にじっとしていることが苦手な性格で、しばしば旅に出るから、留守番電話機能は必須の存在である。
 今まで使っていた電話機は大学3年のときに買ったものである。それまではただのプッシュフォンを使っていた。当時の実家の電話が黒電話だったからプッシュフォンであるだけでなんだかおしゃれに見えたものである。3年になり、ゼミ長(まぁ学級委員長)になり、ゼミの運営について電話でやり取りする機会が増えたり、ボランティア活動を積極的に行うようになり、ボランティア先との電話連絡が増えると、ただでさえ外出がちな私は、「あいつはいつかけてもつかまらないやつだ居留守でもしているのではないか」とか「別宅がある(つまり誰かと同棲している)のではないか」とか言われるようになった。私は居留守などしていないし、同棲もしていない。これは根も葉もない噂を立てられかねないと危機感を持ち、乏しい財源からひねり出して留守番電話機能のある電話機を購入した。言うまでも無いが、学生が携帯電話を持つなど考えられない時代であった。
 それから14年間、苦楽をともにした電話機であったが、肝心の留守番電話機能が故障し、やむなく買い替えとなった。名残惜しいが、新しいスマートな電話機を使いこなすのも楽しみである。

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行動パターンが似ているようで

 今日は午前中は家の掃除と洗濯。家の中がすっきりして、昼食を済ませるたところで町中にあるショッピングセンターまでクルマで出かける。駐車場にクルマを止めると、店には入らず公園を少しぶらぶらして図書館に行く。図書館で本を借りると駅前に出て買い物をしたりコーヒーを飲んだりして、バスでクルマを止めたショッピングセンターに戻り、夕ご飯のおかずを買い物して家に帰る。これが2週間に1度繰り返される私の行動パターンです。実は私の行動パターンととある同僚の行動パターンは非常に似通っていて、月に1度くらい、つまり50パーセント近くの確立で接触がが起きることになる。それぞれが自由意志で行動しているのだから、驚異的な確立である。多くの場合、ぼんやり行動している私に同僚が声をかけ、その隣に同僚の旦那様が居るというパターンである。あるときは私はオレンジを片手に買うべきか買わざるべきか考えていたり、またあるときには本を返そうとカウンターの前に行列していたりと、それぞれすばらしいというか絶妙なタイミングで出会う。今日は掲示板に張られていた交通事故マップなるものを見ているときに同僚に声をかけられた。
 この同僚はもちろん魅力的な女性であるが、旦那様の方も癒し系で素敵な方である。職場以外の場所で同僚に会うというのはやや気恥ずかしいものであるが、この2人に限ってはなんだか楽しい気分でなる。行動パターンが似ていること、それも悪くは無いことである。

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キンモクセイの嘆き

 先日路線バスに乗ろうと自宅近くのバス停まで歩いていたとき、道路際の民家の庭にキンモクセイの花が咲いているのを見かけた。私はキンモクセイの花の色も匂いも大好きだ。オレンジ色の花は光の加減で黄金色に見えることもある。甘い香りは私を幸せな気分にしてくれる。
 そんなキンモクセイであるが、最近不遇な立場におかれている。一昔前、トイレの芳香剤の香りの定番がキンモクセイだった。そのため、キンモクセイの香りがすると子どもたちは「トイレの匂いだ」などと言うそうだ。そういえば子どもの頃の私もそう思っていたかもしれない。そんな人間界の出来事を知ってか知らずか、キンモクセイは今日も黄金色の花を咲かせて、甘い香りをただよわせているだろう。

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山に行きたいな

 3連休を棒に振る原因を作った風邪もやっとよくなってきて、いよいよ秋らしく涼しくなり、10月後半という、私にとって最も大好きな季節がやってきました。
 この時期になると無性に行きたくなるのが山です。早起きして、大きなおにぎりを握って、水筒には熱いお茶を入れて、リュックには本1冊入れる。人がどんなに急いで登ろうとも、私はゆっくりと登る。山はじめじめとした谷よりは明るい尾根のほうがいい。これからの季節は紅葉して落葉する時期にあたるから、ますます尾根道は明るくなっていい。山頂まではのんびり歩いても1時間少々の山を選ぶ。山頂に着いたら、おにぎりにかぶりつく。青空の下山頂で食べるおにぎりは格別である。腹が満ちたら、ごろんと横になり本を読む。本を読んでいるうちにうとうとしてくる。そうしたら少しだけ眠ってもいいだろう。山を下りたら、麓の温泉に入る。福島には有名な温泉だけでなく、小さな山の湯がいくつもある。
 そうだ、今度の土曜日天気がよかったら山に行ってみよう。下界でのくだらない悩みは山を登っているうちに汗と一緒に流れてしまうに違いない。

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連休ですが・・・

 世間は今3連休の真っ只中ですね。私は風邪をひいて布団の真ん中にいました。金曜日あたりから調子がおかしいなと思っていたら、今朝から本格的に熱が出ました。皆さんは大丈夫かとは思いますが、くれぐれもお気をつけください。

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なんだろう、これ

 最近、気持ちの余裕がありません。仕事は確かに忙しいし、とはいえ平日でも夜はのんびりできる時間が持てるのだから、もっと忙しい人はいくらでもいる。仕事について悩みや不安は抱え切れないほどある。仕事を離れた私個人のことについてもなんだか宙ぶらりんな状態で、この先どこへ行くのやらさっぱり見えない状態。気がつけば休みの日なのに休んだ気がしないほど疲れている。なんだか普段は楽しいはずのこともあまり楽しくない。気がつけば秋なのにため息ばかりついている。なにがどうしてこうなったのかはわかりませんが、私の心の中には不景気風がびゅうびゅう吹いているようです。
 たぶんこんなときにはじたばたしないで、トリプトファン(体内でセロトニンに変わり、精神を安定させ睡眠を促す効果がある)の多いナッツでもかじって不貞寝でもしよう。やり過ごしているうちに不景気風が去って太陽が顔を出す日がやってくるから。

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コスモスの花を見ながら

 秋も深まり、すっかり涼しくなってきた。私にとって最も好きな季節がやってきた。この大好きな季節に咲く花はコスモス。頼りなげな細い茎のてっぺんには赤やピンク、白の可憐な花が咲く。宇宙まで透けて見えそうな秋空にコスモスはとてもよく似合う。秋桜とはよく言ったものである。
 大学3年生のとき、母校の中学校で教育実習をした。実習は忙しかったがとても楽しかった。研究授業はあまりうまくいかなかったが、何とか終わった。クラスの生徒たちともだいぶ仲良くなった。まぁ半分彼らのおもちゃになっていたようなものかもしれないが。そのクラスの中にちょっと気になる女の子がいた、みんなの中にうまく入れずに、一人でいることが多かった。そんな彼女が教育実習の最後の日の帰り際に私にくれたのが1輪のピンクのコスモスだった。クラスの生徒達から寄せ書きや手紙をもらったが、このコスモスの花1輪が何より嬉しかった。
 コスモスの花言葉は「乙女心」、あれから14年経った。28歳になった彼女はあれからどのような人生を歩んだろうか。そして、今も元気でどこかで風に揺れるコスモスの花を見ているに違いない、きっとそうであって欲しいと思っている。

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動物園

 今日、急に思い立って仙台市の八木山動物園に行ってきました。私は動物園や植物園、水族館の類が大好きです。高速バスと路線バスを乗り継いで動物園へ、八木山の狭い道路をすいすいと走る運転手さんの技術には改めて感服します。私が運転したら、仙台駅から八木山に行くまでの間に1回はぶつけるだろうな。
 まずはインドゾウ。改めてじっくり見てインドゾウとアフリカゾウの違いに気付きました。インドゾウは背中にうっすらと茶色の体毛があるのですよね、それにしてもゾウの皮膚はごわごわしてそうだ、一度石鹸とデッキブラシでごしごし洗いたくなる。ゾウにしてみれば迷惑な話だろうが。次いでトラやライオンの猛獣、動物園の猛獣は狩をしなくてすむせいか、いまひとつ覇気が無い。トラにいたっては、トラ皮の敷物かと思った。おっと、あまりトラを怒らせて髪疲れては溜まったものではないので、サル山に行って見ます。私はサル山は大好き、その気になれば半日サル山見物をしてもいいくらい大好き。人間にもいろんな人格の人がいますが、サルにもいろんな猿格?のサルがいるようで面白い。やたら威張っているやつ、強いサルのご機嫌取りがうまいやつ、人間社会の縮図のようだ。もっとも、人間も広い意味でサルなのだから、人間社会がサル社会の縮図なのかもしれないが。
 その後、ホッキョクグマ(シロクマ)、キリン、カバ、ゴリラなどを見た。動物園はやっぱり面白かった。たっぷり堪能した後は、駅前に出て買い物をして、夕方早いバスで帰った。バスの中でうつらうつらしているうちに、自分が動物園の檻に入れられる夢を見た。

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しかし高くなったなぁ

 夏休みが終わったばかりだが、早くも冬の旅行の計画を立てようと思って、いくつかの航空会社や旅行代理店のウエブサイトを見て回った。いや~、国際線運賃、ずいぶん高くなりました。2年前の1.2~1.4倍くらいでしょうか。燃料サーチャージという、燃料価格に連動する割り増し分が大きいです。当たり前のことですが、飛行機は大量のジェット燃料を消費する。しかもそこに燃料高騰、国内外を問わず航空会社の皆様の苦労が偲ばれます。考えてみれば、今までの航空運賃が高すぎたのかもしれないが 

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台北からの手紙

 仕事を終えくたくたになって帰宅。郵便受けにはフリーペーパーやら宅配便の不在連絡表やら入っていた、さらにその奥に見慣れた黄色い封筒が入っていた。
 ことのおこりは2006年1月5日、初めての台湾旅行を負え、日本に帰るために、桃園駅前のバス停で中正国際空港行きのバスを待っている間、あるおじいさんと立ち話をした。おじいさんは手紙を送るから住所を教えて欲しいといった。私は見ず知らずの人に住所を教えるつもりは無かったが、この人なら信頼しても言いかなと思い住所を教えた。日本に戻って数日も絶たないうちに黄色い封筒で手紙が来た。それ以来手紙のやり取りが続き、2006年12月に台湾を再び旅行したときにはこのおじいさんと台北で再会した。その後も手紙のやり取りが続いていたが、今年の2月くらいから旧に手紙が来なくなった。90歳近い高齢の方だから、健康の問題でも起こったのかと思っていた。ところが、今日手紙が来て、お元気そうなのでほっとしました。はるか北の国からご健康をお祈りしています。それにしても嬉しいことは突然やってくるものである。

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秋の訪れ

 今日の夕食に冷やし中華でも食べようと思ってラーメン屋さんに行った。メニュー表を見ながら考えた、このくらい涼しいなら味噌ラーメンでもいいのではないかと思った、結局味噌ラーメンを汗をかきながら食べた。コンビにでも、猛暑の日が続いた後に涼しい日があるとおでんの売り上げが急に増えるそうだが、それと同じような現象だろうか。ラーメンを食べ終わった後夕暮れの町を歩くと、風が涼しくて心地よかった。明日から暑さが戻るようだが、それでも太陽の光は夏至の頃の力強さはなくなっている。秋はもうすぐ、私にとって1年で最も好きな季節は目前である。

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8月15日に思い出すこと

 この時期になると思い出すことは、12年前に亡くなった祖父が何度も何度も言っていた「絶対に戦争をしてはならないぞ」という言葉である。1910年生まれの祖父は、21歳から35歳までの時期が、ちょうど日本が満州事変、日中戦争、太平洋戦争と戦争に明け暮れた時代にあたる。本人は障害があり戦場に行くことはなかったが、同世代、あるいは少し年下の人をたくさん戦争で無くした。私には戦争時代のことは多くを語らないままこの世を去ってしまったが、「戦争を絶対にしてはならないと」という言葉はどうしても残したかった言葉だったのだろう。
 日本の周辺は残念ながら戦争の危険性が高い地域である。南北に分裂したままの朝鮮半島、台湾・中国間も双方の政治情勢によっては緊張が高まる可能性がある。日本とロシア・韓国・中国の間には領土問題が残っているし、東トルキスタンやチベット、内モンゴルの独立運動が一層活発になることも予想される。日本が戦火に巻き込まれないことを願っています。それが戦争によって亡くなった多くの人々への供養になると思っています。

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海はいいものだ

 先日友人一家と海に行った。海のある町に生まれ、育ってきたにもかかわらず、海とは見るものであって、そんなに海に泳ぎに行くことはなかった。久しぶりの海の感触、冷たい海の水、潮の香り、波打ち際で泳ぐ小魚、海藻全てが新鮮だった。友人の5歳になる男の子は大喜びで、私を遊び相手にして大はしゃぎしていた。
 私も楽しくてついつい直射日光を浴びてしまった。次の日は日焼けのところが真っ赤になってしまった。それでも楽しかった、やっぱり海はいいものだ。

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ギャグ漫画の巨星堕つ

 「天才バカボン」「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」で知られる漫画家の赤塚不二夫が亡くなった。赤塚さんの漫画はとにかくナンセンスギャグ、「なぜそうなるの」と考え込んでしまう人には面白くもなんとも無いのでしょうが、そのナンセンスさ、馬鹿馬鹿しさを楽しめる私のようなものにとっては最高のギャグ漫画でした。20年ほど前からアルコール依存症、その後食道がん、脳内出血を患っていたが、昨日ついに亡くなった。    
 赤塚不二夫は、東京都豊島区南長崎にあった伝説のアパートトキワ荘の元住人であった。同じアパートの住人に、「火の鳥」「ブラックジャック」「鉄腕アトム」などの手塚治虫、「オバケのQ太郎(F・A合作)」「パーマン」「ドラえもん」の藤子F不二雄、「忍者ハットリくん」「怪物くん」の藤子不二雄A、「仮面ライダー」の石ノ森章太郎、戦後の漫画界の発展に寄与してきた豪華な顔ぶれである。(ラーメン大好き小池さんのモデルになった方も住んでいたそうです)。この中で現在存命なのは藤子不二雄Aと小池さんのモデルだけになってしまった。嗚呼、昭和は遠くになりにけり。赤塚さん、本当にありがとうございました、そしてお疲れ様でした。

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月末の光景

 このところ、毎月月末になるとおなじみなのがガソリンスタンドの行列。暫定税率が一時的に廃止になってガソリンの価格が一時的に下がった3月末を別とすれば、4月末、5月末、6月末に続いておなじみの光景だ。来月1日からガソリンが値上げになる、その前にせめて少しでも安いガソリンを入れようと、私の家のそばのガソリンスタンドでは午後10時近くになっても給油を待つ車の行列ができていた。
 世界的な石油製品の需要増によるもの、だけだったら諦めもつくがこの石油製品の高騰は投機によるものが大きいそうだ。もちろん経済活動の自由がある、それが資本主義経済だ、だからと言って世界中の人が迷惑をこうむることが許されるのだろうか。私が恐れているのが北半球が冬になる11月以降、世界中で灯油の需要が高まったら一体どうなるのか。既に私の家のそばのガソリンスタンドでは灯油18リットル2000円以上するが、もっと値上がりするかもしれない、そのため寒冷地であるにもかかわらず灯油を買えない人が出て、室内で凍死する人が続出するかもしれない。人の生活ばかりか生命までおびやかしても目先の利益のためのマネーゲームは終わらないのだろうか。

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雨上がりは

 雨上がりは気持ちがいい、雨に濡れた木の葉に太陽の光が当たりキラキラ輝くのは美しいし、カタツムリが気持ち良さそうに草の上を歩くのを見るのも楽しいし、空気も澄んで気持ちがいい、しかし真夏は除くが。今日は午前中から蒸し暑く、夕方には激しい雨が降り出した。たちまちバケツをひっくり返したような大雨になり、30分くらい降り続いた。雨が上がっても、蒸し暑い空気が肌にまとわりつくようで気持ちが悪い。夜になって気温が下がったが、相変わらずすごい湿度である。雨に高温になり、たくさん雨が降るから美味しいお米が食べられる。この歳になると何より米が美味しくなる。だからあまり夏に不平を言ってはいけないのだが、やっぱりあまり暑くてじめじめしているのは好きではない。

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もうすぐ夏本番

 ここ数日福島でも暑い日が続いています。とくに昨日は真夏並みの猛暑で、冷房の聞いたバスから降りるとメガネが曇ってしまうほどでした。今日は外出する気力も無くエアコンの効いた我が家でごろ寝をしたり、ネットをしたりして過ごしていました。昼過ぎからだんだん雲が出てきて、午後3時過ぎには激しい雷雨になりました。ピカッと光ってからゴロゴロと雷鳴が聞こえるまでの時間がかなり短かったからよほど近くに落ちたのでしょう。その後はバケツをひっくり返したかのような大雨、相変わらず湿度は高いけれど気温が幾分下がり少しだけしのぎやすくなりました。夜はテレビに飽きたら少しだけ外を歩いて見ました。都会のヒートアイランドと違い、田舎は昼間暑くなっても夜にはちゃんと気温が下がってくれる。湿気が高いが、幾分心地よさも感じられる夜風に当たってきました。
 私は暑さが苦手で、夏はあまり好きな季節ではありませんが、夏ならではの楽しみもあります。花火、夏祭り、スイカが美味しくなるし、防波堤でのアジ釣りも楽しい。暑い暑いと言って家の中に閉じこもってばかりいるのはもったいない。時間は限られるだろうけれど、私なりに夏を満喫したい。

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192円

 今夜、我が家の近くのガソリンスタンドの前を通りかかったら、ハイオクガソリン1リットル192円(レギュラーガソリンは182円)に値上げされていた。6月末が178円だったから、1リットルあたり14円の値上げになる。1回の給油量がだいたい45リットルだから、1回満タンにした場合、以前より630円高い8640円くらいになるのだろうか。私の場合、非常に恵まれた条件で、通勤が自転車でも可能な範囲で、徒歩や自転車で日常的な買い物が間に合い、徒歩圏内にあるバス停で市街地中心部へのバスが1時間あたり3本ある。しがたって、今あるクルマを廃車にするという選択肢も取れるし、使用を極限まで減らしてガソリン代への負担を減らすことも可能だ。しかし、都会の人には想像もつかない環境で生活している人もいる。公共交通機関の無い、あるいはほぼあてにできない地域で暮らしている人もいる。そのような人はどんなに高くなってもガソリンを使わなければならない。
 もっともこの問題はガソリンだけではない。私たちの身の回りから石油製品が消えたらどうなるか?今日の授業の中で、ある生徒の持ち物の中から石油製品を次々と挙げていった。まず衣類、合成製品が次々と消えていって、残ったのは木綿のTシャツと下着だけ。バッグも消え、シャープペンシルも消え、はさみは刃だけになり、割と物持ちだった彼は一気に物無しになってしまった。つまり、それだけたくさんの製品が現在の石油製品の高騰の影響を受ける。その他に、このクラスの生徒が好きなラーメンを例に、トラックや貨物船の燃料コストも上がることで、食料品、日用品などあるゆる物の物流コストが上がり人々の生活に影響が出ることも説明をした。
 いずれにせよ、この原油価格上昇がそろそろ収まってくれないと、弱い立場の人から生活が脅かされていき、ひいては消費が減り、景気を押し下げる原因にもなりかねない。今年の冬もこの状態であれば、自宅で凍死する人が出かねないと心配している。

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雨の日もまたよし

梅雨の時期が好きだと言う人はあまりいないだろう。じめじめしている、布団が干せない、洗濯物が乾かない、とにかく雨降りが嫌い、嫌われる理由を挙げればきりがない。私はこの時期はそんなに嫌いではない、まあ積極的に好きというほどでもないが。
 この時期のよい点は、雨上がりの美しさ、雨上がり、太陽の光を浴びる木の葉の美しさといったら言葉にできないものです。小雨が降りうっすらと霞む山や谷も水墨画の世界のようで本当に美しい。何より小雨が降る時のけだるい雰囲気が私の心のリズムにあっているのだろう。こんな日はクルマに本と昼食と飲み物とMDウオークマンを積み込んで公園に行く。本を読むもよし、MDを聞くもよし、外を眺めるもよし、傘をさして公園を歩くもよし、またまた昼寝を決め込むもよし。こんな雨の日もいかがですか?

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こんな時間ですが

 今日は外で夕食を食べて家に帰るとそのまま布団に直行。それにしても最近疲れが抜けません。そして目が覚めたのは2時過ぎ、こんな時間にできることは限られています。何をするというわけでもなく時間が過ぎていきます。思いっきり悪循環なのだろうけれど、今から眠ろうと思ってもたぶん無理でしょう、さて、何をして朝まで過ごそうか・・・。

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それからいろいろありまして

 月曜日のブログで「熱を出しました」と書きましたが、翌朝から本格的にかぜをひきました。熱だけでなく、胃腸にも症状が来て、「何も食べたくない、飲みたくない、しかし出ていくものはどんどん出て行く」という状態になってしまいました。火曜日は、午前中にはあまりのだるさと身体の節々の痛みで通院することもできず、さりとて眠ることもできず、何日も前の古新聞や数年も前の古雑誌を布団の上で読んでいました。午後になって少々楽になったのでやっと通院、風邪による胃腸炎だとか、熱のせいか、ぼんやりとした頭で先生の説明を聞いていました。
 それにしてもほとんど食べても飲んでもいないのによくもこんなに水分が出て行くことと感心していたら、ちょっと悪魔的な考えが浮かんできました。「この状態で体重計に乗ったらどうだろう?」結果は、月曜日の朝との比較で、火曜日の午後には-1.5kg.、水曜の朝には-2kg.普通のダイエットではこれだけ痩せるのは努力が必要、身体に力は入らないし、頭はボーっとするし、喜ぶべきことではないが、怪我をしたときにかさぶたはがしをしたり、わざと深爪ぎりぎりまで爪を切ったりするような「ちょっとだけM」状態と言ったものだろう。
 今日、2日ぶりに職場に行って驚いたことは、教室の黒板に機能の予定が書き込んであったことです。それも補欠で入った教師が書いた字ではなく、生徒が書いた字であること。通常であれば生徒が登校前に私が書いておくものですが、生徒達が自分で判断して必要だと思って書いたのでしょう。あちこちに誤字がありますが、それは十分目をつぶってもいいことです。教室内のものもあるべきところにあるべきものがおかれていたし…ひょっとしてこの学級は担任がいなくてもそこそこやっていけるのか?そればかりではなく、宿題の日記の用紙を引き出しから取り出して自主的にやっていました。これには驚きました。私など隙あれば楽しようとする生徒でしたから。一瞬目頭が熱くなりました。
 おかげさまで、熱は平熱になり、胃腸の症状のほうもだいぶ治まりつつあります。1日半で2kg.というダイエットはうたかたの夢で終わりそうです。

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グドグドモード入り

 今日は午前中から頭痛がひどかったが、どうしても出なければならない会議があったので5時まではひたすら我慢。会議が終わると自宅に帰って、ソファーに横になるとたちまち眠ってしまった。8時過ぎに起き上がり何とか夕食を済ませ、熱を測ると7度8部、もう一眠りしてさっき目覚めると8度、これは本格的に風邪をひいたかもしれない。また寝ます。皆様も風邪にはご注意ください。

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日曜日は花を買って

 私の日曜夜の習慣、それは、大河ドラマを見終わったら、スーパーマーケットに行って値下げ処分になった食料品を買い込むこと。毎週月曜日と火曜日は仕事が終わると疲れきって、買い物にも外食にも行きたくないのでそのようにしている。
 この前の日曜の夜、いつものように午後9時過ぎのスーパーマーケットで買い物をしていると、お花売り場が目に留まった。そういえばずいぶん長いこと花を買っていないことに気付いた。私がその中でとくに気になったのはピンクのガーベラ。ガーベラは私の好きな花です。明るく元気な女の子という印象の花で、切花にして花瓶にいける周囲をぱっと明るくしてくれる力を持っています。私はちょっと元気が欲しいなと思って、そのガーベラを買って帰り、家の花瓶に指して玄関に置きました。
 日曜日の夜に買った花なので、この蒸し暑い時期、ややしおれかけていますが、あと1日くらいはガーベラから元気をもらえそうです。

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こいつは朝からいいことあるぜ

Photo

 この黄色の花は「ゴールドコイン」という名前の花です。上から見下ろすと本当に金貨をちりばめたように見えます。5月末から咲き出して、今ではすっかり花盛りになりました。このブログを見た皆さんにも、私にもちょっとだけ小さな幸せがあれば言いなぁと思います。

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許せない

 既にテレビニュースやインターネット等でご存知の方も多いと思いますが、今日の午後0時35分頃、東京都千代田区の秋葉原電気街の歩行者天国で、通り魔事件があり、7名が死亡、11名が重軽傷を負った。犯人は、静岡県に住む25歳の男で、2トントラックで歩行者天国の交差点に突入し、3人をはねた後、サバイバルナイフで歩行者を次々と刺した。男は取り調べに対し、「人を殺すため今日、静岡から秋葉原に来た。誰でもよかった」「世の中が嫌になった。生活に疲れた」と述べている。

 容疑者の男にどのような事情があるのかは知らない。たとえどのような事情があろうとも関係ない人を巻き込んで死に至らしめる行為が許されるはずは無い。休日に買い物を楽しんでいた人たちの生命が一瞬のうちに絶たれた非常に残酷で許しがたい事件だ。もしかしたら、容疑者の男は自分の運命を呪い、幸せそうに生きている人を呪い、自分と同じような苦痛を与えたかったのかもしれない。だとすれば、この男は大きな思い違いをしている。苦しいのはお前だけじゃない、思い通りに行かないのはお前だけじゃない。お前が手にかけた人々も、さまざまな悩みや苦しみを抱えながら生きてきた。それでもかすかに見える光を信じ今日を生きている。そんな人々の人生を一瞬のうちに断ち切った重大な犯罪、決して許されるものではない

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めっちゃ懐かしい

 まずはこれを見てください。30代以上の人にとってはとても懐かしい映像です。それにしても時の移ろいは非常に早いものです。

http://jp.youtube.com/watch?v=_4vKp3BGecs

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あなたが生まれたのはどんな年ですか?

 私は1972年(昭和47年)に生まれました。国内ではこの年は高度経済成長期の末期、日本は急激な経済成長に伴う繁栄に酔いしれていた。1月には札幌でアジアではじめての冬季オリンピックが行われた。田中角栄総理の「日本列島改造論」で、全国に新幹線と高速道路を整備するという、今では考えられない景気の良い話が政治家の口から出ていた。繁栄の一方で、水俣病や四日市ぜんそくなどの公害が深刻になっていた。1960年代後半から活発になっていた学生運動は、徐々に支持を失い孤立化、過激化していき、この年の2月にはあさま山荘事件がおき、14人の同士を殺害した凄惨な連合赤軍事件が発覚する。
 長らく国交が無かった日本と中国であるが、田中角栄と周恩来が北京で会談し、日中共同宣言を発表し、国交が正常化した。一方、台湾の中華民国との国交は断絶することとなった。その記念の意味合いもあるのだろうが、上野動物園にパンダが贈られ、日本中にパンダブームが起こった。
 第二次世界大戦修了以降アメリカの施政下にあった沖縄が日本に復帰し、沖縄県が発足した。その後も沖縄には多くの米軍基地が残っている。

 この年の流行語は
「お客様は神様です」(三波春夫)
「ナウ」「ナウな」…もはや死語ですね
「恥ずかしながら」(横井庄一)・・・終戦後27年、グアムから生還しました

この年の文化
漫画
 「キャプテン」(ちばあきお)、「ドカベン」(水島新司)、「ベルサイユのばら」(池田理代子)
    「キャプテン」はとくに好きな作品です!
ベストセラー
 「恍惚の人」(有吉佐和子)、「坂の上の雲」(司馬遼太郎)、「二十歳の原点」(高野悦子)、「日本列島改造論」(田中角栄)
    「二十歳の原点」については別の機会に取り上げたいと思います。
テレビ
 「太陽にほえろ」・・・The刑事物ですね
音楽
 「結婚しようよ」(吉田拓郎)
 「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)
 「学生街の喫茶店」(ガロ)
 「どうにもとまらない」(山本リンダ)
この年生まれの人物
 平井堅(シンガーソングライター)
 新庄剛志(元野球選手)
 稲森いずみ(女優)
 木村拓也(野球選手とSMAP)
 貴乃花光司(元横綱、現在親方)
 ペ・ヨンジュン(俳優)
 堀江貴文(元ライブドア社長)
 高橋尚子(マラソン選手)

 歳を聞かれたら、「ヨン様と同じ」と答えるようにしています。

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携帯機種変更

 およそ2年半ぶりに携帯の機種変更をした。これまで使っていた機種がかなり電池が消耗してきたので、そろそろ新しいのが欲しいかなと思っていた。今回の機種選びの条件は、①シンプルなデザイン、②国際ローミング(海外でもそのまま使える)、③パソコン用のサイトをそのまま見れるの3点。ワンセグは、あればあるにこしたことはないが、無くてもかまわないので、とくに条件に入れなかった。ショップで条件に合う機種を探してもらい、なかなか気に入った機種に出会うことができた。シンプルながらなかなかスタイリッシュ。必要十分な機能がついていて、おまけに安い!(ワンセグ無しはお徳です!)結局、情報収集ということを考えるとテレビよりウエブサイトのほうが公立が言いのですよね。これから使いこなせるように色々いじってみようと思う。

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春眠

 今週はとくに疲れが溜まり、家に帰って夕食をとるとそのままソファーの上に転がっていつの間にか寝てしまうと言う毎日だった。目が覚めたら午前2時、蛍光灯は付けっぱなし、テレビも誰が見るわけでもなく延々と番組を映し続け、PCも電源が入ったまま放り出されていると言うありさま。ひどい日には換気のために窓を開けたまま寝入ってしまって、夢の中で恐ろしい寒気に襲われ目が覚めたこともあった。今日は久しぶりにブログを更新する余裕があるので書きました。コメントをいただいたまま放置していた「体当たり!腕が」さん、申し訳ありませんでした。それからマイミクシィの方々、申しわけありませんでした。

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Fw:力士の方必見

Fw:力士の方必見
散歩をしている時に面白い名前の踏切を見つけました。その名も「関脇踏切」。関脇踏切を越える→関脇をこえる→横綱・大関になるということで力士の方には縁起のいい踏切だと思います。場所は東北新幹線郡山駅から磐越西線普通列車で関都駅下車。

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雨の休日に

 今日は朝から雨、しかも時折強く降り続いていた。昼過ぎに用事を終えるとしばらく時間が空いたので、用事も無いのに電車に乗って50キロほど離れた町まで往復してきた。雨で出かけるのを見合わせた人が多いのだろう。電車は無残なほど空いていた。増水した川や冠水した道路を見ているうちに電車は原付ほどの低速運転になり遅れ始めた。徐行運転する電車からの車窓は不思議な光景だった。目的地についてもとくに用事があるわけでもないが、雨のため眠っているように静かな町を歩くと、同じ県内にもかかわらずとても遠くまで来たような不思議な気持ちになった。ラーメン屋さんを見つけてよく言えば淡白な、悪く言えば味の足りない味噌ラーメンを食べた。帰りの電車はだいぶ遅れたが、その間に電車を待つおじいさんからその町の昔のことを色々聞きだした。帰りの電車の中ではほとんど眠っていた。目が覚めたらもうすぐ降りる駅の直前だった。
 しばらく家の中でゴロゴロしていた休日を過ごしていたから、こんなぱっとしない外出でもなかなか楽しかった。車窓から見る新緑はとてもきれいだった。

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いつのまにか

 私は3月に上旬から突然出不精になってしまった。花粉症のせいもあるし、年度末と年度始めの多忙で疲れていたこともある。中には家から1歩も出ずに終わった日もあった。普段の私は家の中にじっとしていることが大嫌いで、休日は遊びまわっているから別人になったような変貌ぶりだ。今日は、職場に持っていかなければならないものを買いに行く用事があったので、昼過ぎに家を出た。
 近くのバス停から路線バスに乗る。駅前方面に出るときには、バスで出かけることが多い。地方都市とはいえ、駅周辺は駐車場が有料であることが多いし、バスなら居眠りをすることも、メールを打つことも、帰りにビールを一杯飲むこともできるからだ。それ以上に、私は郊外型のショッピングセンターがあまり好きではない。車で乗り付けて買い物をして車に乗って帰るだけで便利ではあるがあまりにも素気ないからだ。駅前に活気がなくなりつつあるとは言うものの、町歩きの楽しさはあるし、個性的な店もある。
 バスの車窓を眺めていると、いつのまにか桜が満開近くになっていた。このところ平日は自宅と職場の単振動、休日は自宅に閉じこもりがちで桜が咲いたことさえ気付かなかった。このまま駅前まで行ったのではもったいない。駅のだいぶ手前だが、バスを降りて、公園やお寺の桜を見て回った。桜の花、やっぱりいいです。満開もいいけれど、少しだけつぼみを残した桜もよい。1時間ほど桜を見ながら歩き回った。いつの間にか春の盛になっていた。そして私にも毎年恒例の閉じこもりの季節を抜け出したのかもしれない。帰りにはコーヒー豆やお菓子など少し多めに買い物をして帰った。

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小さな幸せがやってきた

 私は普段ならたとえ休日でも、目覚まし時計波の正確さで5時40分きっかりに目が覚める。ところが今日はお昼近くまで布団にくるまってごろごろしていた。今週はとても忙しかったし、春は花粉症の症状が出るし、気分がどうも乗らないので苦手な季節だ。
 そんな風に気だるい午後を過ごしていたら、不意に携帯電話の着メロがなった。サブディスプレイに出てきた電話番号は見慣れない番号、けだるいし無視しようかとも思ったけれど、3秒迷ってやっぱり出ることにした。電話に出てみたら、聞いたことのある声、え~と誰だったかな。記憶のアドレス帳をめくる。あった、あった、「○○ちゃんだよね」と私。「はい」という元気な声が返ってきた。そうそう、かつての生徒からの電話だった。卒業のときに電話番号を教えたけれど、まさか本当にかけてくるとは思わなかった。10分ほど話をしたけれど、新しい居場所で一生懸命頑張っていることが伝わってきた。そのことがかつての担任としては何より嬉しかった。たぶん何もできなかった担任だけど、生徒はしっかりと根を張り、枝を伸ばし、成長して頑張っている。なんだかどんよりとしていた私の心の中の空まで快晴になるような楽しい時間だった。

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新学期

 桜のつぼみもだいぶ膨らんで、ようやく福島にも春がやってきました。私の教室も、がらんとしていてなんとなく寒々しかったのが、新学期が始まって花が咲いたようです。私の学級は、いよいよ中学3年生、5月末には修学旅行もありますし、大忙しです。いよいよ本格的に走り出さなければなりません。とはいえ、私は考え込んでいるよりも走っているほうが好きなので、会議つづきの日々よりも授業をしているほうが好きです。

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誕生日

 昨日は私の誕生日でした。早いもので36歳になりました。アフリカのジンバブエでは平均寿命が36歳、そろそろお迎えが来てもおかしくない年齢になりました。どうあがいても若さでは勝負できないし、60台、70台の人のように豊富な人生経験を持っているわけではない。いずれにせよ中途半端な年代だが、あせらず、自分らしく生きていこうと思います。誕生日にメールを下さった方、本当にありがとうございました。

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なごり雪

 今朝目が覚めると雪が降っていた。かなり大粒の湿り雪だった。かなりの勢いで雪が降っているのに、道路にも地面にもいっこうに雪は積もらない。もう気温が高いのだろう、たぶんこの冬最後の雪だろう。この雪を見ているうちにフォークソングの名曲「なごり雪」を思い出した。この歌が発表されたのが1974年、私はまだ2歳のときだからずいぶん古い歌である。卒業だろうか、離れ離れになってしまう男女の姿を春の淡雪に例えた歌である。私も別れだけなら何度と無く体験してきたな、友人の別れに立ち会ったこともあった。「なごり雪」のなかでは別れの場所は駅だったけれど、こちらの場合は空港だった。
 雪は昼前にはやみ、夕方には雪はすっかりなくなっていた。明日からは新年度、今度は出会いの季節。新しい世界に踏み出す人に心よりエールを送ります。

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彼岸

 2008年になったと思ったらもう彼岸。いつのまにか寒さも和らぎ、日中は暖かいと思えるようになってきた。今日は午前中に墓参を済ませ、昼過ぎに車に乗って帰り、あちこち立ち寄りながら戻り、午後6時過ぎに自宅に戻りビールを開けたら、まだ外はうっすらと明るい。それにしてもずいぶん日が長くなったものです。ビールはもちろんうまかったけれど、まだ外が明るい時間に飲むビールは少しだけ背徳的な味がしました。

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ぷは~っ!

 金曜日はそわそわしている。午後2時過ぎに授業が終わると、仕事と会議をこなし、できるだけ早く職場を後にする。家で飲むこともあれば、外に出て駅前の居酒屋で飲むこともある。心と身体は疲れているけれど、琥珀色の液体が疲れた心と身体を優しくもみほぐしてくれる。最初の1杯目の「ぷは~っ」は私にとって最高の時間だ。
 ここまで読んでも「なんのこっちゃ?」と思う方もいらっしゃると思うので、簡単に説明をします。金曜の夜は、私が週に一度お酒を飲む日。生徒達もこのことを知っていて、金曜日は朝から「今日はビールの日ですね」などと言っている。
 一度だけ思いっきりぜいたくな「ぷは~っ」をしたことがある。全日空の「超割」を使って、福島空港から新千歳空港までの格安のチケットを入手したときには、仕事が終わったらクルマで福島空港に乗り付けて、福島発新千歳行きの最終便(といっても1日2便しかありません)に乗り、新千歳空港からJRで札幌に出て、札幌でツブ貝やカキを肴に「ぷは~っ」をしたことがあった。こんなぜいたくはめったにできないが、また機会があったらやってみたい。

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サワッディー・カップ

 日曜の夕方、久しぶりにタイ式マッサージに行った。タイ出身の方のマッサージを受けながら、タイ語について少し教わってきた。台湾の次の海外旅行先にタイを考えているため、簡単な言葉は教わっておこうという魂胆である。
 まずは挨拶、これができないと人と会話するきっかけが得られない。こんにちははサワッディー・カップ(男性の場合)、サワッディー・カー(女性の場合)これは「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」いずれにも使える便利な言葉。サバーイディ・マイ、これは「お元気ですが」。サバーイディは「元気です」。「さようなら」はラー・コーン。なるほど、なるほど。問題は文字のほうで、タイの文字は私にとってあまりになじみが無いのでこれは難しそうだ。数字もタイの数字はアラビア数字とは異なるからこれは難問である。そんな調子なので、本当にタイの人と会話できるようになるのはいつのことやら。それにしても新しい言葉を覚えるのはなかなか難しいものです。

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大阪・京都・神戸 私の三都物語 ⑥

【5 平清盛の夢の跡(下) 12月29日】

 1180年、皇族の以仁王が発した令旨が全国の源氏の一族に向けて発せられた。これに呼応して、伊豆で源頼朝が、木曾で源義仲が挙兵する。これをきっかけに全盛を誇っていた平氏政権は一気に滅亡へ向かうことになる。翌1181年、平清盛は「葬儀などは無用。頼朝の首を我が墓前に供えよ」と遺言を残しこの世を去った。その後、源義仲に都を追われた安徳天皇と兵士はここ須磨に陣を敷いて再び都を取り戻そうとした。一方、京都の統治に失敗した源義仲は源義経との戦いに敗れた。1184年、源義経は一の谷に構える平家を駆逐しようと戦いを挑もうとしていた。

 須磨浦公園駅に戻り、駅のすぐ西側にある敦盛塚(清盛の甥、敦盛の墓)にお参りし、一の谷の古戦場址に向かう。この駅の東側が一の谷の古戦場の址だと言われている。それにしてもここは天然の要塞である。南には大阪湾、しかも潮の早い明石海峡はすぐそこである。北には先ほど登った険しい山、東西に細長い平地である。海での戦いは平家の得意分野であるし、北側の山は乗り越えるのが困難な険しさ、東西の細長い平地を警戒すればいいのだから、守りやすい地形である。今はその細長い平地に、海側からJR山陽本線、国道2号線、山陽電鉄船が並走している。その間に松林があり、そこに一の谷の古戦場がある。ここから急な九十九折の石段を登り、一段高い住宅地に出ると安徳天皇の安在所跡がある。背後は山、海からは急な坂、完璧なはずの立地である。しかし、まさかが起こった。義経達は急な崖を駆け下りて平家を攻め、平家側は大混乱に陥り、海へ逃れた。それにしても幼くして天皇にされ、8歳で壇ノ浦に沈んだ安徳天皇は政争の第一の被害者であろう。せめてもの救いは、かつての安在所が地域の人たちの手できれいに整備されていることか。

 須磨浦公園駅からの電車は、6両編成に乗客は私のみ。駅ごとに乗客を乗せていく。板宿駅で地下鉄山手・西神線に乗り換え、西神中央を往復してから、新長田でさらに地下鉄海岸線に乗り換え和田岬で降りる。すぐ近くにはJR和田岬駅があるが、日中は列車の発着が無く廃駅のようだ。工業高校の脇を通ると運河を橋で渡る。このあたりがかつて清盛が海洋国家を目指して作った大輪田の泊の址である。現在でも港湾地帯になっており、倉庫などの建物が多い。その一角に清盛塚がある。ここは、清盛を祭って作られたもので、小高く土盛りされたところに石でできた供養等と清盛の像がある。晩年の象なのだろうか、優しそうで福福しい僧侶の姿をした清盛である。この場所こそ、清盛にとっては、海外貿易を活発化させる夢を託した場所である。今はこうして神戸の町と港の行く末を見守っている。
 その後、三宮に出て、ポートライナーに乗り未来的な町並みのポートアイランドを走り神戸空港に出た。ポートライナーは東京のゆりかもめや大阪のニューとラムと同じように軌道をゴムタイヤで走行する鉄道の一種である。騒音が少なく、勾配に強いメリットがある私にとって空港は楽しいところである。まだまだ飛行機に乗ることが特別なイベントだからであろう。真新しいターミナルビルを歩き、飛行機を見ながらコーヒーをゆっくりと飲んだ。再びポートライナーに乗って三宮に戻り、現在の神戸港を見に行く。みなと元町で地下鉄を降りる。既に陽は西に傾いている。港には客船や貨物船などがたくさん並んでいた。だんだん暗くなっていく。海は刻々と色を変え、やがて漆黒の闇の海となった。それに代わって船や街の明かりが美しい。周りはカップルや夫婦ばかりだが、私は気にしない。暮れゆく港を見ながら空想上の平清盛に話しかけていた。私「清盛さん、どうですか今の神戸は。あなたが託した海への夢は、今のこの町でしっかりと花開いていますよ。現在の日本は世界中の国々と貿易をしています。しかもこの町は戦争で焼け野原になっても、大地震でたくさんの人が犠牲になっても、また立ち上がりまた立ち上がろうとしていますよ。人間って本当にたくましいですね。夢を持ち、懸命に働く人たちがいる限りこの町はきっと栄え続けますよね、きっとそうですよね、清盛さん」
 空想上の平清盛が微笑んだような気がする。気がつけば周りには誰もいない。身体がすっかり冷えてしまった。ここから南京町は近い。紹興酒でも飲んで身体を温め、美味しい料理でも食べようと思う。まだ午後6時、夜はこれから長い。

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どうせなら踊ってみましょう

 今日は聖バレンタインデー。日本では、女性から男性に愛、あるいは義理、場合によってはお情けを込めてチョコレートを贈る日となっていますが、意外とその起源は知られていないですよね。
 ローマ帝国の時代、2月14日は家庭と結婚の女神ユノの祝日でした。そして、同じローマ帝国の時代、兵士の婚姻を禁止した。愛する人を残しては戦場で命を惜しんで志気が下がると考えたからだろうか。しかし、キリスト教司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は秘密に兵士を結婚させた。彼が処刑されてのガ同じ2月14日。
 ちなみに、ヨーロッパでは贈り物をするのは女性からとは限らず、贈るものもチョコレートだけではなく、花やカード、ケーキを贈る場合があるそうです。
 ちなみにヨーロッパには3月14日のホワイトデーの習慣がありません。韓国にはホワイトデーがありますが、更に4月14日に、バレンタインデーでもホワイトデーでも何ももらえない男女が集まってジャジャ麺を食べるブラックデーというものもあるそうです。
 日本のバレンタインデーはお菓子屋さんの陰謀などとも言われますが、せっかくなので、年中行事として楽しんでみるのも言いかと思います。今年の私は義理が2つ、これでは本等のぎりぎりセーフだ。

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携帯電話騒動

 昨日、両親が携帯電話を購入したいというので、携帯電話のお店まで付き添って行った。父は以前携帯電話を保有していたことがあったが、ほとんど活用することは無く解約、母は生まれて始めての携帯電話保有である。2006年3月現在の携帯電話普及率(世帯別・総理府調査)では86.8%だから、ずいぶん遅い。そういう私も携帯電話購入は1999年7月、この時点での普及率は70パーセント近くだからやっぱり遅い部類に入ることになる。母はともかく、父は料金プランなどについて店員の説明が良く理解できなかった様子。それでも、初老に差し掛かった両親が嬉々として機種を選んで、なんと同じ機種の色違いで購入しようとしているのには驚いた。(結局在庫が無く違う機種になったが)
 家に帰ると、電話帳に良く使う番号を登録し、携帯電話操作法講座を開く。まずは電源の入れ方からの講習になる。今日は電源の入れ方、切り方。電話帳からのかけ方、電話帳に無い人へのかけ方、電話の受け方、マナーモードの設定・解除の仕方を教えた。その後であるは、私の両親は夜まで電話機を弄り回し、バッテリー切れで使用不能になってしまったそうだ。そう言えば充電の仕方を教えてなかった。

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謹賀新年

新年あけましておめでとうございます!皆様はどのような新年を迎えられたのでしょうか。私は久しぶりに自宅で新年を迎えました。大晦日に雪がたくさん降って銀世界でした。雪を踏み締めながら近くの神社まで初詣でに行ってきました。私の家族、親族、友人、このブログを読んでくださっている皆様の健康をお願いしてきました。皆様どうぞ今年もこのブログをよろしくお願いします。

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台北からのクリスマスプレゼント

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 私にはペンフレンドがいる。フレンドと言ってもずいぶん歳が離れていて、すでに90歳のおじいさんである。2年前の台湾旅行のとき桃園駅前のバスターミナルで日本に帰国するために桃園(当時は中正)国際空港行きのバスを待っているときに少しだけ話をしただけであるが、その後手紙のやり取りが続き去年の12月に台湾を再訪した時にはご自宅にお邪魔させていただいたり、九分や基隆を案内していただいた。既に高齢であるが足腰も丈夫で、すこぶるお元気な様子であった。帰り際には台湾の烏龍茶や茶器までいただいて恐縮しました。そして、昨日家に帰ったら国際郵便で写真のようなカードが届いていました。少し早いですが私にとって何よりも嬉しいクリスマスプレゼントになりました。

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ちょっと元気になる話

 今日の午前中友人の家に行ってきた。7月に女の子が生まれ、一度赤ちゃんの顔を見に行きたいと思っていたが、なかなか都合が会わず今日まで延びていた。小春日和の今日、友人宅に行ってみた。1年半くらい行ってなかっただろうか、お兄ちゃんは身体も大きくなり、以前より見違えるくらい立派な男の子になっていた。もう4歳ということで絵もずいぶん立派なものを描いていた。そして赤ちゃんは既に5ヶ月、もう少しではいはい知ろうということで発育も順調、健康な赤ちゃんでした。私も抱かせてもらいましたが、少し怖がらせてしまったようでした。なによりよかったのが、家族が支えあってとてもいい雰囲気をかもし出していたこと。これからもどうぞ末永く家族仲良く、お幸せに。私も元気をもらいました。どうもありがとう。

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こりゃいい

 日曜の夕方、タイ式マッサージに行ってきた。自宅から程近い住宅街の一角、普通の民家の中に溶け込んでいて一目ではわからないところにあった。
 私は昔から肩こりがひどかった。とくにストレスが溜まってくると肩も首もガチガチに凝ってしまうことが多かった。このところかなりひどくなっていたので、職場の人に相談してみたらここを紹介してもらった。
 マッサージをしてくれるのはタイからやってきた方、足の裏から始まって、足、腕、腰、肩など、先日80歳の誕生日を迎えられたプミポン国王の視線を感じながら(要するに壁にタイの国王であるプミポン国王の写真が載ったカレンダーが貼ってあるのです)さすがに肩は1回だけではあまり代わりませんでしたが、足は軽いのなんの、南野陽子。バンコクまで歩いていけそうなくらい絶好調になりました。(日本は島国なので、バンコクまで歩いていこうとしたら東シナ海で溺れます。良い子はやらないでくださいね)タイ式マッサージ、侮りがたし、またやってみようと思います。

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年末に

 いよいよ師走、皆様も慌しい年の瀬を迎えられていることと思います。
 あなたはどんな時に年の瀬を感じますか。来年の手帳を買ったとき、遠くの山に雪が積もった時、クルマのタイヤ交換をする時、色々あると思いますが、私の場合は来年のカレンダーを買ったときに一番年の瀬を感じます。私が買ったカレンダーは「星野富弘詩画集カレンダー」星野富弘の描いた花の絵に詩が付いているもので、優しいタッチの絵と詩が私の気持ちを和ませたり勇気付けてくれたりする。このカレンダーのすぐれている点は、カレンダーの部分と詩画の部分が別になっていて、詩画の部分だけは何年も保管しておくことができることである。1年分に詩画の入った紙が6枚付いているが、私は過去数年分の中からお気に入りのものを組み合わせて、毎月その月にあった花の詩画が見られるようにしている。もろん残った詩画は捨ててしまうわけではなく、部屋の中に飾っておくようにしている。この作業が年の瀬の私の大きな楽しみになっている。来年はどんな組み合わせにしようかな。

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絶句

 今晩給油のためにガソリンスタンドに行った。12月からガソリンがまた高くなるということはわかっていたが、私の想像を超えた値段に上がっていた。ハイオクガソリン1リットル164円・・・まじかよこれは。50リットル少々給油で8000円オーバー。1回の給油で8000円を越えたのは生まれて初めてです。昔は4000円くらいうだったことが夢のようです。問題はガソリンにとどまらず、暖房や給湯用の灯油、炊事でもよく使われるプロパンガス。合成ゴム、ビニール、ポリエステル、ウレタン等の石油製品は生活のあらゆる場面で使われていますね。私が社会科の授業でつかている地理の教科書に、「もしも石油製品が無くなったら」というコラムがありますが、現代の私達の生活は石油製品無しでは成り立たなくなっています。今後どこまで影響が広がるのか心配です。とりあえず私はできるだけ車に乗るのをやめて、路線バスや鉄道をもっと使うようにします。

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ボランティア

 先日、久しぶりにボランティアをした。まぁボランティアといっても半分仕事のようなものだったが。市内のホテルで行われた研究大会で託児ボランティアをした。託児と言っても年齢は広く3歳から24歳まで幅広かった。今回は障害児・者へのリハビリテーションも含まれている学会なので、養護学校の在学中の生徒や既に卒業した生徒もいた。ボランティアのほうは私のような現役の教員から、障害をもつ人とかかわるのが始めての学生さんまでいた。朝から午後6時までの長い時間であったが、ビデオを見たりホテル内を散歩したりしているうちにあっという間に時間が過ぎた。前の勤務校の生徒とは最近の学校の様子について話を聞いた。はじめて会ったある人とは一緒に「ととろのさんぽ」やら「ソーラン節」をノリノリで歌った。以前の同僚もボランティアとして来ていて、元気そうで安堵した。障害をもつ人とかかわるのが始めての学生さははじめは表情も動きもぎこちなかったが、得意の折り紙や歌を生かしてもらって、いつの間にかすっかり人気者になっていた。気がついたらあっという間に夜、さすがに疲れたけれどこんな休日の過ごし方もなかなかいいものだ。

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かかってこい!

 私のところに架空請求のメールが来ました。

『この度、(株)○○総合情報サイトをご利用頂き、ありがとうございます。
ご利用にあたり、無料期間中に登録/利用された後、退会処理がとられていないため、
無料期間終了後に発生した料金が未払いとなっており、
その料金が、上限金額に達した為、ご精算して頂きたくご連絡させて頂きました。
請求金額、送金手続き方法等、詳細確認については下記連絡先までご連絡下さい。(後略)』

 ふ~ん、なんだいこれは。○○などというサイトなど利用した覚えはないし、私はウエブサイトを利用するとき課金されるかどうかチェックしながら使用しているのだけどね。それに、この会社の連絡先に電話番号が書いてあるものの住所は書かれていないし、どんなサービスを利用していくら請求するのかも書かれていない。彼らの狙いは一つ、このメールを見た人が不安に駆られて連絡することを待っている。連絡が来たら待ってましたとばかり、お金が入るまでしつこく請求を続ける。というわけで、このようなメールが来た方は、絶対に彼らに連絡をしてはいけません、わざわざ詐欺師に自分の連絡先を教える必要はありません。このメールには「強制執行の対象になります」などとありますが、利用していないサービスにお金を払うことはありません。それにしてもこんなセコイ詐欺をする輩がまだいるのだと思うと情けない思いです。かかって来い詐欺師ども。

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親友への手紙

前略 君が結婚すると聞いて本当に嬉しいです。最近の様子からもしやと思っていましたが、改めて聞かされるとはじめは驚きのほうが大きかったです。思えば君と出会ってから既に19年、高校1年のころは正直とっつきにくいやtだと思いましたが、噛めば噛むほど味が出てくるというか、いつの間にか親友と呼べる存在になっていました。高校を卒業して進学した学校は違えど、同じ仙台市内で、よく遊びに行き来してましたね。その頃は携帯電話など無かったですし、留守番電話も二人とも持っていなかったので、葉書で連絡を取り合っていました。そのうちに、君が海外生活をすると聞いたときには本当に驚きました。その頃から私は必死に君の背中を追い続けたのかもしれません。
 君と私は同じ時期に社会人としてデビューし、仕事での悩みや愚痴をぶつけ合ったことがたくさんありました。一緒に飯を食べ、食後にクルマを走らせながらそんな話を取りとめも無くしたことは私にとって無上の楽しい時間でした。私が離婚、鬱病・パニック障害発症と危機続きの時に私一番を勇気付けてくれたのは君であった。君の友を思う気持ちに偽りはなかった。
 そして君は人生の大きな舞台に立つ。35年目の大きな転機になるだろう。君の優しさ、誠実さ、豊富な人生経験でどうぞ温かい家庭を築いてほしいと思う。親友として君と君の奥さんに心からお祝いの言葉を送ります。「ご結婚おめでとうございます。どうぞ末永くお幸せにお過ごしください」   草々

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鉄道博物館

 先週の金曜日、行事の代休で職場が休みだったので、来年度の修学旅行の実地踏査も兼ねて埼玉県さいたま市にオープンしたばかりの鉄道博物館に行った。
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 平日にもかかわらずすごい賑わいでした。鉄道ファンよりも親子連れや中高年の方のグループの方が多かったです。最大の目玉は明治5年(1872年)の新橋~横浜間の鉄道開業から昭和40年代までの各時代を代表する車両が現役当時の姿のまま展示されている「ヒストリーゾーン」です。鉄道開業時にイギリスから輸入された1号機関車、北海道の鉄道開業時に使用された弁慶号、日本初の電気機関車ED40、鉄道ファンから「貴婦人」と呼ばれた美しい蒸気機関車C57、特急「富士」の最後部に連結された豪華な1等展望車などの歴史的な車両。最近の車両としては初代ブルートレインの20系、東北本線などで特急列車として活躍した485系、初代東北新幹線の200系なども展示されている。一部の車両は車内に入って当時の旅を懐かしむこともできる。
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 この機関車は1号機関車として、新橋~横浜間開業時にイギリスから輸入された機関車のうちの1両です。後に神戸、名古屋地区を経て、長崎県の島原鉄道で1930年まで合計53年間も使用された。後に交通博物館展示されて、交通博物館の閉鎖にともない鉄道博物館に移った。阿川弘之の絵本「機関車やえもん」のモデルはこの機関車だと言われる。私のハンドルネームの「やえもん」はこの絵本からいただいた名前なので、おじいちゃんに会いに来たようなものである。おじいちゃんは135歳になって小ぶりなボディを艶やかに磨き上げられて誇らしげに座っていた。
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 その他にも、「ラーニングゾーン」では、車両工場で台車の組み立てや、みどりの窓口などの駅の仕事、車掌の仕事が体験できたり、パンタグラフや車輪など電車の原理や、ATS、ATCなど安全を確保するしくみについて学ぶことができる。他にもコレクションゾーンでは鉄道ジオラマを見たり、ヘッドマークなどのコレクションを見たりすることができる。屋外のパークゾーンではミニ列車の運転ができたり、現在常磐線などで最後の活躍をしている455系電車の車内で休憩することができる。今回、鉄道博物館を見て、子供達の活き活きとした姿がとくに印象に残った。鉄道がいつまでも子供達に夢を与える存在であることを願ってこの博物館を後にした。

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夢想してみる

ガソリンの値上がりがテレビニュースで大々的に取り上げられている。地域によってはレギュラーガソリン1リットル160円に達しようとしているらしい。クルマに乗る者としては頭の痛い問題だが、影響はもっともっと大きくなるだろう。日本を含む北半球は間もなく冬になる。日本では灯油を暖房に使うことが一般的だからこれから家計を直撃するだろう。他に、プロパンガスも値上げが懸念される。航空料金に加算されるサーチャージも値上げになったようだし、石油は樹脂や薬品の工業原料として広く用いられているから、あらゆる物価への影響が出るだろう。
世界中の人が生活の向上を目指し、一層石油に依存する生活を送る、結果石油は今後も高止まりするだろう。石油資源のほとんどない日本は石油価格に翻弄され続けるだろう。日本のどこかに未発見の油田はないだろいか?そんなことを夢想してみる。

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あなたの「今年の新語・流行語」

 今年も残すところ2ヶ月、今年もたくさんの新語・流行語が誕生しました。既に忘れかけられている言葉もありますが、このまま定着するかも知れない言葉もありますね。あなたはどんな新語・流行語が記憶に残っていますか?

 まずは私から
① 「どんだけ~」
 新しい感嘆詞として定着しつつありますね。
② 「KY(空気読めない)」
 日本人らしい言葉、日本人は言葉で伝えるよりも空気で伝えあうことを好みますよね
③ 「赤ちゃんポスト」
 定着してほしいようなほしくないような。しかし「親である」ことをリタイアできることで不幸な子供が減るのであれば止むを得ないのかもしれないです
④ 「ビリーズブートキャンプ」
 今年入隊した人多かったと思います。
⑤ 「鈍感力」
 これは生きるうえで本当に大事なことだと思います。

 あなたにとっての新語・流行語もぜひ教えてください。

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真夜中のチルドレン

 スーパーマーケットの閉店直前はいろんなものが安くなっていて非常にお買い得である。私の家から自転車で行ける範囲に2軒のスーパーマーケットがあるので、気分転換を兼ねて自転車に乗って出かけることがある。また、夜中にDVDを借りに行ったり、コンビニに行くことも月に1度くらいはある。私も以前に比べるとずいぶん宵っぱりになったものである。
 そんな私がこんな書くことはおこがましいかもしれないが、最近気になることがある。21時、22時、場合によっては23時くらいになっても小学生、あるいは未就学の子供が親に連れられて外出していることである。私が子供の頃は、21時くらいになると寝かせられたものである。23時くらいまで起きていることが許されるようになったのは高校受験の頃になってやっとである。実際、昼間体を動かしていれば疲れてそのくらいには自然と眠くなるものであった。私の頭が固すぎるのかもしれないが、身体も脳も成長する子供がそんな時間まで起きていて本当にいいのだろうか?生活のリズムを形成する上で本当にいいのだろうか?子供がいない私がそんなことを言うのはおこがましいかもしれないが心配になる。

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紅葉の渓谷

 猛暑だ、猛暑だといっていた先月までとうってかわり、10月になると朝晩は寒さを感じるようになってっきた。山はすっかり色づき始め、私も紅葉を見に山に入って言った。今日は日曜日と言うこともあって山に入る人は多かった。1700メートルもある山の中腹で、風が強かった。昨日まで雨が降っていたので道はぬかるみ、足元に神経を集中しながら歩く。緑の葉の中に赤や黄色の葉が混じり美しかった。山全体が燃えるようになるのももちろん美しいが今日のように色合いのコントラストを楽しむのもいい。一時間ほど山を歩いたらお腹が空いてきたので、クルマに戻り、家から持ってきたおにぎりで昼食にする。食後はクルマの助手席のシートをリクライニングして本を読む。こんな休日の過ごし方もなかなかいいと思う。

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私の三連休(下)

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翌日、雨が降っていた。私達は仙台市の北隣の利府町に梨狩りにいこうと思っていたが、この天気ではどうしようもない。その代わりにどこかに行こうという話しになり、結局石巻市にあるサンファン館に行くことになった。友人2人と私の3人で出発し、利府から三陸道に乗った。三陸道に乗れば石巻まではあっという間である。市街地の東にある牧山をトンネルで抜け、牡蠣の養殖が盛んな万石浦の入り口を短い橋で渡ると間もなくサンファン館がある。ここには、戦国時代を生き延び欧州の覇者になった伊達政宗が大いなる野望を抱き、慶長遣欧使節として支倉常長(1571~1622)を乗せたサン・ファン・バイティスタ号が復元され、展示されている。
 政宗の野望とは、まだ体制が固まっていない江戸幕府に代わり天下を取ろうとしたものだ。そのためにスペインと貿易関係を結び、そこから得られる利益を天下取りの為の資金にしようと考えた。そのためにスペイン人宣教師ソテロと支倉常長を使節として派遣した。困難な航海を経て常長たち一行はメキシコのアカプルコを経てスペインに着いた。しかし、この頃から幕府によるキリスト教の禁教が本格化したこともあり、交渉はうまくいかなかった。状況を打開するためにローマ法王パウルス5世に謁見したが、うまくいかなかった。1620年目的を果たせず帰国し、間もなく失意のうちに常長は死んだ。
 復元されたサン・ファン・バウティスタ号は、内部にわたるまで精密に再現されていた。日本初の西洋式帆船であったが、細かい装飾に和風の意匠が見られた。このタイプの船(ガレオン船)は、それまでの帆船に比べると大幅に性能がよくなったとはいえ、太平洋横断には大きな危険が伴っただろう。居住性だって個室を与えられたのは船長とソテロ、常長のみ。残りの180名の一行のほとんどが雑魚寝で乗り組んだ。缶詰や冷蔵庫のような便利なものはない、硬いビスケットや干物ばかりの食事、水だってすぐに腐ってしまうだろう。幸い、この時代の航海の大きな問題だったビタミンCの不足による壊血病は、仙台味噌を持ち込むことによることで解決したことは幸運だった。
 それにしても、帆船は美しい。高くそびえるマスト、船体が全体として弓なりにそり、いかにも船足が速そうだ。こんな船に乗って旅をして見たいなと思った。
 結局、慶長遣欧使節団の派遣は失敗に終わったが、実は小さな種を残した。数人の日本人がスペインに残り、その子孫がハポンさんとして、スペインの大地に根を下ろし、今ではスペイン全土に1000人以上のハポンさんがいるのだという。中には、1996年にミス・スペイン選ばれたハポンさんもいるという。ちなみに、ハポンとはスペインで日本を意味する。サムライの子孫は、スペイン社会の中で一定の地位を築いているようだ。天国の常長も、微笑んでいるのかもしれない。
 私達は、サン・ファン・バウティスタ号の形をしたパズルをしたり、ウニご飯をいただいたりして楽しく過ごしたが、じつは常長の旅の様子を再現した映画を上映したシアターではひそかに涙を流していたことは友人2人には内緒である。決してそのシアターが揺れたからではない。

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私の三連休(上)

 私は三連休、学生時代の友人に久しぶりに会ってきました。今回は友人宅に泊めてもらい、同じ市内に住む別の友人も来てくれました。不思議なもので、久しぶりにあってもすぐに学生時代に戻ったような懐かしい気持ちになれます。卒業から10年以上がたち、それぞれが別の地域に住み、別の仕事をしているのに、それでもどこかで根っこがつながっているような気がします。

 夜はお酒を買い込んで、懐かしい部屋のみです(もっとも、私が圧倒的に飲兵衛でしたが)飲みながら、今日来ていない友人に電話したり、その友人の過去の悪行を暴露しあったり、夜が更けるまで楽しく過ごしました。

 こうやって会える距離にいいる友人はもちろん、会えない友人も、どこかの空の下できっと、元気にすごしていることと思います。職場ではひょっとしたら中間管理職くらいになっている人もいるかもしれない、家庭ではよき父母になっているかもしれない、ひょっとしたら両親の介護に奮闘している人もいるかもしれない。会える友人も、会えない友人も、全ての友人の健康を祈っています。そしていつかは元気な姿に合えることを願っています。

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へとへとの金曜日

 学校にとって2学期は最もハードな学期です。単に期間が長いだけでなく、文化祭、遠足、運動会、研究会など、たくさんの行事が集中するので、その準備や後片付けに追われるからです。私も楽団を招いてのミニコンサートと宿泊体験学習が終わったと思ったら学習旅行の準備に終われる毎日です。今年の異常な気候とあいまって、とくに今週は夕食を済ませると電気とPCを(ひどい日にはテレビをつけたまま)バタンキューの毎日です。しばらくブログの更新も滞っていました。今日はやっと1週間の仕事を終えて、金曜日の楽しみであるビールを飲んでほっと一息ついたところです。身体は疲れているけれど、仕事を成し遂げた満足感で気分は最高です。この週に一度のビール、最近は私の学級の生徒もすっかりネタにして、金曜の朝になると「先生、今日はビールの日ですね」などと言ったり、月曜の朝、それぞれの週末を発表しあうときには「先生、金曜の夜は?」と聞いてきます。私は「決まっているだろう」というと、生徒は「ビールでしょう」と言います。そんな彼らが成人したら一緒にビールを飲んだらきっと楽しいだろうな。そんなことを考えました。金曜の夜は私にとって1週間の中で最も幸せな時間です。

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しあわせ感受力

 最近老人力とか鈍感力とか○○力という言葉が使われることがある。私は生きる上であれば役に立つ力を「しあわせ感受力」と名付けてみた。人生思い通りに行かないことが大半だろう。楽しいこと、嬉しいことよりも辛いこと、嫌なことが多いのが人生。だからこそ小さなことで幸せを感じることができる「しあわせ感受力」が大切になることがあるだろう。「今日は虹が見えたから」「今日はいつも挨拶をしてくれない△△君が珍しく挨拶をしてくれたから」「朝食の跡に飲んだお茶に茶柱が建ったから」なんでもいいから、ささいなことでもいいから幸せを感じられる力、これがあれば少しだけ人生が幸せなものになるかもしれない。今日、私が見つけた幸せは、久しぶりにデパートの地下にある食品売り場に行ったら輸入ビールの品揃えがよくなっていたこと。早速何本か買ってきました。今日は飲みません。楽しみは取っておきます。そんな夏の終わりの夕暮れ。

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近代日本の青春時代へ①

1 のぞみは南風に乗って(2007年8月7日)

 東京駅東海道新幹線ホーム、午前9時半、白いボディに青いラインを引いた新幹線車両がひっきりなしに発着している。スラントノーズの300系、カモノハシのくちばしのような先頭部を持つ700系、長い間丸いボンネットの0系一色だった東海道・山陽新幹線車両はここ20年ほどで急速な進歩を遂げた。最高速度も時速210キロメートルから300キロメートルに向上した。
 そんな東京駅にスターが舞い降りてきた。戦闘機のような尖った先頭部、飛行機のような円筒形の車体、一目見ただけで高性能を実感できるデザインである。1997年から東海道・山陽新幹線のスターとして「のぞみ号」に運用されてきた500系である。私にとって秋田新幹線「こまち号」のE3系と並びとても好きな車両である。
 発車10分前、品川方面から車両が回送されてくると子供だけでなく大人の視線も釘付けになる。 今回はすこし贅沢をしてグリーン車を予約した。ゴールドがかかったベージュのシートはシックでリッチな雰囲気でとてもよい。実際に座ってみるとクッションの柔らかさも適度で快適に過ごせそうだ。

 9時50分、「のぞみ17号」は静かに東京駅を出発した。品川、新横浜を過ぎるとスピードが上がる。女性の乗務員がおしぼりを持ってくる。さすがグリーン車である。三島を過ぎ、富士山が見えてくるはずだが、中腹より上は雲がかかっている。それにしてもグリーン車の車内は静かだ。唯一にぎやかなのは私の通路向かいに座っている海外から来たビジネスマンのグループだけである。静岡、掛川をあっという間に過ぎてしばらくうとうとしているうちに11時33分名古屋に着いた。
 名古屋を過ぎて織田信長が尾張国統一の時期まで過ごした清洲城が見えた。しばらく進むと田も広がるようになる。それにしても山が遠い、日本でこれだけ広い平野はあとは関東平野ぐらいだろうか。織田信長が天下統一をめざせたのは単に彼の頭脳だけではないと思う、この豊かな濃尾平野があったからこそできたのだろうと思う。大阪、新神戸を過ぎ、姫路を過ぎるといよいよ時速300キロメートル走行になる。夢のような新幹線の旅が終わり、13時13分岡山駅に着いた。

 岡山駅は猛烈な暑さだった。瀬戸大橋線のダイヤが乱れているようで、高松行きの快速列車がしばらく遅れるとの放送が入った。私は売店で昼食用の駅弁を買うと日陰に入って待つことにする。やがて快速列車より先に、私が乗る高知行きの特急「南風13号」が入ってきた。この車両は振り子式といい、カーブを曲がるとき車両を内側に傾けることでより高速に、乗り心地を悪化させずに通過できるようにした車両である。
 岡山を発車すると岡山の市街地を高架線で走る。私の隣にはおじさんが座っている。弁当を開けるのに黙って開けるのもはばかられたので一声かけてから弁当を開けた。それをきっかけとして色々話すようになった。これから高知に向かうそうで、沿線のことを色々教えてもらった。本州最後の児島駅を過ぎるとまもなく瀬戸大橋、上段をクルマが、下段を列車が走るため、桁があり、目がちかちかするがそれでもすごい眺めだ。午後の光を浴びて瀬戸内海はキラキラと光っている、そして行き交う船、瀬戸内海は海と言うより太い運河と言った風景だ。まもなく坂出の埋立地に入ると四国最初の停車駅である宇多津駅に着く。多度津から土讃線に入る。琴平では金毘羅宮のある山の上で稲妻が光った。琴平から山を越えると右側の車窓に小さな町が見えてくる。かつて「やまびこ打線」で高校野球界を席巻した池田高校のある三好市の池田である。池田からは四国三郎の別名を持つ吉野川が作る深い谷をさかのぼっていく。深い谷の上のほうまで人家や畑がある。生活するのに本当に大変そうなところである。おじさんに「本当に耕して天に至るですね」と話しかけると、おじさんも頷いていた。それにしても深い谷だ。列車は川が曲がるままにカーブを繰り返している。雨がだんだん激しくなってきた。高知県に入ると急勾配で山を下る。おじさんは私に桂浜の闘犬センターと土佐清水の竜串・見残しを見るといいよと教えてくれると後免で降りていった。ここからは高知平野を走る。台湾の花蓮周辺を思わせる明るいのどかな風景が続く。16時42分高知に着く。
 

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星と音楽の夕べ「沖縄の風~美ら海の歌」

 今日は私の住む市のプラネタリウムで午後7時から行われる「星と音楽の夕べ」に行った。8.9月の特集は「沖縄の風~美ら海の歌」でした。沖縄に行ったことはありませんが、kiroro、BEGINなど、私のすきなアーティストの出身地ですし、曲でいえば「さとうきび畑」「島唄」などの曲が沖縄をイメージさせます。
 今回は「涙そうそう」(夏川りみ)、「島人ぬ宝」(BIGIN)、「安里屋ユンタ」(より子)、「島唄」(TheBoom)などの曲が沖縄の星空と美しい風景の映像と共に流れた。波照間島では春には南十字星が見えるんだ。南半球まで行かなくても南天の代表的な星座が見えるんだ。今すぐ波照間島まで飛んでいきたくなった。
 より子については、この記事を書くためにプロフィールを調べて、はじめて知った名前です。

 40分間の沖縄の星空のたびが終わったら、駅前の居酒屋で一人酒。イカ刺しと目光(ヒメ科の深海魚、標準和名はアオメエソ。白身の魚で唐揚げやてんぷらなどで新鮮なものは刺身や寿司にしても抜群に美味しい)の唐揚げで一杯やりました。

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6200万人

 今日は62回目の終戦の日。1945年8月15日に昭和天皇がいわゆる玉音放送を通じて戦争の終結を国民に知らせた日である。(ただし、ソビエト連邦との戦闘は翌月まで続いた。この日を持って第二次世界大戦の大部分の戦闘が終結した。この戦争でかつてないほど多くの方が犠牲になった。統計によって差があるが、各国の軍人、市民の犠牲者は以下のとおりである。

 ソビエト連邦(軍人1300万・市民 700万)、中国(軍人350万・市民1000万)、ドイツ(軍人350万・市民 380万)、 ポーランド (軍人12万・市民 530万)、日本(軍人170万・市民 38万)、フランス(軍人25万・市民36万)、イギリス(軍人 45万・市民 6万)、アメリカ(軍人40万・市民6万)、イタリア(軍人33万・市民8万)
各国とも植民地等を含む イギリスにはカナダ、オーストラリア、ニュージーランド等の自治領を含む。

  全世界では 軍人2500万人、市民3700万人、合計6200万人が犠牲になったと言われている。あたなはこの数字を見て一体何を思いますか?

 

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ちょっと気分転換

 今日の福島もとても暑かったです。仕事を少し早く抜け出して避暑に行きました。職場周辺の気温は32度、ここから標高950メートルの山の中腹に向けてクルマを走らせた。山をぐんぐんと登ると気温がどんどん下がっていく。30度を切り、目的地の山の中腹では26度になった。クルマを降りて沢沿いに遊歩道を歩くと気持ちのよい涼しさである。既に夕方の気配が漂っており太陽は頂上の向こうに隠れている。30分ほど歩き、程よく体をうごかして疲れたのでシートを倒して眠る。目が覚めると夕陽が山の稜線を茜色に染めていた。そのまま暗くなるまで景色を眺めていた。眼科の町明かりがひとつ、またひとつつく。銀河旅行をしているような不思議な光景だ。
 短い持間ではあったが、いい景色を見ることができた。こんな小さな気分転換はなかなかいいものだ。

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選挙にGo!

 今日は参議院議員通常選挙です。有権者の皆様、棄権をせずあなたの意思を1票として示してください。さあ、これを読んだら投票所にgo!
 参議院議員選挙の投票の方法です。
 ①選挙区(定員73名)各都道府県に人口に応じて1~5名の定員が割り当てられます。私達は1名を選び候補者の氏名を記入します。
 ②比例代表区(定員48名)各政党の得票数の比率に応じて当選者の数が決まります。私達は各政党が提出した名簿を見て、政党名で投票するか候補者名で投票します。(両方書いた場合は無効になるおそれがあります)

 今回の選挙は、高齢化社会に向けて年金や社会福祉などの社会保障をどうするか、若者を中心に経済的な格差が広がっている現実をどうするか、国家財政をどのようにして立て直す加など、日本の国の行方と私たちの今後の生活を大きく占う大事な選挙です。意中の候補者や政党がなくても比較的近い考えの候補者や政党に投票しましょう。ちなみに、投票は午前7時から午後8時までです。例外もありますのでお住まいの自治体のホームページ等でご確認ください。(今回は市町村合併に伴い投票時間が早く終了する市町村があります)

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夏がやってきた

 今年は当初猛暑の予想だったが、蓋を開けてみれば今年の7月は今のところやや低温傾向だそうだ。梅雨明けもやや遅れていて、じめじめとした日が続いている。学校の中庭のキュウリも実をつけたのに低温と雨天で実がなかなか大きくならないで足踏み状態になっている。しかし、どうやら本物の夏はもうすぐやってきそうだ。昨日から夏の日差しとからっとした高温がやってきた。
 私は暑さに弱いが、それでもじめじめとした日が続くよりは夏らしいからっとした暑さのほうがいい。皆様暑中お見舞い申し上げます。そしてどうぞ夏を満喫してください。海に行くのもよし、山に行くのもよし、花火を見るのもよし、ビールを読むのもよし、皆様の夏の報告お待ちしています。

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旅はご近所にもあり

 今日、町中に買い物と図書館に本を借りに行った。ショッピングセンターの駐車場にクルマを止めて歩いて回ることにした。私が町中の出かける場合、すべてクルマで移動するのではなく、適度に徒歩も入れるようにしている。こうすることで普段見えないものが見えるのがとても楽しい。今日は、お寺と神社を巡ってきた。
 私が住んでいる町は、奥州街道(江戸日本橋~宇都宮~白河間の五街道の部分ではなく、白河~仙台~盛岡~三厩間の脇街道の部分)の宿場町として発達した町である。今では町中に宿場町の面影はないが、細い路地に入ると面白いものがたくさんある。立派なお寺と神社、私はお寺や神社を見るのが好きなのでしばらく見入った。お寺や神社の周辺は閑静な住宅地になって、大きなお屋敷もある。車で移動していては絶対に見ることのできない風景である(道幅も狭いし、よそ見していたらクルマが傷だらけになりそうな路地である)最後は、神社からかつての街道までの表参道を歩く。日本酒の種類のずいぶん豊富な居酒屋さんを見つける、これはぜひ行ってみたい。
 旅は日常性からの舵手つと考えると、案外近所にも非日常の部分が残っているのではないか。旅には出たいけどなかなか時間がないという方、あなたのご近所の通ったことのない道をあることいいと思います。きっとそこから小さな小さな旅が始まるかもしれません。

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台湾産パイナップル

 今日、市内の大型ショッピングセンターに買い物に行ったら、台湾産フルーツのフェアをやっていた。台湾はとても果物の美味しいところで、バナナ、ライチ、パパイヤ、マンゴー、パイナップル、ポンカン、グアバなどの熱帯~亜熱帯の果物、梨や桃、スイカ、イチゴなど日本と共通する果物、他にあまりなじみが無いものでは、レンブ(ワックスアップル)、スターフルーツなどの生産が盛んです。私も台湾に旅行した際にはこれらの果物を味わいました。とくにバナナは台湾産に限ると思っています。ねっとりとした果肉に豊かな香りと濃厚な甘み、台湾は他のバナナの産出国と違って経済発展の水準が先進国に近く価格競争力に欠けるのが欠点ですが(つまり高いということです)、品質は保証付きです。このショッピングセンターでは台湾産バナナを売っている確立が高いので、バナナが食べたくなったらここに行くようにしています。
 今日は台湾産フルーツのフェアと言うことで、バナナのほかにパパイヤ、マンゴー、パイナップルも売っていた。どれも美味しそうですが、その中からパイナップルを選んで買ってきました。小ぶりのパイナップルですが、切ってみると何とも言えないよい香り、そしてみずみずしく、酸味と甘みバランスのよい(私は甘すぎる果物は苦手です)果肉。小ぶりとはいえパイナップル、これから2・3日は楽しめそうです。

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空ってお茶目

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 夕方、クルマを走らせていると近所のおじさん・おばさん達が空に向かってデジタルカメラを構えていた。何だろうと主って空を見上げれば夕焼けの空にアンパンのような形の雲がくるくる回りながら浮かんでいた。あとで天気図を持て見ると、ちょうどこのくらいの時間に寒冷前線が私の住む町を通過していたようだ。寒冷前線上にできた小さな低気圧の中心だろうか、空はなかなかお茶目なことをしてくれるものである。

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現金なもので

 ここ1週間ほど、胃の周辺に軽い痛みがあったり、胃が張っているような感じがあったりして体調はいまひとつだった。胃が痛いからダイエットの千載一遇のはずなのだけど、空腹時に痛んで、軽く何か食べれば落ち着くから、結局ダイエットにはならない。そんな調子で本来なら家で身体を休めていなければならないのだろうが、私は家でじっとしているのが何より苦手な性分、今日も福島県内を走る磐越西線にSL列車が走るので、痛む胃をなだめすかして家を出た。駅までのバスに乗っているうちいつの間にか胃の痛みも落ち着いてきた。わたしはどうやら外出するとt来朝が絶好調になる体質のようで、これまでの不調がウソのようになる。

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 郡山駅のプラットフォームには親子連れ、鉄道ファンなどたくさんの人が本日の主役の登場を今か今かと待ち構えていた。やがて本日の主役、C57がやってきた。プラットフォーム上の人々の視線が一斉に注がれ、カメラのシャッターを切る音が一斉に鳴る。そんな中C57は静々とまるでスターの入場のように入ってくる。
 郡山駅を発車する。見慣れた景色だが、磐越西線の快速列車が1時間少々で走る郡山~会津若松間をこの列車は3時間近くかけて走る。それだけ景色がゆっくり流れる。私は窓枠に頬杖をついて流れゆく車窓を眺めている。なかなか爽快な気分だ。磐梯熱海を過ぎると中山峠の登りに差し掛かる、並行する国道49号線を走るクルマに抜かれながら、あくまでもマイペースで登っていく。トンネルにはいると、石炭の燃えた煙がかすかに車内に入ってくる。マイペースで走っているように見えても馬力の弱いSLにとっては必死に登っているのだ。やがて下りに差し掛かると生気を取り戻したように軽やかに走る。猪苗代で3割くらいのお客を下ろし、木造の重厚なプラットフォーム上屋がある磐梯町を過ぎると、会津盆地に向かって下っていく。私は終点の七日町まで乗った。ここは会津若松市の中心部や、野口英世青春通りに近い。私は11年ぶりに若松城を見て、デパートの地下で買い物をして夕方早めに自宅に戻った。自宅に戻るとまた胃痛がぶりかえしてきた。昼間の体調のよさは一体なんだったのだろう。

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暑い!

 ここ数日とても暑い。本来なら梅雨時で肌寒い日さえあるのが普通なのだが、とにかく暑い。私もばてている、生徒も伸びている。教室の外の畑のきゅうりの苗さえぐったりしている。早く本格的な梅雨が来てほしいと思っている。もっとも、梅雨になればこんどは晴天が恋しくなる。人間は何と贅沢なものだろう。

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本屋さん

 私は本を読むことが好きだ、ここ数年は山に登ったり、スノーボードをしたり、自転車に乗ったりとアウトドア志向が強くなってきたが、それまでは本屋さんに言ったり図書館に行ったりして本を読むことが私の休日の過ごし方だった。私が住んでいる町には駅前のアーケードに老舗の本屋さんがあって、専門書や教科書など、ステーションビルや郊外型の本屋さんではあまり扱っていない本もそろっていた。私が大学を卒業して、社会人生活の1年生をこの町で始めたときには、半年ほどクルマを持っていない時期があったので、(最初の1ヶ月は自転車すら持っていなかった、初任給で真っ先に買ったのが自転車である)郊外型の本屋さんにはたとえ行きたくても行けない状況だった。路線バスに乗って駅前に出て、図書館と本屋さんを回って、駅前で昼食を取って、さらに時間があれば駅前で買い物をしたり、近くの町まで電車に乗るのが典型的な休日の過ごし方だった。その後転勤でこの町を離れ、一昨年の春また転勤でこの町に戻ってきた。そのときには私は主にクルマを使うようになっていたから、駐車場が完備された郊外型の本屋さんに行くことが多くなっていたし、駅前も閉店する店が多く、なんとなく足が遠のいていた。そんなことで、その老舗の本屋さんもしばらくご無沙汰していた。先月、その本屋さんが閉店すると言う話を聞き、久しぶりに行ってみた。既に専門書のコーナーは品薄になっていた、それでも一般書や雑誌のコーナーはかつての賑わいの面影が残っていた。私は久しぶりにゆっくりと本を探した。この本屋さんは20日に閉店する。クルマ中心、ロードサイド店中心の世の中になり、駅前の昔からの店がまた1つ消えようとしている。時代の変化なのかもしれないが、町の顔が消えるようで味気ない思いがする。

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ひめさゆりの花

 今週は仕事がとくに忙しく、家に帰ってくるとバタンキュー寸前だった。家で片付けなっければいけない仕事もあったし、身体を休めようとも思っていたが、やはり外出好きの血は抑えきれず、喜多方市の熱塩にひめさゆりの花を見に行った。ひめさゆりは東北南部から新潟県にかけて咲くゆりの仲間で、ピンクの花の色が美しい花です。福島県では喜多方市や南会津町でひめさゆりの花を町おこしに活用しています。(ぜひひめさゆりの花をお見せしたかったのですが、デジタルカメラの調子が悪く申し訳ありません)ひめさゆりの花を見にたくさんの人が来ていました。よく見ると赤に近いピンクから色の薄いものまであるようです。ひめさゆりの花をしばらく楽しんだら、熱塩温泉に浸かりました、その名の通り高温の塩化物泉で、胃腸に効能のある温泉です。最後に喜多方ラーメン、目でも皮膚でも、舌でも楽しむことのできた土曜日でした。

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少しの贅沢

 私は元来せっかちな性格で風呂はカラスの行水だった。ところが最近、時間に余裕のある休日はぬっくり風呂に入ることが多くなった。アパートサイズの小さなバスタブで足がつかえてしまうのが欠点だが、身体を伸ばし、明かりを消して浴室を薄暗くして好きなCDを静かにかけながら肩までどっぷりとお湯に浸かるのが何よりも心地よい。しかし、狭いユニットバスのため、頭が浴室の壁にぶつかってしまう欠点があった。そこでバスピローを買ってきて、今日早速使ってみた。このバスピローは、中はスポンジになっていて、表面はビニール、水に濡れても乾かせば清潔を保てるようになっている。バスタブで身体を伸ばしてもバスピローを頭に挟めば浴室の壁に頭がつく不快感も無い。しかも今日ははじめてバスソルトを試してみた。岩塩にスペアミントのドライハーブが入っていていい香りが楽しめる。気がついたらCDが1枚終わっていたから1時間くらい入っていただろうか。私は暢気物のように見られているし、私自身そう思っていたが、さすがにここ数年仕事も忙しくなってきて疲れている。休日のちょっと贅沢なバスタイムは私にとってこの上ない気持ちのよい時間になりそうだ。

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自動車運転適性テスト

 今クルマを運転している人、これからクルマを運転したい人は一度自分の性格を知ることで、より安全な運転について考えることができると思います。

http://car.sinritest.com/

診断するのは6つの項目です

★攻撃性尺度は、身体的あるいは精神的に他者を攻撃する態度。攻撃性の高い人は交通違反に対して罪悪感が少なく違反を犯しやすい傾向がある。運転における攻撃性は交通事故や違反に強く結びつく。高い人は厳重。

★情緒薄弱性が高い人は、心がいつも不安定であり、精神的に不健康かどうかを示す。攻撃性の次に、精神的に不安定な態度は事故に結びやすい。

★衝動性尺度が高い人は、自制心をなくし、すぐ衝動的になったり、せっかちな行動になるかを示す。高い人は、慌てたり、「脇見運転」「ながら運転」で事故になる可能性がある。攻撃性と結びつくとかなり危険な行動を起こす可能性がある。

★虚栄心が高い人は、他者に対して自分をよく見せようとする態度が強く、派手な運転や危険な運転をする傾向がある。

★神経過敏性が高い人は、慎重しすぎて周囲の変化に過敏になりすぎ、とっさの時にどう対処してよいか固まる傾向を示す。咄嗟の対応に弱い。天気や状況の変化に対して、注意をして安全運転をすればOK。

★車の運転の運転における自己中心性。この尺度が高いと、自分勝手な判断や行動をとりがちで、自分の思いこみで行動したり、常に自分を正当化する傾向がある。「見込み運転」「だろう運転」に結びつく態度。

 私は攻撃性     13点 普通
    情緒薄弱製  22点 普通
    衝動性     12点 普通
    虚栄心      9点 少し低い
    神経過敏性  18点 少し低い
    自己中心性   9点 少し低い    

 情緒薄弱性の22点は少し気をつけたほうが良さそうです(このテストは点数が低いほうがいいテストです)。区分が落ち込んでいるときには極力運転をしないなどの対策が必要だと思います。皆様も己を知って安全運転を!

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「負けないで」

 人生の節目節目の思い出に、その時聴いていた歌が重なることがあるだろう。私にとってもそういうことは何度もある。初めてのキスをした相手はビートルズの「Let it be」が好きだった。今でもこの曲を聴くとかつての甘く切ない思い出がよみがえってくる。そして、「負けないで」を聴くと、新任教諭時代の若く、遥かな夢を追っていた時代のことがつい昨日のように思い出される。私は元来芸能オンチで、今どんな曲が流行っているかということはほとんど知らなかった。この曲も1993年にリリースされたときにはそんな曲もあるんだなと思った程度だった。1996年に大学を卒業し、養護学校の教諭としてのスタートを切った。現場のことを何も知らない私はたくさん悩んだ、うまくいかなくて落ち込んだこともたくさんあった。そんな時生徒達が休み時間に聞いていた歌がとても気に入った。それが「負けないで」だった。それ以来、20代前半の私にとってこの曲はつらいとき、不安を抱えたときに元気を与えてくれる歌になった。それから11年後、私はふたたびこの歌を聴いている。何年ぶりだろう、この歌を聞くとは。やっぱりいい歌は何年経ってもいいものです。

 そして、坂井泉水さんのご冥福を心よりお祈りします。本当にいい歌をあろいがとうございました。

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オキシゲン プリーズ!

 最近私はかなり疲れている。せめてもう少し元気になりたいと思っていた。仕事の帰りにコンビニエンスストアに寄ったら、見慣れないスプレー缶があり、こう書いてあった「ストレスと戦う現代人に 吸うサプリメント 酸素」なんだか私のために置いてあるような気がして早速1本買ってみた。マスクをセットして口に向けて噴射。フィルターに檜の香りの香料がセットされているようでいい香りである。効果のほどはどうだろうか?檜の香りはやっぱりい。酸素の効果か檜の香油」であるヒノキチオールの効果かよくわからないが、なんとなく頭がすっきりした。これは意外にいいかもしれない。また試してみよう。

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いらいら

 昨日NTTで大規模な通信障害があった。我が家でも固定電話は使えたものの、ネットとIP電話は一切使えなかった。私は家に帰ってくると手洗い、うがいをして着替えるとテレビをつけ、ネットをつなぎ、自分のブログのアクセス状況を確認したりニュースを確認したりするのが習慣になっている。好きな時間に好きなだけ状況を探せるという点では、テレビニュースよりネットのほうがすぐれている点もあり、いまや私の生活にとってネットは欠かせないものになっている。だから、昨日の通信障害は私にとっては痛かった。電気、ガス、水道、そしてテレビやラジオがいつでもつながるようにネットもいつでもつながってほしい。関係者の方々の苦労は大変なものだと思います。

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お弁当!

 オリコンがネットリサーチで中学生から40代までの男女に「お弁当の中に入っていたら嬉しいおかず」をネットリサーチしたそうです。結果は・・・

  【男性】 第1位 から揚げ 第2位 卵焼き 第3位 ハンバーグ 第4位 豚肉しょうが焼き 第5位 肉団子
  【女性】 第1位 から揚げ 第2位 卵焼き 第3位 ハンバーグ 第4位 豚肉しょうが焼き 第5位 きんぴら

 だそうです。肉料理が上位を占める結果になりました。ちなみに私だったら・・・

  【私】 第1位 塩鮭 第2位 から揚げ 第3位 豚肉しょうが焼き 第4位 野菜の煮物 第5位 卵焼き
 
 ご飯の上に塩鮭を乗せると、塩鮭のアブラがご飯にしみてとても美味しいです。から揚げはしょうがを利かせたものが好き。豚肉のしょうがやきも豪快にご飯の上に乗せて。野菜の煮物はサトイモが入っていると最高!この時期だと筍があるといいですね。卵焼きは癒し系のおかず。
 皆さんはお弁当に入っていると嬉しいおかずは何でしょうか?ぜひ教えてください。

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穏やかな連休初日

 いよいよゴールデンウイーク後半、鉄道や高速道路の混雑は激しいようですが、私は世間の動きとは無関係に穏やかな1日を送っていました。

 朝、ゆっくり起きると朝風呂。小原庄助さんとではありませんが私は最近の休日の楽しみが朝寝と朝湯。30分くらい使ってみも心もリフレッシュ。午前中は家の掃除と暖かくなってきたので夏物の衣料の一部を出した。午後は近くのホームセンターへ、昨冬以来プランターが2つ空いていたので、赤とピンクのなでしこの苗とゴールドコインという花の苗を買ってきた。ゴールドコインとは聞きなれない名前だけど、上から見ると本当に金貨みたいに見える母です。菊の仲間のようで少しマーガレットに似ているか。

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 夜は友人とラーメン屋で夕食。遠出はしなかったけれど、こんな休日もなかなかいいのだ。

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仲間たち

 一昨日と昨日、秋田県の温泉で大学時代の恩師と当時の仲間たちでゼミ会を開いた。新幹線で秋田駅まで行きレンタカーを借り、恩師を迎えにいって温泉に向かった。先生は高齢であるが、思ったよりも元気そうで安堵する。レンタカーに付いているカーナビゲーションに興味を示していた。途中、先生が懇意にしているこけし職人の方の自宅に寄り、夕方旅館で仲間たちと合流した。
 今回は仕事や出産、育児などで参加者が少なくなってしまったが、温泉に浸かり、うまい料理を食べ、酒を酌み交わしながらたくさんのことを話した。時間があっという間に短絡して学生時代の私たちになる。あっという間の一夜だった。翌朝、解散するのがとても惜しかった。次回は2年後になるだろうか、先生も仲間たちもそれまでどうぞお元気で。

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馬鹿馬鹿しい話

 それは昔々のお話です。私がまだ大学4年生だった11月のある日のことです。私は当時住んでいたアパートからJRと地下鉄を乗り継いでいったとある駅前にある会社でアルバイトをしていました。仕事を終え、夕暮れ迫る駅前にたたずむ私、カラスがカァと鳴いて家路を急ぎます。秋の日はつるべ落とし、なんだか切なくなる光景です。私はなんだかビールが飲みたくなりました。しかし、貧乏学生である私はそうそう贅沢ができません。そこで自宅まで1時間半の道のりを歩いて帰れば地下鉄とJRの切符代、しめて320円を浮かせることができる。これなら十分ビールが買える、私はそんなことを考えました。
 それでも、1日働いて疲れた私は少しでも近道をして楽がしたい、そんなことを考え、地下鉄の駅裏にある森林公園を横切り、県道に出て、あとはひたすら住宅街の中の路地をたどるコースを選び、にぎやかな地下鉄の駅をあとに人っ子一人いない薄暮の森林公園に踏み出しました。その後人生最大の恐怖の時間を過ごすことのなるなど夢にも思わず、頭の中にはただあったかい風呂と冷えたビールのことしかありませんでした。
 その公園は南北2キロ、東西1キロ弱。地下鉄の駅周辺は芝生や遊具が整備されていますが、大半が昔からの森林にできるだけ手を入れていないで保存している公園です。結構な上り下りもあり、普通に山に登っているのと変わらないところもあります。私にとって計算外だったのが、公園というから、最低限道は舗装されていて、該当くらいある子かと思っていたら、単なる山道で、暗くなったら真っ暗になってしまうことでした。私は歩くスピードを上げようとしましたが、公園の半ばと思われるところでとうとう真っ暗になってしまいました。
 現代人である私たちにとって真っ暗闇の中に身をおく経験などありません。私はあせってとにかく前へ前へ進もうとします、しかし、自分の目の前数メートルがやっと見えるか見えないかの真っ暗闇、、思うとおりに進めません。そのうち木の根でもあるのでしょう、何度もつまづいてころんでしまいます。とにかく、下へ下へと歩けば県道に出られるはずと思って坂道を降りていきますが、くぼ地の底に出てしまい途方に暮れてしまいました。ずいぶん歩いて体が温まっているはずなのに、やはり11月の風は冷たい。泣いて何とかなるのならとっくに泣いていることろです。携帯電話などよほどのお金持ちじゃないと持っていない時代、私が携帯電話を持つのはこの3年半後、周りに明かりでも見えるのであればそれを頼りに歩けるのですがそんなものは見えません。水か食料でも持っていれば少しは元気が出るのですが、そんなものを持ち合わせていません。私は背筋が寒くなりました、もしここで霙か冷たい雨でも降ってくれば濡れるのを防ぐ手立てはない。そこに強い風でも吹いてくれば冷凍人間になってしまう条件がそろう、冗談じゃない、公園で遭難するなんて、しかし今の自分を取り巻く状況では、ここから脱出するための方法は何一つ持っていない。それからどれくらい歩き続けただろうか、さすがの私も観念した頃突然地下鉄の駅前に出た。駅前広場の何と明るいこと。結局私はあまりの疲労困憊に駅前広場でタクシーを拾って自宅まで帰った。ビールどころではない、320円を節約するつもりがその8倍くらいかかっただろうか。

 ここからが本題です。気候が良く、山に行くのが気持ちよい季節になりました。しかし、どんな低い山でも十分な備えが必要です。時間にゆとりを持って山に入ってください。そしてルートについて十分な下調べをしてください、そして、食料や飲料などを準備してください。そして自然の中で汗を流して思いっきり満喫してください。私からのお願いです。森林公園だって命の危険を感じる場合があります山ならなおさらです。でも、山に登ったときの爽快さは何物にもかえられないものです。それではどうぞお気をつけて。

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夜桜とこいのぼり

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 私の住む町でも桜が満開になりました。夜、買い物のついでに近所の川沿いの桜並木に夜桜を見に行きました。ライトアップされた桜は不思議な美しさがあります。昼の桜は可憐な奥ゆかしい女性、白い肌に、着物が似合いそうな日本的な女性です。世の男性諸氏はそれぞれイメージする女性がおられることと思います。一方夜桜は少し危険な香りのする女性、妖しい色気とはかなさを併せ持っている女性を連想します。女性を花に例えるなら、毎日見るならタンポポやコスモスのような女性がいいなと思います。桜の花のような女性は年に何日かだけ会えるからいいのかもしれない。あまりにも美しく、あまりにもはかなく、あまりにも危険な花、それが桜。それでも私は毎年桜の花が咲くのを待ちわびる。

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安上がりな人

 私が良く使っているクリーニング店では、誕生日から誕生日の2週間後までにクリーニングに出すと3割引になるサービスがある。私が住む福島では4月の初めまでセーターやコートが必要になるほど冷え込むことがある。そのため、4月2日から2週間の間のクリーニングの割引は、冬のコートやセーターを格安でクリーニングに出すまたとないチャンスである。1年で一番クリーニング代がかさむこの時期、3割引でクリーニングに出せる幸せをかみしめている。こんなことで幸せになれる私、ずいぶん安上がりな人である。

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誕生日

 今日は私の誕生日、今日から私は35歳、つまり四捨五入すれば40歳になる。思えば子供時代からあっという間にこの年齢になってしまった気がする。子供時代そして二十歳の頃がつい最近のように思われる。作家の中島敦の言葉に「人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、何事かをなすにはあまりにも短い」という言葉があるが、本当に人生なんて短いものだと思う。私はこれまでたいしたことをしてきたつもりはないがそれでもやっぱりあっという間だ。だからこそ少しだけあせりを感じる。これから私が平均寿命程度まで生きたとしてあと43年、既に人生の45パーセントの時間を経過してしまっているのだ。
 それでも、あせったってしょうがない「笑って暮らすも一生、泣いて暮らすも一生」私は今日を悔いなく笑って生きるようにしたい。未来ほど不確かなものはない。確実な今日を一生懸命に生きるようにしたい。

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免許更新

 昨日、仕事を少しだけ抜けさせてもらって、運転免許の更新に行った。今回の更新は県の免許センターで行った。受付開始の8時30分には既に4月からの社会人デビューに間に合わせるべく、高校生の長い行列ができていた。その中で免許更新だけはあっという間に受付が終わった。視力検査と写真撮影が終わって、優良運転者講習が始まった。この講師が検察官とは思えないほど愛想のいい方で、私たち受講者を「皆様は全県のドライバーの見本のような方々ですから」などとやたらと持ち上げる。人間持ち上げられて嬉しくない人はいないだろう。私などとくに性格が単純だからすっかり気分がよくなった。講習の中身は、運転免許にかかわる制度の変更についてと、最近の交通事故の傾向だった。とくに、最近の交通事故の傾向については有意義な情報をもらった。最近の事故の傾向、とくに車対歩行者の事故で、お年寄りの道路横断中の事故が多い。その中で、運転者から見て右側から左側に向かって横断する歩行者をはねてしまう事故が多いそうだ。対向車の影になって歩行者の発見が遅れがちだし、お年寄りが自分の運動能力の衰えを正しく認識できず、渡り切れると過信してしまうことが多いそうだ。これは気をつけなければ。また5年後無事故無違反の優良運転者として免許更新ができるようにしたい。

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祝 誕生!

 今夜嬉しいニュースが入った。学生時代の友人に女の赤ちゃんが生まれたそうだ。母子共に元気ということで本当に何よりのことだ。父親も母親も私の学生時代からの大切な友人で、一緒にゼミ論文を書いて、一緒に遊んで、一緒に悩んできた大切な仲間だった。去年結婚して、当時の仲間たちと結婚を祝った。結婚もとてもめでたいことだが、赤ちゃんの誕生もそれに負けないくらいめでたいことだ。心からお祝い申し上げます。そして、赤ちゃんにとっての誕生記念と共に、このことによって二人は夫婦から家族になった。新しい家族の誕生本当におめでとうございます。これから大変なことが多いと思います。どうぞたくさんの困難を乗り切ってほしいと思っています。

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オレンジ色の時代

 昨日お墓参りに行った後、私が昔通った高校に行ってみました。私が通った高校は田舎ののんびりとした普通科の高校。この地域では男女別学であることが進学校の条件だったので(現在は共学化されました)私の高校は進学校を断念した人の受け皿のような学校でした。勉強もスポーツもたいした成績は残せませんでしたが、演劇や学校放送では全国でも名を残すことができる実績を持っていました。私はそんな学校で取り立てて成績がよいわけでもなく、取り立てて目立つわけでもありませんでした。それなりに勉強をして、それなりに遊んで、それなりに恋をした、そんなごくごくありふれた高校生でした。それでも、たくさん本を読みたくさん思索にふけり、未来への夢をたくさん持っていました。色でいえばオレンジ色、そんな高校生活でした。
 校庭からは金属バットで硬球を打つカーンという乾いた音が聞こえています。野球部の練習のようです。去年は県大会決勝戦で敗れてしまいました、今年こそは甲子園に、そんな意気込みでがんばっているのでしょう。高校時代の私は放課後図書館で本を読んでいたり、友達と話していたり、司書の先生の手伝いをしていました。図書館は3階にあり、校庭がよく見渡せました。私は運動が得意なほうではありませんが、汗と土埃にまみれて練習している野球部の人たちはまぶしく見えました。
 学校の正門前のお菓子屋さんもほとんどそのまま残っていました。夕方お腹が空いたらカップラーメンを買いに行った。そんなことを思い出しました。学校から駅までの道を歩いてみました、私の自宅とは方向が違いますが電車で下校する友達を駅まで送っていくのによくこの道を歩きました。あのころはもっと狭いと思っていた道が今日は案外広く感じました。あのころは友達と2人、3人と並んで歩いていたのに今日は一人で歩いていたからでしょうか。それでも、まぶたを閉じればあのころの友達や私が道の向こうからやってきそうです。オレンジ色の時代を一緒に過ごした友達、今はどこでどうしているか知らない友達のほうが多い。それでもきっとそれぞれの人生に精一杯向きあっていることだろうと思う。仕事で、家庭で、あの頃語り合った理想と現実のギャップに悩みながらも諦めずずっと前を向きつづけているだろうと思う。会えないけれど、そんな友人たちにエールを送りたい。

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中掃除

 今日は普段の掃除に加えて自宅の本棚と押入れの整理をした。このような普段の掃除よりもう少し念入りな掃除を私は「中掃除」と呼んでいる。本棚には無造作に本が押し込まれていたが、これを少し整理して本を分類したり、あまりにぼろぼろになって処分する本をより分けたりした。午前9時過ぎからはじめて、きれいに本の整理が終わったのは11時近く。大して本が多いわけではないが、それぞれの本に思い出がこめられていてなかなか進まなかった。この本を買った頃こんなことを考えていたな、こんな恋をしていたな、こんなところを旅していたな。小さな本棚は私がこれまで歩んできた歴史そのものです。少しだけすっきりして気分がよくなりました。本棚を掃除していて料理の本を見つけました、この町に引っ越してきた直後に買ったものですが本棚の中に埋もれていました。主婦向けの本格的な料理ではなくて、学生や独身OLなど向けの簡単な料理が主体でこれなら私でも作れそうです。これから料理に請ってみるのもいいのかもしれません。

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冬将軍の逆襲

 日曜日、久しぶりに雪が降った。はじめは少しだけ雪が舞う程度なのかと思っていたら、やがて本格的な積雪になり、久しぶりに町は雪化粧した。雪は昨日の夜まで降り続き、今朝は道路がカチカチに凍結していた。今年は暖冬だからと油断していたが、かつて英雄ナポレオンを敗退に追い込んだこともある冬将軍、恐るべしである。

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居酒屋

 私の週末のひそかな楽しみは、居酒屋でのひとり酒です。今夜も駅前のなじみの居酒屋に行って飲んできました。今日はブリの刺身、メヒカリ(ヒメ科の深海魚、福島・茨城県でよく食べられる)の唐揚げを肴にビールと焼酎をそれぞれ1敗飲んできました。
 私がお酒を飲み始めたのは20歳を過ぎてから、それまではビールを少しなめる程度のことはしたことはありますが、はっきり言ってビールが美味しいとは思えなかった。それでも、飲みなれているうちに美味しくなってきました。今では、ビール、日本酒(純米酒が好きです)、ワイン、焼酎、アルコールならなんでもござれになっています。もっとも、それほどお酒に強いわけではなく、ビールなら大瓶2本(約1.3リットル・・・日本酒換算で2合)も飲めばやや飲みすぎ程度の酒飲みです。
 学生時代のサークルのコンパでは、酔うと説教を始める先輩がいて、私もいわれのない説教を受けることもたびたびあったし、無理に酒を進められることがあって悪酔いしたことも何度もあったので、未だに大人数での酒飲みはあまり好きではありません。ひとり酒、あるいは仲のよい友人と数人程度で飲むのが好きです。
 ひとり酒は社会人になってからはじめました。主に金曜日、仕事帰りにビールとおつまみを買って家でひとりで飲むことが多いです。テレビを見ながら、あるいは本を読みながらちびりちびりとやります。ほどよく酔ったらそのまま布団に直行します。一人暮らしの気楽な気分転換です。ひとりで居酒屋で飲むようになったのはここ2年くらい、なじみの居酒屋ができて、威勢のいいお兄さんと、おだやかなおばちゃんのいる店です。料理も美味しく、日本酒や焼酎の銘柄が多いのが魅力です。カウンターに座って、隣で飲んでいる人に話しかけたり、料理を作っているおじちゃんの手際のよさに感心したり、とりとめもない物思いにふけったり、そんな時間が私にとって1週間をリセットして、リフレッシュするための大事な時間なのです。

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Spring has come!

 春が来ました。秋の初めはにぎやかだった夏が終わり寂しさが漂う時期ですし、夏の初めはあのうっとおしい梅雨だし、冬の初めは木枯らし吹く季節です。それに対して春の初めはだんだんと暖かくなり、日が伸びて、花も咲き出す春の初めは、とても楽しくなる季節だ。もっとも、いいことばかりではないが。ここ数日鼻がむずがゆいし、クルマのフロントガラスは、いつの間にか花粉でうっすら黄色くなっているし、年末年始は仕事が忙しいし。
 それでも、誰にでも公平に春はやってくる。ゆっくり花を楽しむ心の余裕を持ちたいものです。

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時刻表

 今週の週末は自宅に缶詰になって仕事をしていた。黙々と仕事をしているだけでは気が滅入ってしまうので、仕事の新光予定表を「時刻表」、つまりダイヤを作った。報告書の○○の章は土曜日の19時30分、△△の章は20時50分などという風に予定を決めていった。予定より早く終われば、少し息抜きをする時間になるし。遅れれば休憩抜きで仕事をすることになる。こんな風にして気が重い仕事を少しでも楽しくやるようにしている。鉄道好きである私らしい楽しみ方だ。
 子供の頃はよく自転車の時刻表を作った。自宅前11時、○○交差点11時12分、□□神社11時27分、△△港11時38分、・・・などという風にダイヤを決めサイクリングに行った。時には特急列車のダイヤを作って、いつもよりも自転車を飛ばして走ったこともあった。
 さすがに高校生になると、そんなことをするのは恥ずかしくなったが、通学の時間だけはしっかりとダイヤが決まっていた。1年生、自宅前7時47分発、2年生、自宅前8時3分発、3年生、8時15分発だった。学年が上がるにつれて出発時間が遅くなるのは、私のせいだけではない。朝の2分間のためであった。私の家を出て3分後、橋のたもとの横断歩道に着く、ダイヤがきっちり決まれば、ここでAさんに会える。Aさんと私は同じ高校に通っていた。Aさんはスポーツの得意な娘で、私の初恋の相手。この横断歩道での信号待ちと、次の交差点までのあわせて2分間のために(他の人に見られるのは恥ずかしいので、義の交差点からは私が先行しました)、私はダイヤを組んでいた。もっとも空振りすることもたびたび会ったし、2分間だからたいした話をするわけでもない。「おはおう、今日もいい天気だね」と私、「おはよう、元気?」とAさん。あとは、テストの話をしたり、友達の話をしたり。しかし、この2分間が、朝の憂鬱な気持ちを吹き飛ばして、今日一日を頑張るためのエネルギー源になっていた。
 仕事のダイヤを作りながら、15年以上前の青臭い時代のことを思い出した。少しほろ苦く、そして甘酸っぱい青春時代のあのころを。

 

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光を着替えました

 昨日の夜、リビング兼ダイニング兼書斎として使っている部屋の蛍光灯が突然暗くなってしまいました。初めは停電?と思うほどの伊減光で、さすがにこれでは支障をきたすので、仕事帰りに蛍光灯を買って帰りました。今度の蛍光灯は、これまでの昼白色ではなく、電球色の蛍光灯にして見ました。
 家に帰って早速新しい蛍光灯を装着。初めは少し暗く見えましたが。慣れると部屋が少しだけシックになった感じです。昼白色の蛍光灯が青白い光を放つのに対して、電球色の蛍光灯は白熱電球に近い、ややオレンジのかかった光です。アイボリーの壁面が、かすかにオレンジ色がかかって見えます。全体的に部屋全体が落ち着いた感じです。リラックスするのにはこの方がいいのかもしれません。
 私自身、これまで場所によって蛍光灯を使い分けるという発想はありませんでしたが、リビングルームやベッドルームには温かみがあり落ち着いた光を放つ電球色、キッチンや子供部屋には涼しげで白い光を放つ昼白色などと使い分けてみるのもいいのかもしれません。和室にはどんな蛍光灯が似合うのでしょうか。こちらも試してみたいと思います。

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異変

 今年の冬が暖冬なのは今に始まったことではないが、それにしてもあきれるほどである。以前述べたように、雪が多い地方ではないものの、これまでの積雪が1度きりというのも相当異常な状態だし、今日の教室は、強い日差しで暑いくらいだった。職員室には、半袖ポロシャツ1枚で過ごしている人もいたくらいだし(決して暖房を強くかけているわけではないのに)。やっぱりおかしい。
 悪い予感がする。数十年後、冬という言葉は死語になり、1月に梅の花は咲いて、3月初めには桜の花が咲く。本州でスキーができたことは語り草になり、子供達は「雪」という言葉さえしらない。鹿児島県や宮崎県はバナナの産地になり、みかんの産地は愛媛県、和歌山県、静岡県から、茨城県、福島県、宮城県に移る。軽井沢は既に避暑地ではなくなる。コレラや赤痢、マラリアが流行する。夏はたくさんの人が熱中症で死亡し、台風が来ると東京、大阪、伊勢湾岸の低地は水浸しになる。…

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新車でGo!

 なかなかすっきりと治らなかった風邪も、今日の昼過ぎにはほぼ完全に治った。久しぶりに外出したくなった。スキー場は病み上がりの身には少々きついし、ドライブもいいが、私はしばらく電車に乗っていない。幼子の頃からの鉄道好きの血がそろそろ電車に乗りたいと騒ぎ始めた。そこで、駅前での買い物を兼ねて電車に乗りに行くことにした。

 私の住んでいる町は、地方都市の割には駅周辺の駐車場事情が悪い。その上、自宅から歩いて10分ほどのバス停からは昼間なら1時間に2本、朝夕は3~4本のバスが出ている。地方都市としてはなかなか充実した交通事情である。だから、駅前方面に行くときには、クルマは使わずにバスで出かけるようにしている。有料駐車場を使うことを考えればバスのほうが経済的だ。それに、クルマよりも少し高いところから見下ろす景色はなかなかいい。少しだけ地球にいいことをしてると言うのは気分がいいものだ。
 昼下がりの駅前は、人通りもまばらだった。郊外型のショッピングセンターの駐車場がクルマでいっぱいだったのとは対照的だ。クルマは地方においては魔法の杖のような便利なものだし、スーパーマーケットやショッピングモールは1ヶ所で何でもそろって便利だが、この便利さと引き換えに、地方都市が金太郎飴のように没個性化していく。そういう私自身、日常的な移動はクルマだし、買い物もスーパーマーケットやショッピングモールで済ませているから、えらそうなことは言えないけれど、たまには電車やバスで駅前に出て、商店街で買い物をして見るのも面白いと思う。
 
駅に入って、雪でも見ながらのんびり電車に乗ろうと思ったら、見慣れない電車がホームに止まっている。ここで、鉄道好きの血が騒ぎ出した。東北本線に入った新型電車、これはぜひ体験したい。雪景色はとりあえずおいておいて、新型電車体験ツアーに出発することにした。降ろしたての電車は、ステンレスの車体をキラキラと輝かせていた。傷1つなく輝いている車体は、、水族館で見たサンマの群れを思わせる美しさだった。東北地方の電車特有の押しボタンを押してドアを開ける。JR東日本では、1990年代にロングシート(東京や大阪の通勤電車のようなベンチシート)の電車を東北地方の各路線に投入したが、乗客の評判が悪く、この電車では、ボックスシート主体に戻した。肝心のシートのかけ心地は、最近宇都宮線や常磐線に導入した電車と同じく、固めのかけ心地、初めのうちは違和感があるが、背筋を伸ばして座るとしっくりとくる。窓際には、飲料の缶やペットボトルを置くことができるくぼみが付けられたのは嬉しい配慮。たぶんに、観光t路線への投入も考えられているのだろう。ボックスシートも、以前の車両に比べると広めに作ってある。向かいに座った人と膝がぶつかる心配も以前よりはいらないだろう。窓も大きく眺めがいい。内装のパネルに木目調の化粧版が使われるが、嫌味にならない自然な感じの木目で好感が持てる。走り出すと、軽快な加速、なかなか気持ちがいい。30分ほど先の駅で降りて、しばし町を歩く。この町も駅前の空洞化がひどい。何とかならないものか。帰りはすっかり暗くなった。半日だがなかなか楽しい休日であった。

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雪景色

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 今日は今年の冬初めての本格的な雪景色になった。昼前に降り出した雪は、夕方前から積もりだし、夜には10センチ近くの積雪になった。道路は積雪で走りにくいし、歩けばたちまち濡れるし、明日の朝は道路が凍結して通勤通学の足が乱れて、雪が降っていいことはあまりないのだが、数少ない降雪時の楽しみは雪景色の中を歩くことだ。
 私は雪景色が好きだ。その中でもとくに、夜の雪景色が好きだ。白一色になった町並み、醜い看板も白く塗りつぶされている。青、赤、グレーと不空稲屋根の色も白一色だ。普段の町並みが色の洪水だから、雪景色のシンプルながら人の心をひきつける美しさが一層引き立つ。
 私は寒いのを我慢して、雪景色の住宅地をしばらく歩いた。物音ひとつしない住宅地、まるで私しかいないかのような錯覚に陥る。白一色の美しさ、清楚で、凛として、その中に妖しさも秘めた雪景色。私は雪景色が好きだ。疎ノン科でも夜の雪景色が好きだ

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男性脳?女性脳?

 身体に性別があるように、脳にも性別があります。しばらく前の本に「話を聞けない男、地図の読めない女」と言うものがありましたが、男性脳の特徴として、空間認知能力にすぐれ、女性脳の特色として、言語処理能力にするれています。また、「行為を紡ぐ」のが男性脳、「言葉を紡ぐ」のが女性脳という見方もできるかと思います。

 こちらのサイトでチェックしてみてはいかがでしょうか?
http://www.chaoo.net/sindan/

 あなたのポイントは -5ポイントです。 (男脳度数:52.5%/女脳度数:47.5%)
       ・・・数字がマイナス側だと男性脳傾向が、プラスだと女性脳傾向が強くなります。

 あなたは、極端な考え方をせず中性的な考え方を持っており、融通が利くため、問題解決の時とても役に立ちます。冷静で論理的に物事を考える男性的な部分と、感情豊かにコミニュケーションをとれる女性的な部分を、両方持っており、また、考え方が理解できるため、異性、同姓を問わず、たくさんの友達ができます。ただし、恋愛に関してはポリシーをもって友達で終わらないように注意しましょう。

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連休が・・・

 昨日から風邪をひいて寝込んでいます。熱は微熱程度ですが、身体のだるさと咳がなかなか収まりません。連休中、やろうと思っていたことがたくさんあったのに・・・もうすぐ連休が終わります。この連休中にしたこと、家にある漫画を片っ端から読んだこと。やれやれ・・・・
 明日からは仕事です。気持ちを入れ替えてがんばろう。皆様も風邪にはどうぞお気をつけください。

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取り越し苦労

 昨日、学校で水治訓練(簡単にいうとプールの)指導中、耳に水が入った。そのときにはさほど気にしていなかった。どうせ2,30分もほおって置けば体温で水が蒸発して元に戻るだろうと高をくくっていた。ところが、30分たっても、1時間たっても、相変わらず左耳の奥がふさがっているようで気持ちが悪いし、聞こえも悪い。あまりにも気味が悪いので、生徒を下校させた後、インターネットの医学辞典で、該当する症状を探してみた。すると、突発性難聴の症状がぴったり来る。夕方になっても夜になっても症状は改善せず、結局その夜は不安を抱えたまま、眠れない夜を過ごした。
 朝一番に耳鼻科に行くつもりであったが、なんとなく気がすすまず、結局家を出たのは9時半過ぎ、10時少し過ぎに耳鼻科に行くと、既に空いていた。待つほども泣く看護士さんが来て症状について色々聞かれるが、よく聞こえないので私も十分こたえることができない。いよいよ不安になる。診察の順番になって、医師の前に出て、自分の症状を説明する。すると医師は、うなずくと、後ろのベッドに横になるように促す、医師が私の耳を除きながら、何か機械を耳の中に入れる。すると不思議なことに、聞こえの悪かった左耳がたちまち息を吹き返した。何のことはない、耳垢が溜まっていて、それがプールの水に溶けて、鼓膜にぴったりと貼り付いて耳栓の役目を果たしていたそうだ。そういえば、去年耳掃除をしていて外耳を傷つけて、しばらく耳掃除をしていなかった、それだけのことだったのだ。あまりの恥ずかしさにそのまま逃げ出したい気分になった。まぁ、悪い病気じゃなかったのだからよかったのだが。

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淡々と

 ここ数日、心身ともに「お疲れモード」でした。月曜日、遅刻の時間ぎりぎりまで家でゴロゴロして、いっそこのまま休んでしまおうかと思いましたが、かろうじて誘惑を振り切って仕事に。職場でも5時までは頑張りきれずに早退してしまいました。家に帰ってからはゴロゴロ。仕事は山ほど溜まっているのですが、どうにもエネルギーが出ない。
 今日はやや復調、それでもまだペースは上げられそうにありません。まずは淡々と最低限のことをこなしながら少しずつペースを上げていこう。誰だっていつでも全力疾走できるわけではないし、いつでも笑顔でいらるわけではない。たまには土砂降りの碑もあれば、吹雪の日もある。また快晴の日になったら思いっきり走り回ろう。それまでの間ゆっくり歩くのも悪くない。

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ガス欠中

 ここ数日ブログの更新を休んでいます。原因はガス欠、どうも何事もやる気が起きない状態です。とりあえず朝目が覚めると朝食を食べて仕事に行く、仕事を何とか終わらせて、夕食の材料を買いに行くいく気力が起きないのでしばらくは冷凍食品や缶詰の買い置きで済ませる。いよいよ食べるものがなくなるとやっと買出しに行く。夜は何をするでもなくなむくなったら寝てしまう。そんなここ数日間です。今日は夕方近くなってやっと部屋の掃除を済ませました。そんなわけで、元気になるまで少しだけ休みます。その間にじっくりエネルギーを蓄えておきます。エネルギーが溜まったらまたこのブログで発散します。たぶん数日以内に元気になると思います。それではまた。

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人間って・・・

 仕事が終わってスパーマーケットに行くと、ちょっとした異変に気づいた。先週中ごろまでは納豆売り場は空っぽで入手困難なほどであったが、今日は納豆がうずたかく積まれていて売れていないことが傍目にもはっきりわかった。ここまで書けば皆さんお気づきのことと思いますが、某テレビ番組で納豆のダイエット効果についての研究者のコメントや被験者のデーターを捏造していた問題によるためです。

 このようなテレビ番組で、健康やダイエットの特集をすると視聴率が撮りやすいと聞きます。そういう私も、15年ほど前、両親が「野菜スープ健康法」(ダイコン、ニンジンなどの煮汁で作った「野菜スープ」を飲めばほとんどの病気がよくなるといわれたもの、後に関係者が医師法違反、薬事法違反で逮捕される)をやっているのを見て、「そんなばかばかしいことをするくらいなら、野菜たっぷりの味噌汁でも飲んだほうがよっぽどいいよ」と笑っていました。何せ、その健康法とやらは、野菜を煮て、煮汁だけを摂取するものなので、野菜の中に残った栄養分は捨ててしまうし、ニンジンややダイコンででどんな病気も治るのなら、医者も薬も要らないよと笑っていました。当時私は20歳にもならない時期で、健康に不安の1つもなかった時期です。

 やがて私も30歳を過ぎ、徐々に健康が重要なテーマになってきました。その頃はやったのが「にがりダイエット」。私自身も不安に感じるものがあったので、とりあえず同僚の時勢と一緒に始めてみました。結果は、確かにやせました、しかしお腹がゆるくなるだけではっきりとした効果は現れず。そのうちににがりは冷蔵庫の隅で忘れ去られる運命に。今ではスーパーマーケットでにがりを探そうと思ってもなかなか見つからないでしょう。その後はカプサイシンダイエット。とにかくキムチを食べまくりました。これは効きました、体重も減ったし、ベルトもゆるくなりました。しかし、その後がいけなかった、見事な痔になりました。自転車のサドルに座るにもつらいくらいな立派な痔主になりました。
  
 考えてみれば食べてやせようなんてあまりにもムシのいい話です。それでも、やっぱり食欲は抑えがたいし、健康でいたいし、痩せたいのですよね。人間ってヤツはほんとうに欲深いものです。今回の騒動、だましたテレビ局側は言語道断ですが、一時期飛ぶように売れて、今は売り場に山済みになっている納豆の姿を見ると、なんだかおかしな気分になってきます。人間って、本当に悲しくも切ない生き物なのだなと思います。もちろん、私はその最たるものですが。

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時間をこえて

私は今、横浜にいます。学生時代の友人とおよそ11年ぶりに会ってぎました。彼とはサークルが一緒だったわけでもなく、ゼミが一緒だったわけでもありませんでした。たまたま同じ講義を受講していて、たまたま席が近いので話したことがきっかけでした。一緒にアルバイトをしたこともありましたが、卒業してからは年賀状をやりとりする程度の付き合いにとどまっていました。
ところが、去年の12学月、絵画や造形、写真のグループ展を行うという葉書が彼から届きました。これは私にとって本当に嬉しい話でした。
今日、11年ぶりに友人と会って、話し方も、雰囲気も全く変わっていなくて本当に嬉しかった。古い友人と一緒にいると、時間を飛び越えてあの頃に戻ることができる。わたしはとても良い時間を過ごすことができた。これからも、長らくご無沙汰している友人達に会ってみよう。お互い元気を分けあえるようになるかもしれない。

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男の色気

 昨日、今日とスキー場に行ってスノーボード三昧の2日間を過ごした。朝の6時前に家を出て、午前中いっぱい滑って家へ帰る。もちろん滑りっぱなしではなく、疲れたら車に戻り、車の中で読書。既に若いとはいえない私はマイペースを崩さない範囲で楽しんできた。それでも、人の少ない朝のうちに練習を積んだ結果、これまでよりもすべりがだいぶよくなってきた、スピードを上げて風を切って滑るのは本当に爽快だった。
 10時を過ぎると人が増えてくる。福島県外の中学校の団体も来ていた。おそらくスキーをつけるのが初めてなのであろう。おっかなびっくり滑っていたのがなんともほほえましかった。そうしているうちに、男の色気と言うか、男の悲しい性が頭をもたげてきた。すこしうまいところを見せてやろうと思って、コブをつかってジャンプなどをしてみた。結果は無様な失敗。だいたい、練習すらまともにしたことのないものが成功するわけがないのだが・・・。男の色気も悪くはないがたいがいにしておかないと。それでも自分をかっこよく見せよう、強く見せよう、大きく見せようと思うのが、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類を問わず男の色気。男って困った生き物なのです。

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寒くなってきました

 1月も早くも10日、ここ数日やっと冬らしい寒さがやってきました。私の住んでいるアパートは、1階の3世帯続きの真ん中の部屋で、2重ガラスになっていて、比較的保温性のいい構造になっているのですが、それでもここ数日は朝起きるのがつらくなっていました。私は普段は午前5時40分になったら、スイッチが入ったようにぴたりと起きることができると言う特技を持っていますが、ここ数日はこのスイッチも故障中で、6時過ぎにならないと目が覚めない、それから布団から出るまで10分少々かかるという毎日が続いています。夕方になるとあたたかい鍋物が恋しくなります。こればかりは一人で食べても楽しくないし、量が多くて持て余すことになります。学生の頃は気軽に友達を誘って鍋をやったこともありましたが、今はなかなかそうも行きません。何かいい方法はないだろうか、思案中です。

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故郷の色~2007年1月

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 今年もよろしくお願いします。今日からお仕事という方も多いと思います。私の2007年も今日から始動します。新たな気持ちでがんばりたいものです。このブログも3年目に入りました。私の毎日を振り返りながら、もしかしたら皆様に楽しんでいただけることを少しでも書いていければと思います。

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 私は福島県の海沿いの町で生まれました。海以外これといって特筆するものはない町です。それでも海はきれいでした。私の家は海からは少々離れていましたが、中学生になると自転車に乗って、あるときは友達と、あるときは一人で片道およそ40分かけて海を見に行きました。春夏秋冬、あるいは天候によってさまざまな姿を見せてくれる海ですが、私は穏やかな夕暮れ近くの海が何より好きです。夕方に向かってだんだん色を変えつつある海、絵や写真では表しきれない美しさだと思います。

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 昨日・今日と故郷に帰省して、帰る前に海を見に来ました。今日の海は私の好きな穏やかな夕方近くの海でした。1月とは思えない暖かな日でした。港の近くにクルマを止め、港、砂浜、そして海を見下ろす小さな岬を歩いてきました。思いがけずとてもいい景色に出会えました。

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 どうぞ今年1年皆様のご多幸とご健康を心よりお祈り申し上げます。

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年末に思うこと

いよいよ今年も押し迫ってきました、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
あなたにとっての年越しはどのようなものですか?私は、この時期になるとじっとしていられないようなあせりを感じる。子供の頃の私は、この時期が大好きだった。大晦日は子供が大っぴらに夜更かしできる日だった。この後お正月がやってきて、おいしいものを食べてお年玉をもらえる期待感が高まるワクワクしていた。
私が年末に焦りを感じるようになったのは、自分の命が限りあることを知ったころだった。子供の頃は自分の命に限りがあることなど想像したことさえなかった。18歳の年末、初めて自分と同世代の友人の死に直面した時、私はあと何回年を越せるのだろうか?私が生きることに何の価値があるのだろうか?青春時代の青臭い悩みだ。
多分まっとうに生きている30代の方はそのような悩みを乗り越えているのだろう。私はまだ悩んでいる、答えは一生かかっても見つからないかもしれない。
それでも私は生きている、来年もきっと、再来年もたぶん、ひょっとしたら10年後も。確かに言えるのは、これを読んでくださっているあなたと出会えたのはわたしにとって幸いなこと。感謝します。どうぞ、よい年をお迎え下さい。

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これもクリスマスイブ

 今日は、前々から相棒と約束していたスノーボードに行く。1週間ぶりのゲレンデは、若干雪も増えていたが、それ以上に人も増えていていた。「私をスキーに連れてって」(映画 1987年)以降のスキーが爆発的なブームになった頃は、クリスマスイブのゲレンデは「ゲレンデがとけるほど恋したい」(広瀬香美の曲 1995年)人々でいっぱいなのだろうが、ここ数年はスキー・スノーボード人口は減る一方で、クリスマスイブの今日も普段より多少込んでいると言う程度、さすがに男同士で着ている人はあまりいなかったが、もうすでにおじさんの域に達している私たちだから今更人の目を気にしてもしょうがないだろう。ゲレンデは一部アイスバーン状になっていたが、まずまずのコンディションで、人が込んでいるから接触事故には気をつけなければならなかったが、十分楽しめた。

 夕方相棒を見送ると、家に戻ってアメリカのテレビドラマ「FRIENDS」を見ながらワインをちびりちびり。独り者の男のクリスマスイブ、華がないかも知れが、こんなクリスマスイブも悪くはないのかもしれない。今更人の目を気にしてもしょうがないし、別に悪いことをしているわけでもないし。ほど良くワインが回ってきた。たくさんの人がいて、たくさんのクリスマスイブがある。そして、これもクリスマスイブ。メリークリスマス!

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数年ぶりに

 ここ数年、プレイステーションは持っているものの、時折「電車でgo!」をやる以外はほとんどゲームをしていなかったが、ここ1週間ほど数年ぶりにゲームを楽しんでいる。RPG(ストーリーにしたがって、モンスターと戦ったり、謎を解いたりするゲーム)のファイナルファンタジーⅨである。毎日少しずつ、寝る前の20分ほど進めている。キャラクターや風景などのグラフィックがとてもきれいな上、物語のテンポがよく、間延びせずに遊べる。
 中古品を格安で買ってきたものだが、これでしばらくの