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カテゴリー「鉄道」の145件の記事

京急線事故が残したもの

   横浜市の京浜急行本線神奈川新町駅近くの踏切で、大型トラックと快特電車が衝突し、大型トラックの運転手が死亡し、電車の乗客ら35名が負傷をするという大きな事故が起きた。事故から2日以上が経ち、徐々に事故の状況も明らかになってきた。まだ捜査途中ではあるが、日本の多くの地域で抱える問題が浮き彫りになった事故であると思う。
   大型トラックは横浜市内でレモンやグレープフルーツなどの荷物を積み、一旦国道15号(第1京浜)を西に向かい、交差点をUターンするような形で首都高速に乗るようなルートを教えられていたようだ。しかし、その交差点で右折してしまい、京浜急行仲木戸駅方面に向かってしまい、その先にある、JR京浜東北線、東海道線、横須賀線のアンダーパスの高さ制限の標識にいく手を阻まれ、線路沿いの幅員3mほどの細い道路に入ってしまったようである。現場は京浜急行本線とJR京浜東北線、東海道線、横須賀線の線路に挟まれた川の中州のようになった住宅地で、大型トラックどころか、乗用車でさえ通りたくないと地元の人が言う場所であったようである。そして、突き当たりの交差点を左折して国道1号(第2京浜)に向かおうとしたがうまくいかず、右折して国道15号(第1京浜)に戻ろうとして踏切に侵入したようだ。大型トラックは現場の踏切近くでおよそ20分間切り返しを繰り返し交差点を出ようとしていたが、うまくいかなかったようだ。また、大型トラックと電車が衝突するおよそ40秒前には踏切の非常ボタンが押され、運転士に踏切の異常を示す信号も点灯したが、衝突を回避することはできなかった。

   この事故は多くの問題を私たちに投げかけた。最大の問題は踏切の存在。国土交通省の資料によると、全国にはおよそ3万3000カ所の踏切がある。徐々に減ってきてはいるが、踏切を解消するには線路か道路を高架にするか地下化するしかない。それには莫大な費用がかかり相当難しいだろう。 とはいえ、少しづつでも減らしていくしかないだろい。次の問題は、道路事情である。大型トラックが通行困難な道路があり、その案内が不十分な箇所がある。私が知っているところでも、数カ所、交差点を曲がってしばらくしてから大型車通行困難の標識がある。そういう情報は交差点の手前にないと非常に困るだろう。最後に、踏切の非常ボタンが押されたのに電車が止まりきれなかったという問題がある。電車は急に止まれないものであって、今回の事故にあった京急1000型電車は最高速度120km/hで運転されている。この場合、停止するのにおよそ500m必要なことになる。一方、運転士に踏切の異常を知らせる信号は現場の340m手前にあり、さらにそこより手前から信号が確認できるから十分止まれる可能性があった。しかし実際には止まれなかった。そのあたりもこれから先の調査を待ちたい。

踏切の解消も、狭い道も解消がこんなのであれば、そのような状況でいかに安全を図るか、これからの大きな課題だと思う。末筆ながら亡くなった大型トラックの運転手のご冥福と負傷をした電車の乗客の回復を切に願う。

どうする、JR北海道

 

   1987年に国鉄が分割民営化され、JR北海道が誕生した。翌年には青函トンネルが開業した。ちょうどこのころはバブル景気と言われた空前の好景気で、JR北海道はトマムや富良野、ニセコなどへの観光列車を運転したり、上野と札幌を結ぶ寝台特急「北斗星」を運転するなどの積極策に出た。しかし、当時中学生だった私が危惧していたとおり、ほころびはすぐに現れた。バブル景気の終焉、北海道の有力銀行だった北海道拓殖銀行の経営破綻などが続く中、北海道の景気は低迷、客単価の高い、札幌〜函館、札幌〜帯広・釧路を結ぶ特急列車に活路を見出そうとするも、釧路発札幌行きの特急「スーパーおおぞら」が石勝線のトンネル内で火災を起こす事故が発生した。2016年には北海道新幹線新青森〜新函館北斗間が開業したが、函館周辺だけでは需要が低く、札幌まで在来線の特急列車に乗り継ぐと時間がかかりすぎ航空機との競争力に欠けた状態である。
   元はと言えば、1987年の国鉄分割民営化の時に、私が危惧していた通り、北海道は広く、人口が少ない。人口密度で言えば、東京都は1㎢あたり6000人を超えているが、北海道は70人程度にすぎない。鉄道は人や貨物を大量に運べることが最大の強みだが、北海道のような人口密度の低い地域ではそれが足かせになる。その意味では、JR北海道の苦境は、単にJR北海道の経営陣や社員の怠慢だとは思っていない。国鉄の分割民営化自体の無理が現実になっただけだと考えている。

走れ! 三陸鉄道リアス線

https://www.sanrikutetsudou.com/(三陸鉄道)

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、青森県から千葉県にかけての沿岸部に大きな被害をもたらしたが、現在でも4つの鉄道路線が完全復旧に至っていない。北からいうと、岩手県のJR山田線宮古〜釜石、宮城県と岩手県にまたがるJR大船渡線の気仙沼〜盛(大船渡市)、宮城県のJR気仙沼線の柳津〜気仙沼線、福島県のJR常磐線の富岡〜浪江間である。
このうち、大船渡線と気仙沼線はBRT(バス高速輸送システム)として、線路の一部区間がバス専用道路として整備され、鉄道運賃で利用できる(つまり路線バスよりはすっと安い)ようになった。常磐線は津波の被害よりも原発事故の影響が大きいが、富岡〜浪江〜原ノ町間でバス代行輸送がされている。一応ここも2020年の運転再開を目指して工事が進められている。そして、3月23日に、JR山田線の宮古〜釜石間が、三陸鉄道に譲渡され、運転を再開することになった。三陸鉄道は既に久慈〜宮古間の北リアス線と、釜石〜盛(大船渡市)間の南リアス線を運行しているが、ここに宮古〜釜石間のリアス線が加わったことで、久慈から盛まで、岩手県の沿岸部を縦断する鉄道になった。
とはいえ、課題は多い。岩手県の沿岸部は東日本大震災の津波で大きな被害を受け、元から過疎傾向だったのが、人口減に拍車がかかった。観光客の利用もあるが、三陸の観光シーズンは夏に集中している。また、かつては仙台から三陸鉄道に直通する列車も走ったが、気仙沼線と大船渡線がBRT化されたので、それも不可能になった。とはいえ、復興の象徴として、三陸鉄道には大いに頑張ってほしい。私も是非乗ってみたいと思う。

鉄道記念日に寄せて

明日10月14 日は1872 年に、東京の新橋から横浜までの日本最初の鉄道の開業を記念した鉄道記念日です。明治から昭和の半ば、1960 年代は日本の道路は非常に貧弱で、鉄道が貨物輸送でも旅客輸送でもまさに主役であった。1970 年代からは地方の過疎化と道路網の整備によるモータリゼーションが進んでローカル線を中心に廃線も進んだが、依然として東京や大阪、名古屋のほか、札幌、仙台、広島、福岡などの都市圏の通勤通学輸送や、300km〜600km程度の都市間輸送(例えば東京〜仙台や東京〜大阪)では主役と言っていい地位を確保している。現在でも旅番組や旅行雑誌で鉄道を取り上げると人気があるという。鉄道は利用しない人にとっても憧れや郷愁を誘う存在になっていると言っていいだろう。
そんな鉄道も大きな曲がり角に来ている。地方の一層の過疎化の進展で大きのローカル線が近い将来廃線か存続かの選択を迫られる事態になるだろう。私が住む福島県で言えば、将来の存続の心配がないのは東北新幹線と東北本線、常磐線のいわき以南くらいだろう。磐越東線のいわき〜小野新町間、磐越西線の喜多方〜五泉間、水郡線の常陸大子〜磐城棚倉間、只見線の西若松〜小出間などは存続の不安を抱えるし、会津鉄道も観光客の推移次第ではどうなるかわからない。全国で見れば北海道や九州などに存続が危ぶまれる路線が多い。また、労働力人口の減少に伴い、人手を必要とする鉄道はサービスを縮小する傾向にある。いわき駅のびゅうプラザが廃止されたり、湯本駅のみどりの窓口が17 時30分で閉まるようになったのは(これは非常に不便!)そのあらわれだろう。
課題は多いが、これからも鉄道はたくさんの人の人生と夢と物資を乗せて走り続けるだろう。私はできれば全国の全ての鉄道に完乗しようと思っている。そこでどんな人に出会えるか、どんな景色に出会えるか、どんな列車に出会えるか、どんな駅に出会えるか、今からワクワクしている。

日本にもライトレールの時代は来るか?

 ドイツを中心としたヨーロッパ諸国で、ライトレールという言葉が使われるようになってもうずいぶん経った。ライトレールは、従来の路面電車を発展させて、よりバリアフリーで誰にでも利用しやすく、安全で高速で、低コストな中量輸送機関である。中量輸送機関とは、あまり聞きなれない言葉だが、路線バスより多くの旅客を輸送できるが、普通鉄道(例えば東海道線や山手線、大阪環状線、東急東横線や阪急京都線を連想すればいい)や地下鉄ほどの輸送量を持っていない交通機関である。従来この輸送量の場合、モノレール(浜松町~羽田空港間の東京モノレールや、千葉都市モノレール、大阪都市モノレール)新交通システム(ゆりかもめや大阪のニュートラム)などが用いられてきたが、これらはコストが高く、多くの駅が高架駅になり乗客に上下方向の移動を強いることが問題になっている。その分、ライトレールは、道路の車線をつぶせば路面とほとんど段差がなくすることも可能であり、人が負担を感じずに利用可能になっている。

 近年、ドイツではデュッセルドルフやフランクフルト、ドルトムントなどの都市でライトレールの整備が進んでいる。ドイツと言えば、メルセデスベンツ、BMW、フォルクスワーゲンなどの自動車産業の本場というイメージが強いが、行き過ぎた車社会は人にやさしくないし、地球環境にも負荷が大きい。そのような意味からも、自動車産業の本場がライトレールの本場になったのは象徴的である。他に、オランダ、ベルギー、イギリス、アメリカ、カナダなどでライトレールの整備が進んだ。アジアではフィリピンのマニラと台湾の高雄にライトレールが開通している。日本では、ライトレールとして開通した路線はないが、広島電鉄などが従来の路面電車の水準を脱却してライトレールと呼ばれる水準に達しているほか、京都の京福電鉄(嵐電)なども観光客へのアピールを強めている。

 世界の動きから見れば、日本におけるライトレールの普及は遅れ気味であるが、この秋大きな動きがあった。栃木県議会と宇都宮市議会が相次いで、ライトレールに関する議案を可決した。これにより、宇都宮ライトレール構想が2022年の開業に向けて大きく動き出した。この構想は、東北新幹線、JR宇都宮線、東武宇都宮線などの鉄道路線(他に、JR両毛線、水戸線、東武日光線、鬼怒川線、真岡鉄道などがあるが、宇都宮市街地から離れたところを走っている)は南北方向に走り、JR日光線のみが東西方向を結んでいる宇都宮地域の交通事情を大幅に改善しようとする画期的な構想である。宇都宮市の人口は52万人、周辺の自治体を含めた都市圏人口は112万人、政令指定都市を除けば日本最大級の規模である。それを考えれば鉄道網はあまりに貧弱と言わざるを得ない。鉄道の隙間を埋めるように、関東自動車、東野交通、JRバス関東の路線バスが走っているが、利用者は減少傾向である。宇都宮市と周辺部は、日光市などを除くとおおむね平坦で道路事情も比較的よく、典型的なクルマ社会と言えるだろう。しかし、この規模の都市圏だと、クルマ社会の弊害は大きく、中心市街地の衰退、朝晩を中心とした渋滞は深刻である。

 宇都宮ライトレールは、市の西部で学校が集中する桜2丁目から、東武宇都宮駅、JR宇都宮駅、ベルモール、作新学院大学、清原工業団地を経て、芳賀町の本田技研北門までのおよそ18kmの路線である。このうち、今回着工するのは、JR宇都宮駅から本田技研北門までの14.6kmの区間である。日本初の新設ライトレールとして、過度に進んだ地方のクルマ社会を改め、人と地球にやさしく、中心市街地の活性化の効果が期待されるが、懸念されることもある。一つは法律の問題。軌道法では最高速度が40km/hに制限されている。これは車両の性能が低かった時代の名残で、最近の車両は性能も改善しているので、併用軌道(路上にレールのを敷く区間)でも50km/h、専用軌道(鉄道線路のみの区間)なら80km/hくらいまで速度を上げていいのではないかと思う。現在の法律をもとにした計画だと、JR宇都宮駅~本田技研北門の14.6kmの区間に、各駅停車で44分、快速で37分を見込んでいる。これは、各駅停車の場合平均19.9km/h、快速で23.4km/hにすぎない。21世紀の交通機関としてはこれは遅すぎる。もう一つは、自動車交通との共存の問題。宇都宮駅東口から国道4号に向かう鬼怒通りは、片側3車線から1車線をライトレールに転用することで2車線に減る予定。14.6kmのうち11.1kmが併用軌道になるため、この区間では車線が片側1車線減少する。当然、自家用車のドライバー、タクシーやトラックのドライバーの反発が予想されるが、ルートの選択が適切であれば、自動車やバスの乗客がライトレールに順調に移行すればかえって渋滞が減ることも予想される。いずれにせよ、日本初の新設ライトレール、宇都宮ライトレールの成功を願っているし、2022年3月に開業したら乗ってみたいと思う。

老兵、いまだ消えず

1989年3月、ある特急列車用の車両がデビューした。その名は651系電車。高い運転台にボンネット。その辺りは国鉄時代の車両の面影を残してはいるが、グッと洗練されたスタイル。最大の違いは塗装で、アイボリーとグレーに塗り分けられたボディの裾をオリーブグリーンの細い帯がキリリと引き締めていた。先頭部にはLEDの表示器があり、列車名や行き先を表示することができた。車内にはいれば青いリクライニングシートが並び、国鉄時代の車両と比べて大幅に居住性が向上した。走りでも、営業最高速度を130km/hに引き上げ、加速度も向上し、当時台頭しつつあった高速バスで、快適性でも高速性でも優位に立った。列車名も、それまでの常磐線の特急「ひたち」を大幅にレベルアップした列車ということで、「スーパーひたち」と名付けられた。
それから20年間強、651系電車は、常磐線のエースとして、上野〜水戸〜いわき〜仙台間を走り続けたが、徐々に老朽化が進み、2013年3月に常磐線の特急列車の運用から撤退した。その後は、一部の車両が高崎線の特急「あかぎ」、「草津」、小田原と伊豆急下田を結ぶ観光列車などに使用されていた。しかし、7月22日より、常磐線のいわき〜竜田間で、普通列車として走り始めた。

久しぶりに乗った651系は快適そのものだった。外装も内装も綺麗に整備されていた。今回は普通列車ということでスピードは控えめだったが、651系の特徴の大きな窓から見る太平洋はとても綺麗だった。朝晩を避け、昼間だけの運用なので、さほど込み合うこともなくゆったりとじょうしゃすることができた。


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30年目の春に。

30年前の今日は国鉄(日本国有鉄道)最後の日でした。国鉄は1987年4月1日に、北海道、東日本、東海、西日本、四国、九州の6つの旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社に分割されました。この直後、空前絶後の好景気の追い風を受けて、特急車両やリゾート列車などの画期的な車両が登場しました。JR北海道からは、札幌とニセコ、トマム、富良野などの観光地やスキーリゾートを結んだ観光特急。JR東日本からは、省エネと効率化を推し進めた209系と新しいビジネス特急のスタンダードを築いた651系。JR東海からは新幹線の最高速度を270km/hに吹き上げた初代のぞみ用車両300系。JR西日本は高品質な通勤輸送を目指した221系。JR四国からは世界的にも珍しい振り子式気動車の2000系。JR九州からは、在来線の130km/h運転を実現した783系。綺羅星のような車両が登場した。また、ホテルや観光開発でも実績を残した。

もっとも課題も多い。現在、JR北海道が直面している経営危機は、登場中学生だった私も危惧していたことだった。並行する私鉄との競合で無理なダイヤを組んだことが原因であるJR西日本の福知山線の脱線事故も起きた。更には、国鉄末期に大規模な人員整理を行なったことに起因する国労組合員の雇用問題もある。ローカル線の廃止も残念ながらまだ続いている。利用者目線で言えば、長距離列車や夜行列車が消滅し、不便になった部分もある。また、周遊券など旅人に愛された切符がなくなったことは惜しまれる。

次の30年は、本格的な人口減少に見舞われる。鉄道はより効率的な経営と、人に優しい駅や車両が求められる。また、鉄道旅行の楽しめるための工夫も必要で、リピーターを増やして行く必要性は高まっている。これから鉄道旅行で、どんな景色に、どんな人に、どんな車両に出会えるのか楽しみにしている。私が愛する鉄道の未来、不安がないわけではないが期待しています。

今春登場、2つのエクスプレス

 今年、2つの新しいエクスプレスが首都圏に登場します。鉄道業界は、人口の都心回帰で郊外に伸びる路線を中心に今後利用客の減少が予想される。そこで、新たに魅力的な列車を登場させて、新たな需要を掘り起こそうと考えた。そのためのキーワードは①会社の垣根を越えた直通運転=乗り換えなしの快適さ、②乗り心地の良い車両での快適さである。これに鉄道の最大の長所である定時性が加われば他の交通機関にはない大きなアドバンテージになる。

①S-TRAIN 西武秩父ー飯能ー池袋ー渋谷ー横浜ー元町・中華街(西武鉄道・東京メトロ・東急電鉄・横浜高速鉄道)および、飯能ー飯田橋ー豊洲(西武鉄道・東京メトロ)

 休日は秩父や横浜へ向かう行楽客を、平日は都心に向かう通勤客を主なターゲットとした列車。車両は通勤型電車をベースとしたものだが、背もたれにゆったりとした傾斜を持つクロスシートと、一人ずつの仕切りがついたロングシートがある。他に、多目的トイレ、無料で利用できる車内専用のWi-Fi、スマートフォンなどの充電ができるコンセント、プラズマクラスター空気清浄機が装備され、通勤型車両のカテゴリーを大幅に超える快適性を備えている。もちろん全席指定。

  西武鉄道ホームページ
   http://www.s-train.jp/#price

②リバティ 浅草ー下今市ー東武日光・新藤原・会津田島、浅草ー東武動物公園ー館林・東武日光、浅草ー春日部ー大宮・運河(東武鉄道・野岩鉄道・会津鉄道)

 東武鉄道は従来、100系スペーシアで、浅草ー東武日光間に特急「けごん」、浅草ー新藤原間に特急「きぬ」、200系で浅草ー赤城間に特急「りょうもう」を運転してきた。これらの車両は6両編成で輸送力が大きい半面、支線区では輸送力が過大であった。この問題を解決するため、500系リバティが登場することになった。この車両は3両編成2本に分割することができ、6両で浅草を発車して、下今市で3両編成2本に分割して、一方は東武日光へ、もう一方は鬼怒川温泉を経て新藤原から野岩鉄道に入り川治温泉を経て会津高原尾瀬口から会津鉄道に入り、会津田島まで足を延ばすという柔軟な運用が可能になった。野田線にも優等列車が走るというのは画期的なサービスと言って良いだろう。車内も江戸時代からの伝統色や木目を使用した上質なものになっている。

 東武鉄道ホームページ
  http://tabi.tobu.co.jp/campaign/gogo-archive/campaign/201610-01.html

夏の旅なら青春18きっぷ

 もうすっかりおなじみの存在になった青春18きっぷですが、改めて紹介したいと思います。1人で5日間(連続しなくてもよい)または5人で1日(もちろん、2人で2日間プラス1人で1日なども可能)、JRの普通列車・快速列車が乗り放題になるすぐれもので、気になる値段は11,850円、1人が1日わずか2,370円で乗り放題になります。2370円ということは、どれくらい乗ったらモトがとれる、JR東日本・東海・西日本の幹線の場合、141km~160kmの運賃が2590円なので、140km以上乗ればモトが取れることになります。東京駅から東海道本線を西に(名古屋方面)進んだ場合、吉原駅が141.3kmなので、清水駅や静岡駅まで行けば完全にとくになります。ちなみに静岡駅までの運賃は3350円なので、差し引き980円のとくになり、ちょっと豪華なランチがただで食べられることになります。私はかつて大阪駅から東海道本線、東北本線で郡山駅まで普通列車を乗り継いでいったことがあり、この場合、運賃10,800円のところ、2370円で済んだので(運賃は現在の運賃で計算)8,430円のとくになり、相当な豪遊できるぶんのお金が浮いた計算になります。大阪から郡山までおよそ15時間かかりましたが、明智光秀と豊臣秀吉の決戦が行われた天王山や京都のお寺、琵琶湖、関ヶ原の古戦場などの車窓を楽しみながら乗れば、さほど苦痛ではありませんでした。

 乗り方も使い方も自由自在な青春18きっぷ、夏の思い出作りに役立ててはいかがでしょうか。ちなみに、普通列車・快速列車は遅いから嫌だと思っているあなた、そんなことはないです。最近の幹線の普通列車・快速列車は表定速度(停車時間も含めた平均速度)は55~85km/hに達し、たとえ渋滞がなくても高速道路を走るクルマよりも速いことがあります。もし渋滞すれば普通列車・快速列車の圧勝という結果もざらにあります。

JR東日本(青春18きっぷ)
https://www.jreast.co.jp/tickets/info.aspx?GoodsCd=2234

線路は続くよ

 私は物心がついた時には鉄道が好きになっていた。当時の自宅の裏山を登っていくと山があり、遠くを走る列車を見降ろすことができた。小学校に入るころには時刻表を愛読書として、時刻表で日本のおもな都市名を覚えた。小学校中学年くらいになると、夏の朝など早く目覚めた時には家を抜け出して、近くの常磐線を走る列車を見に行ったことがある。当時の常磐線はにぎやかだった。まだ東北新幹線の開業前で、常磐線は首都圏と東北地方、北海道地方を結ぶ主要ルートだった。昼間には上野から常磐線経由で青森を結ぶ特急「みちのく」が走っていたし、夜間には寝台特急「ゆうづる」、急行「十和田」が走っていた。とくに、ロイヤルブルーにシルバーの細い帯を巻いた「ゆうづる」は美しく、常磐線の女王と言ってもよかった。大学生になって仙台で一人暮らしを始めた時にもすぐ裏に仙山線が走るアパートに住んでいた。私が一人暮らしを始めた1992年は、仙山線にとって非常に忙しい年で、山形新幹線の工事のため、仙山線が山形へのメインルートになっていたため、特急列車あり、夜行の急行「津軽」ありのにぎやかな年だった。私は4年間、仙台を0時少し前に出る最終電車が通るのを就寝の合図にして過ごした。2005年から2003年に住んでいた郡山のアパートは、アパートのすぐ前が磐越西線で、SL列車や、快速「あいづライナー」を見ながら過ごした。こんな感じで、私の人生には絶えず鉄道とのかかわりがあった。もちろん様々な鉄道に乗った。熱帯雨林の中を走る台湾の南廻線、オホーツク海の夕焼けを見た北海道の釧網本線、富士山、八ヶ岳、甲斐駒ケ岳などの数々の名峰が見られた中央本線、ここには書ききれないくらいの旅の思い出がある。私はこれからどんな列車を見るのだろう、どんな人に出会うのだろう、どんな景色があるのだろう、どんな線路の響きを聴くのだろう。旅って楽しい、生きるって楽しい、そして、鉄道は素晴らしい。

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