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1000年の時を超えて

 およそ1000年前、清少納言は「枕草子」で、春は曙が素晴らしい夏は夜が素晴らしいと季節ごとの素晴らしさを訴えているが、秋は夕暮れが素晴らしいとしている。この感覚は1000年の時を経ても同じで、春の曙(明け方)空が徐々に明るくなっていく空を見るのが好きだ。夏の夜、月を見るのも好きだし、蛍も素晴らしい。そして秋、夕暮れの刻々と色を変える空、巣に帰るカラス、ひんやりとした風、虫の音、庭先に咲いたリンドウと子どもを呼ぶ母親の声(これは清少納言じゃなくて寅さんだな)春のあけぼのの清らかな美しさ、夏の夜のこわれそうなはかなさとも違う、秋の夕暮れの胸を締め付けるような情感を私は愛してやまない。え、もうひとつ残っているって、清少納言は冬はつとめて(早朝)が素晴らしいと書いていたが、私は昼下がりが素晴らしいと思う。冬の早朝、冬の早朝の寒さは身も心も引き締まるようで嫌いではないし、雪や霜の白さも美しいけれど、私は冬の昼間の柔らかい光を浴びでつぼみを膨らませる梅の木や黄色い花を咲かせる福寿草を見るのが好き。多分、私は清少納言よりも根がぐうたらにできているのでしょう。1000年の時を超えて彼女に笑われそうな話でした。

雪の降る夜に

※雪がしんしんと降っています。ふと思いついた詩です。
30歳過ぎてこんな青臭い詩を書くのも恥ずかしいですがどうぞご覧ください。


雪の降る夜に 僕は雪を踏んで歩く
真っ白になった町を 僕は歩く
物音のしない町を 僕は歩く

子供の頃夢見た
生クリームとウエハースでできた町の夢を
そこには悩みなどない 苦しみなどない

いつのまにか汚れちまったのだろう
もしも 大人になることが汚れることなら
僕は覚めない夢を見ていたかった

僕の手のひらに 雪が落ちる
雪はあっという間に 融けて消えた
夢は夢でしかない

街頭の明かりが町を照らす
誰もいない 何も聞こえない
僕は歩き続ける 行き先も知らず

雪の降る夜に 僕は雪を踏んで歩く
真っ白になった町を 僕は歩く
物音のしない町を 僕は歩く

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