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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の658件の記事

新年あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。2023年(令和5年)のスタートです。

コロナ禍は早くも4年目に入ります。収束の気配は一向に見えませんが、感染対策と社会経済活動をうまく両立させていくことの大切さを感じています。個人的には秋ごろに会津に行き、只見線や会津鉄道に乗ったり、温泉に入ったりしたいと考えています。

皆様にとって充実した1年になることを心よりお祈りします。

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2022年もありがとう

 今日は2022年12月31日、今年も今日で終わりです。皆様にとってこの1年はどのような年でしたか?今年はウクライナとロシアの間の戦争の他に、アジアでも中国とアメリカの間の緊張が高まるなど、平和が大きく揺るがされた1年だったと思います。そのような中、私は元の職場の方と久しぶりに旧交を温め、楽しい時間を過ごすことができました。また、遠くに行けない分、地元のいいところを探したり、地元の美味しい店を探すこともなかなか楽しい時間でした。

 このブログももうすぐ19年目に入ります。今日現在のこのブログの通算の閲覧回数は181,421回で、昨年と比べて8520回増えました。1年あたりだと平均10,079回、1日だと平均27.6回、今年に限れば1日平均23、3回になります。中には1度きりのご縁だった方もいると思います、また100回以上のご縁だったと思います。全ての出会いに感謝感激です。また、記事総数は1852本です。

 今年1年皆様には本当にお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。そしてどうぞ良い年をお迎えください。

タモリの予言

 先日、テレビ朝日の「徹子の部屋」に出演したタモリの言葉が世間を軽くざわつかせている。黒柳徹子がタモリに「来年はどのような年になりそうですか」と質問したところ、タモリは「誰も予測できない。でもなんか、新しい戦前になるんじゃないですかね」との答えた。

 タモリは直接的な言及は避けたが、言いたいことは私にも伝わったし、私も同じことを危惧している。ロシアとウクライナの戦争はまだ終わる気配がないし、アメリカと中国という現代の超大国同士の緊張関係も高まっている。そして、もうすぐ3年になるコロナ禍で多くの国では経済が疲弊している。難民や移民を排斥しようとしている人も増えている。

 戦争はよくない、戦争は大きな犠牲を伴う、戦争の後には悲しみと憎しみだけが残る、そんなことは誰だってわかっている。しかし、戦争を繰り返してきたのが人間の歴史。タモリも、多くの人も、そして私も抱いている危惧が現実のものにならないことを切に願う。

80億の「メリークリスマス」

 もうすぐクリスマス。世界各国には様々なクリスマススイーツがあります。フランスのブッシュドノエルやドイツのザッハトルテのように日本でもお馴染みのものら、私も初めて知ったものもたくさんあります。個人的にはイギリスのクリスマスプディングを食べてみたい気がします。

 今年、世界の人口は80億人に達しました。戦争で命の危機にさらされている人、難民として生まれ故郷を追われている人、ホームレスとして寒空の下震えている人、貧困で空腹に耐えている人、そんな人が沢山います。国や宗教、民族などの違いがありますが、格差を減らし、1人でも多くの人が安全な家の中で食べ物がある、そんなクリスマスを迎えられるようになってほしいです。

高校野球は変われるか

 現在、甲子園球場では夏の高校野球が行われている。ちょうど今日は福島県代表の聖光学院が宮城県代表の仙台育英と対戦するので今から楽しみにしている。高校野球を楽しみにしているのは私だけではなく、結構多いと思う。NHK放送文化事業団が調査した結果によると、観戦することが好きなスポーツの1位はプロ野球であるが、その次が高校野球、以下、フィギュアスケート、マラソン、駅伝、サッカー、バレーボール、相撲と続く。このことからも国民的なスポーツイベントと言っても良いだろう。

 夏のお盆前後の時期に行われる高校野球は、家にいることが多いお盆前後の時期に行われるので、テレビでの観戦する人も多く、都道府県代表が出場するということで、野球自体にはさほど関心がなくても地元の代表を応援するために感染する人も多いと思う。すでに100年以上の歴史を数え、風物詩としても認識されている。

 この高校野球、今、大きく変わらなくてはならないと思っている。それは昨今の暑さ対策である。近年、試合中に選手や審判が体調を崩すことが多くなってきた。多くが熱中症によるもので、原因は猛暑。甲子園球場からさほど遠くない神戸市の2020年8月の平均気温は30℃、概ね気温は上昇傾向で、この100年で4℃程度上昇した。もちろん、高等学校野球連盟も手をこまねいているわけではなく、試合の間に休養日を設けたり、積極的に給水を促すなどの対策はしているが、それも焼け石に水の感はある。

 最も効果的なのは、会場を涼しい場所に移してしまうことだろう。涼しい場所といえば、北海道だ。特に道東の釧路や根室は涼しい。釧路の2020年8月の平均気温は19.5℃、根室の2020年8月の平均気温は18.6℃、これなら思いっきり野球をやっても全く問題はなさそうである。しかし、北海道を会場にすると、西日本の高校にとっては旅費の負担が重い課題になる。現地の受け入れ態勢にしても北海道の短い夏は観光シーズンのピークでもあり、ホテルなどにも余裕はないであろう。他に涼しいところといえば、青森県から宮城県の三陸沿岸があるが、ここも抱えている事情は大差がない。

 ラグビーの聖地は花園、サッカーの聖地は国立競技場、大学野球の聖地は神宮球場になっているように、高校野球の聖地は甲子園球場になっている。選手たちは甲子園でプレーをすることを目標に練習に励んでいることを考えると、他地区への移転はそんなに簡単なことではないと思う。最も有効なのは、甲子園をドーム球場にして、どんなに暑くても安全にプレーできるようにすることだが、これには相当なお金がかかる。また、気温がピークになる時間を避けて、午前中の涼しい時間と夕方から試合を行う案もあるが、近年の暑さは朝から相当なもので、やらな合いよりはやった方がいいと思うが、これも決定打とは行かなそうだ。

 高校野球のやり方を変えるにあたって、最大の障害になっているのが「伝統」という言葉である。長年猛暑の時期に甲子園球場でやってきたという伝統がこの問題の解決を難しくしている。会場を変えるにも、やり方を変えるにも、相当な批判がありそうだと思われる。「俺たちの夏の楽しみを奪うのか」、「昔の選手も暑い中耐えてきた、最近の選手はだらしない」、「暑さという困難の中でのプレーは感動的である」などの反対意見が聞こえて来ることが予想される。しかし、熱中症は時に命に関わる問題である。近年の状態を見ると、近い将来、大きな事故の発生もないとはいえない。

 ここまで言ったら言い過ぎになるのかもしれないが、高校野球を変えることは、全ての面において古いやり方が残る日本の社会を変える大きなきっかけになるのかもしれない。伝統や過去のしがらみにとらわれない議論が必要な時期になっているのだと思う。

太平洋戦争はアジア解放のための戦いか?

 「太平洋戦争は白人が植民地支配していたアジアを解放するための戦争だった」このような言葉は昔から一部の人たちによって使われていた。果たしてそうなのだろうか?

 太平洋戦争の初期、日本はフィリピンやマレーシア、インドネシアに侵攻し、現地を統治していたアメリカやイギリス、オランダの勢力を追い出した。インドネシアでは、独立運動の指導者であるスカルノを解放するなど、大胆な策に出た。しかしそれはあくまでも日本のために過ぎなかった。

 太平洋戦争当時、フィリピンに住んでいた女性はこのように書き残していた。「アジア人のためのアジアが戦争のスローガンだ。しかし、なぜ日本人がアジア人の盟主でなければならないのだろう」。この女性が感じた疑問は100%正しいのだと思う。 

 戦争を始める時には古今東西、どこだってもっともらしいスローガンを掲げて戦いを始める。「侵略するぞ、略奪するぞ」と言って戦争を始めた国など聞いたことはない。終戦の日に改めて言いたい。太平洋戦争は侵略戦争であった。その過ちを認める勇気を私たちは持たなければならない。

エアコンのある毎日

 私がエアコン付きの家に初めて住むようになったのは、23歳、大学を卒業して社会人になった時であった。高校卒業まで住んでいた実家はにはエアコンはなかったし、学生時代に住んでいたアパートにももちろんエアコンは付いていなかった。実家の所在地はいわき市、学生時代に住んでいたのは仙台市青葉区。どちらもさほど暑い場所ではないが、それでも猛暑が数日続く時があり、それはそれできつかった。実家に住んでいた時にはとにかく扇風機が頼りで、扇風機の出力を最強にしてやり過ごした。学生時代に住んだアパートは風が抜けにくい作りであったから、どうしても暑くて我慢できない時には、近所にあるゲームセンターに避難した。ゲーム機が数台あるだけの小さなゲームセンターではあったが、エアコンがよく効いていて、寒いくらいだった。ゲームはほとんどせず、文庫本などを持ち込んで読んでいる迷惑極まりない客であったが、店員さんが常駐している店でもなかったので、それをいいことにずいぶん長居をした。

 社会人になってはじめてエアコン付きのアパートに住んで、仕事を終えエアコンの効いた部屋で冷たいビールを開けた時の「贅沢だな」と思った爽快感は忘れられない。あれか25年以上が経ち、エアコンがある生活が当たり前になってきた。学生時代、ゲームセンターで涼んだ時の爽快感や、社会人1年生の時の感動を忘れてしまう時もあるけれど、今こうしてエアコンの効いた部屋で過ごせることはやっぱりありがたいことだし、頑張った自分へのご褒美なのかなと思っている。どうか皆さん、今年は猛暑です。エアコンのある方は必要に応じてエアコンを使ってください。エアコンがない方はエアコンのある場所へ移動してください。みんなでこの夏を無事に乗り切りましょう。

沖縄、復帰から50年目に

日本の多くの地域では、旧石器時代→縄文時代→弥生時代→古墳時代と歴史が進んできましたが、沖縄では旧石器時代→ 貝塚時代→グスク時代と歴史が進んできたことをご存知でしょうか?

15世紀から1879年まで、沖縄は琉球王国という国であったことをご存知でしょうか?

太平洋戦争末期には沖縄では過酷な地上戦が行われたことをご存知でしょうか?この戦い(沖縄戦)では、米国側に2万人、日本側には軍人と市民を含めて15万人以上の多大な犠牲を出した。中学校や女学校の生徒も戦争に参加させられた。鉄血勤皇隊やひめゆり学徒隊に参加した生徒に多大な犠牲者が出た。

太平洋戦争終結後、沖縄県は日本から切り離されたことをご存知でしょうか?琉球政府が設置されたが、実質的にはアメリカの統治下に置かれた。通貨は初めは「B円」と呼ばれる日本円とは違う通貨が用いられたが、後にアメリカドルが使われた。そのため、沖縄に行くのにパスポートが必要であった。

1978年7月29日まで、沖縄では人は左、車は右側通行だったことをご存知でしょうか?アメリカ統治下で、様々な制度がアメリカに合わされており、交通についてもアメリカのルールが適用されていました。1972年5月15日、沖縄県は日本に復帰しましたが、交通に関するルールはその後6年以上日本の他の地域と異なっていました。

そして今でも沖縄県には185㎢におよぶ米軍基地があり、決して広いとはいえない沖縄県に全国の米軍基地の7割が集まっています。

沖縄は非常に魅力ある地域です。観光地として多くの人が訪れています。美しい海岸、独特の文化などが多くの人を魅了しています。沖縄が日本に復帰して50年を迎えます。この機会に沖縄の歴史、沖縄の現状、少しでも関心を持ってほしいと思います。

結婚記念日に

私たち夫婦の結婚記念日は5月4日です。先日4回目の結婚記念日を迎えました。この日を選んだのには理由があります。5月4日はみどりの日で祝日で必ず休みであること、仮に祝日法が改正になって、みどりの日がなくなったり他の日に移動しても、5月3日の憲法記念日と5月5日の子供の日に挟まれているから自動的に国民の休日になるため、夫婦でゆっくり過ごせるからです。

今年の結婚記念日はしないの寿司店で美味しい寿司をいただきました。他の夫婦よりも遅く結婚した分、一緒にいれる期間は短いかもしれませんが、美味しいものを食べ、美味しいお酒に良い、綺麗な景色を見て、美しい花を眺め、そして、たまには喧嘩をして、後悔なく一緒に生きたいと思います。

驚くべき光景

 先日、クルマに乗っていたら、驚くべき光景を目撃した。赤信号で停車している車のドライバーが、飲み終わった飲み物のペットボトルを道路脇の草むらに放り投げていた。私は思わず呆気に取られていたが、最近道路周辺のゴミが増えていることは気になっていた。30年くらい前は今よりもゴミ捨てのマナーは悪かったが、最近はずいぶん良くなったと思っていた。しかし、ここ数年はまた道路周辺のゴミがまた増えてきたという印象を持っている。とくにここ2年ほどは新型コロナウイルスの流行で地域や学校の清掃活動が行われなくなってきていることも影響しているのかもしれない。ネット上などで子どもや若い人の行動を批判する人は多いが、それは大人の振る舞いの影響も大きいと思う。私たちひとりひとりが子どもや若者に恥じない行動をしなければならないと思う。

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